キラキラじゃなくてキラーの方かよ
ママと西園寺の通話を聞いていたくなくて、あたしは無言で洗面所に向かった。
目的はお風呂じゃないよ。お風呂は断念して、洗面台の隣に設置してあるドラム式の洗濯機。
先ほどつっこんでおいた制服がそろそろ洗い終わって乾いた頃合だと思ったのだ。
そしてあたしの見立てどおり洗濯機は停止していて、猫をいったん床に下ろして洗いたての制服に着替え直す。まだほかほかしていて肌に心地よかった。
よし、これでいつでも帰れる。
あたしが再び猫を抱えてリビングに戻ると、西園寺が子機をテーブルの上に置くところであった。
うっ、ママのやつ余計なことしゃべってないだろうな。
内心ハラハラしつつも、そ知らぬ顔でたずねてみる。
「どうだった?」
「うん。僕のことを色々と訊かれた。ちゃんと送り届けるって伝えたら、ゆっくりしてくればいいって言われたよ」
よし。ママのマシンガントークの矛先はあたしのことじゃなくて、西園寺に対して向かったようだ。
あたしはほっと胸をなでおろしつつも新たなる問題に直面した。
そうだ、猫、どうしよう。できればもうコンビニには戻したくない。
「ねぇ、西園寺君の家でこの子飼えないかな?」
あたしの問いかけに西園寺は首を横に振った。
「なんとかしてあげたいのは山々だけど、うちはほとんど僕ひとりで暮らしている状態だから世話をしきれないと思うんだ。それに今飼っている暴君で手一杯だ」
「えっ。ペットいるの!?」
思わず聞き返してしまった。
だってさ、庭には何も繋がれていなかったぞ。ということは室内飼いか。暴君って、爬虫類でも飼育してるのだろうか!?
あたしの疑問に答えるかのように西園寺はげんなりした顔で言った。
「兄から押し付けられたジャンガリアンハムスターを飼っているんだ。ああ、そろそろおやつを与えに行かないとまた怒られる……」
ハムスター……だと?
◆ ◆ ◆
西園寺が飼っているハムスターは強烈だった。
まずおやつだと言って冷蔵庫から取り出してきたのは、1個450円もするフルーツケーキ!
この辺一帯のどのケーキ屋よりも美味しいと評判の店で買ったそれを、聞けばここんところ毎日与えているらしい。
「最近はこれじゃないと怒るんだ」ってため息をつきながらこぼしていたけど、あたしから言わせてもらえばそんなんだから増長するんだと思うね。
で、そのワガママハム太郎がどんなやつなのか知りたくなってご尊顔を拝見させてとお願いしたら、「危険だからダメ」って即答。
それでも見たいせがむと条件付きで許可された。
いわく、部屋に入ったら絶対にしゃべらない、手を出さない、西園寺の指示に従うというものだった。
おいおい、たかだかハム太郎1匹ごときにどんだけ厳戒態勢を敷いてんだよ、と内心呆れつつも好奇心のほうが勝っていたもんで、まあ、その場はおとなしくうなずいてハムスター専用の部屋とやらに案内されたわけよ。
1階奥にあるそいつの部屋は、ホテルの一室みたいに広々としていて、ぶっちゃけるとあたしの部屋よりも広くて豪華だった。
空調完備な上に高級感が漂う家具がいくつか置いてあって、さりげなく飾られてる大きな飾り花瓶や優美なラインの装飾品など、ひとつひとつが高そうなんだよ。
なんであたしがハム太郎に住居で負けてんだよ。
「これ本当にハムスターの部屋なの!?」と腹立たしげに訊いてみたら、本来はゲストハウスとして使用する予定だったけど、実効支配されたそうだ。
そして西園寺が床にケーキ皿を置いて待つこと数分。部屋の片隅に不自然に設置された木箱の中から、ヤツがもそもそと顔を出した。
あたしの片手にすっぽりと納まるような灰色のそれが、じりじりと近寄って来ると――何をトチ狂ったか、西園寺が突如こうべを垂れだしだ。
「デザートをお持ちしました。さ、鈴木さんもひれ伏して」
「え? え?」
「早く! 機嫌をそこねてしまう、キラ様はとても賢いんだ!」
「あ、ハイ」
西園寺の有無をいわさぬ口調に気圧されたあたしは、思わず地面に頭をこすりつけてしまった。
土下座する予定だったとはいえ、まさかこんな形でされられるとは思いもしなかった。
なんでハムごときに、と屈辱を覚えながら顔を上げると、皿に到着したそいつとばっちり目があった。
あたしから3歩ほど離れた位置にたたずむそいつは目が点のように小さくて、自然と言葉がこぼれ落ちる。
「うわ、ぶっさいく……」
すると、ハム太郎の小さな瞳がキラリと光を放ったかのように見えた。
「あぶないっ!」
西園寺の叫び声とともに、ハム太郎があたしに向かって猛ダッシュ!
さっと間に割って入って差し出した西園寺の指先にガブリと食らいついた。
「はー。なんとか最悪の事態は避けられた……」
「ど、どうしたのそんなに慌てて……。私、ネズミに噛まれるぐらいどうってことないよ?」
「ダメなんだ。こいつは一度噛みついたら最低でも1時間ぐらい離してくれない」
「げっ」
「酷い時は輸血が必要になる」
「げげっ」
「それで堪りかねて一度金庫に閉じ込めたら、かじり破られて寝込みを襲われたりもした」
「…………」
だから日ごろ機嫌を損ねないように心がけているんだ、と西園寺はため息をついた。
それを聞いたあたしは西園寺に猫を飼ってもらう計画をすっぱりと断念した。
こんな危険なハムスターと、ひとつ同じ屋根の下で暮らさせるわけにはいかない。
しかたがない、なんとかうちで飼えるようにパパを説き伏せる方向でいこう。