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さよならマミさん

 このこのっ。さっきはよくも恥をかかせやがったな!

 苦い気持ちで洗面台を借りたあたしは、シマシマ猫を問答無用でごしごし洗った。

 水が苦手らしく、全身を使って拒絶してきたが手加減なんてするもんか。

 いくどか濁った湯を取り換え仕上げとして洗い流し出したところで、西園寺が紙袋を手にしてやってきた。


「ずいぶんと綺麗になったね」


 シマシマ猫を眺めながら西園寺が言う。

 西園寺の言うとおり、シマシマ猫は何度もお湯をかぶってすっかり様変わりしていた。

 ものすごく汚れてくすんでいた白い毛部分が、真珠みたいに輝きだしたんだ。

 まぁ顔はそのまんまなんだけど、これでかなりイケてる猫になったと思う。後ろ姿が。


「うん。でもおかげでこっちは散々になっちゃった」


 対してあたしはというと、暴れて抵抗する猫を押さえつけていたりしたため、着ているセーラー服はずぶ濡れだ。とはいえチビられた後のことなんで、今更どうってことはないんだけどさ。

 西園寺こうなる事態を予測していたようで、紙袋を差し出してきた。


「僕のなんだけど、まだ袖を通していない服だからよかったら使って。猫はこちらで預かってリビングで乾かしておくよ」

「ありがとう。ね、ちょっとお風呂を借りてもいいかな?」 

「どうぞ」


 やった!

 あたしは心が躍った。

 洗面所と浴室はガラスで仕切られていて、ここから風呂場が丸見えなんだけど、モダンですごく立派な造りなのだ!

 猫洗っている時に密かに狙っていたんだよね。

 うきうきしながら濡れた猫をタオルで包んで、着替えの入った紙袋と交換する。

 立ち去る西園寺に礼を言って扉を閉め、上服を脱ぎかけたところでハタッと大事なことに気づいて手が止まった。

 そういえばパンツどうしよう。

 一度両足から離れたものを再びはき直すなんて絶対に嫌だ。

 それで念のために紙袋の中身を確認すると、上下のスウェットとタオルが入っているだけで、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、下着類はなかった。

 ……うーん、しゃーない。ちょっと恥ずかしいけど頼むか!

 あたしは脱ぎかけていた制服を着直して、財布を片手にいそいそとリビングへと向かった。



 リビングでは、西園寺が床に座り込んで猫にドライヤーの風を当てていた。

 あたしの登場に気づいた西園寺が不思議そうに声をかけてくる。


「どうしたの? お湯が出なかった?」

「ううん、そういうのじゃなくて。あのね、悪いんだけどちょっとお願いがあるの。聞いてくれる?」

「いいよ、何?」

「よかった! コンビニまで一っ走りして下着を買って来てほしいんだ。あっ、お金は払うから安心して!」

「…………」



◆ ◆ ◆



 おっせーなぁ。

 嫌がる西園寺のやつを無理やり外に放り出してかれこれ1時間近く経つが、一向に帰ってくる気配がないのだ。

 もうしびれを切らしてスウェットに着替えちゃったよ。どうせならお風呂に入ってから袖を通したかったのに!

 つーか、たかだかパンツ1枚買うのにどんだけ時間かかってんだって話だよね。

 そう思ってやきもきも頂点に達し、若干の怒りさえ沸いてきたところで玄関の方から物音が聞こえてきた。

 やれやれ、ようやく帰って来たか。

 猫を首に巻いて出迎えに行くと、西園寺がスリッパに履き替えているところであった。

 その手には大きな買い物袋を抱えていて、あたしは思わず無駄遣いを指摘してしまう。


「あー、やたら遅いと思ってたらなんか余計な物まで買ってきてる! もったいないっ!」

「鈴木さんがそれを言うの!? あんなもん1個でレジに行けるわけないでしょう!」

「えっ。もしかして怒ってる!?」


(白狩衣姿で病室まで押しかけて来るぐらいだから、パンツぐらい楽勝だと思ってたんだけど……)


「ちょっとね。さすがにね。というか鈴木さんは鬼だと思った!!」

「うっ。ごめんね。でもどうしても必要だったんだもん……」


(うーん、パンツは無理なのか……難しい年頃なんだな……)


 ひと言ふた言愚痴るつもりが逆に愚痴られてしまい、あたしは縮こまった。

 機嫌を損ねて追い出されないためにも、これ以上は刺激しないでおこう。居候の立場は弱いのだ。

 殊勝な態度をアピールするべくサルでもできる反省のポーズをとっていると、気を取りなおしたっぽい西園寺が話しかけてくる。


「ついでに猫缶と鈴木さん用のおやつも選んで買ってきたんだ。食事は済んだ?」

「わっ、うれしいっ! ばっちり食べたけどまだはいるよ。お腹ペコペコだったから本当に助かった!」


 待っている間に用意されたトーストとサラダとスープ、それにデザートに苺まで食べた。

 なんかこいつの朝ごはんっぽかったけど、お腹が空いていたので遠慮なく頂いちゃったもんね。

 そして腹が満たされたら、ささくれ立っていた心も浄化されて元気が出てきた。

 やっぱ食事はきちんととらないとダメだな、とあたしがひとりで頷いていると、西園寺にじっと見つめられていることに気づく。

 目があうと西園寺がぽつりとつぶやいた。


「…………アレに似ている」


 うっ。

 スウェット姿はマズカッタかもしんない。

 あたしはこの場を誤魔化そうと浴室に駆け込むことにした。


「じゃ、じゃあ、お風呂にいってくるから猫のことよろしくっ」

「待って! その前に電話。僕が買って来たら家に連絡するって約束だったでしょう!?」

「え……っとぉ、それは後で」

「ダメ。ご家族の方が心配してるだろうから今すぐにかけて」

「どうしても?」

「どうしても」


 ちっ。こいつは変なところでくそ真面目なんだよなぁ。

 電話の子機を手渡されてあたしはしぶしぶと自宅番号を押す。

 3回ほどコール音を鳴らしたところでガチャリと受話器があがる音がした。


『はい。鈴木です』

「あ、ママ? あた……静だよ」

『しーちゃん遅いっ。もう家出人捜索願が受理された後よ。これでしーちゃんは名実ともに家出娘になったから』

「はああああッ!?」


 思わず絶叫してしまった。

 壁にかかっている時計に目を移すと、時刻は午後8時半をまわったところだった。

 おいおい、家を飛び出してからまだ3時間も経ってねーぞ。いくらなんでも早すぎるだろーが!!!


「ウソでしょお! だってまだ9時にもなってないんだよっ!?」

『パパを甘くみたらダメよ。しーちゃんが家を飛び出してすぐに交番に向かったんだから』

「マジカヨ……なんで引き止めてくれなかったのさ!」

『パパが頑固なのはしーちゃんもよく知ってるでしょ。それで今は捜索チラシを印刷してる真っ最中だから、しーちゃんのプロフィールが載ってるビラをご町内に撒かれたくなかったら即刻帰ってきなさい』

「わ、わかった」


 こちらが折れる形になってしまうがしゃーない。

 アニメ絵がデカデカとプリントされた靴はどうしようもないが、ハンドバッグの方はワンポイントアップリケだから、留め具部分に付いたそれを取り除けば無地のバッグになる。こうなったらマミさん引きちぎって使おう。


「もう少ししたら帰るから、ビラ撒きだけはなんとしてでも阻止しといて」

『いいわ。その代わり現在地を教えてちょうだい』

「うーんと……今は友達のところでお世話になってる」


 傍らでこちらを監視している西園寺をチラチラ見ながら言う。名前を出していいものか逡巡していると、西園寺が「ちょっと貸して」と言ってきたので子機を手渡した。


「もしもし。僕は静さんのクラスメイトの――」


 うへぇ。帰ったらまた面倒なことになりそうだ。


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