恥かかせんな
「はあ……これからどうしようかな……」
あたしは夜の繁華街をあてもなく歩きながら、ぽつりとつぶやいた。
つい先刻、14歳の誕生日プレゼント――魔法少女の柄がプリントされた靴と、同柄のハンドバッグ――を巡ってハデな親子喧嘩をしたあげくに自宅を飛び出してきたものの、行くあてもなく途方に暮れている真っ最中なのである。
さすがにお金がないとヤバイと思って財布だけはとっさに持ってきた。けれども、肝心の中身が心許ないんだよなぁ。
今月は太田対策で女児向け雑誌を購入したりして、出費がかさんでいたりしてたのだ。そしてそれがパパから誤解を生んだ発端になりもして――ああ思い出したらまたムカついてきた。
返品してきて、ダメだ、じゃあお金ちょうだい、ダメだ、それいくらしたの、2万だ――という身も蓋もないパパとのやり取りがよみがえって、あたしの心を荒ませた。
やはり、すぐに帰るわけにはいかない。向こうが折れるまで外を徘徊してやる!
とは言え……お腹が空いた。ケーキもチキンも手をつけずに出て来てしまったのが心底悔やまれる。
あたしは財布の中身を改めて確認する。
所持金は1500円ちょっと。長期戦になってもいいように、大事に大事に使わなくてはいけないのだけれど……まずは腹ごしらえが必要だろう。
「ちょっとコンビニでも寄るか」
そう呟いて、視界にとらえたコンビニへと足取りを速めた。
◆ ◆ ◆
「ありがとうございましたー」
店員さんの声と笑顔に見送られてあたしはコンビニから出た。
店内であれもこれもと悩んだあげく、最終的には予算の都合でツナおにぎりとオレンジジュースに落ち着いた。これでも今のあたしからしたらじゅうぶんにご馳走だ。
もうお腹ペコペコなのでとっとと空腹を満たしたい。
辺りを見渡せば車ばかりが通り過ぎ、人の通行はほとんど見られなかった。ひとりふたりが忙しなく目の前を素通りしていき、これならあたしが注目されることはないだろう。
この場で食べてしまおうと思ってDQNが出没していないことを確認してから、あたしは店先の端っこにぺたんと腰を下ろした。
これでようやく、晩ご飯にありつける。
いただきます、と手を合わせておにぎりの包みをバリッと裂いたところで、かすかな物音とともに異変が起きた。それは本当に予期せぬ事態だった。
「ニャーン」
Oh... 猫ちゃんである。しかもまだ成長しきっていない猫。
それが建物の影から1匹現れたかと思いきや、2匹目、3匹目、4匹目……と列をなして次々と登場してくるのだ。
(え、どんだけ出てくるんだ!?)
あたしが目を丸くしていると、どうやら8匹目で打ち止めらしい。
最後にやたらブサイクな顔をした黒と白のシマシマ猫が現れて、あたしの目の前に座ったかと思うと、そいつに呼応するかのように残りの猫たちがぐるりとあたしを取り囲んできた。
こいつらの向かう視線の先は――おにぎり。
「これが欲しいの?」
「ニャーン」(×8)
「う……可愛いけどダメだよ、あたしだってお腹空いてんだよ」
「ニャーン」(×8)
「ううう……」
合計16のつぶらな瞳にすがまれてあたしは観念した。
いいよもう、これ全部やるよ。
カワイイは正義とはよく言ったものだ。
結局、あたしはおにぎりを8等分にして子猫たちにわけ与え、自身はオレンジジュースだけ飲んで空腹のままコンビニを後にした。
……1匹の子猫を引き連れて。
他のやつらは食うだけ食ったらとっとと去って行ったんだけど、何故かこのブサイクなシマシマ猫だけは、どんだけ追い払ってもしつこくつきまとって来たんだよね。
それでひとりで夜の街を徘徊するのは心細かったし、懐かれているうちにわりかしカワイく見えてきたので、このシマシマ猫をしばらくレンタルすることにした。
まあ野良っぽいし、後で返却しに来ればいいだろう。
「さて、次はどうしようかな」
◆ ◆ ◆
『え、鈴木さん!? こんな時間にどうしたの!?』
インターホン越しにいくつか言葉を交わした後に西園寺が玄関先から出てくる。
あたしが門前で手を振ると、西園寺が駆け寄ってきて門を大きく開いた。
「車の邪魔だからとりあえず庭に入って」と促されて、どうせ車なんてほとんど通らないじゃん、と思ったがおとなしく従う。
西園寺の家は前庭が広い。先日木のぼりしたビワの木が見えてあたしの心をときめかせたが、まず用件を伝えることにした。
「突然押しかけたりしてごめんね。実は家出して来たんだけど、行く所がなくて困ってるの……」
あれからいろいろ考えてみたのだがヒガシの家はこないだ出入り禁止をくらったばかりだし、奥野さんにいたっては住所交換するまで仲良くなってない。
最後の砦は西園寺邸だった。
あたしは両腕でシマシマ猫を抱きかかえながらすがるような目を西園寺に向ける。
ここで追い払われたらもう本当に行き場がないので必死だ。
「お願い……物置か軒下でいいのよ。一晩貸してくれない?」
しかし、期待していた色よい返事はもらえなかった。
「そんな危ないことはさせられないよ。送っていくからすぐに帰ろう」
「うっ、嫌だ。パパなんてキライだもの。帰りたくないっ!」
「ワガママ言ったらダメだよ。ちゃんと心配してくれる親御さんがいるんでしょう?」
「ふんっ。子供の気持ちを解ってくれない親なんて心配させときゃいいのよ」
「は? 何言ってんだ。駄々をこねるのも大概にしな」
西園寺にピシャリと叱られてあたしは悲しくなった。
なんでそんなに冷たいことを言うの。こんなに困ってるのに……。
顔を歪ませながらこんなところ一刻もはやく立ち去ろうと決意する。
こうなったら神社の境内にでも潜り込もう。
「もういい。ワガママ娘は退散します。お邪魔しました。またね」
「待って! どこ行くの!?」
「どこだっていいでしょ。西園寺君には関係ない」
そのまま立ち去るつもりだったが肩をつかまれる。
「そんなこと言われて放っておけるわけないでしょう。事件や事故に巻き込まれたりしたらどうするの」
「もうどうなったっていいよ」
あたしが泣きそうになりながら答えると、西園寺は大きくため息をついた。
「わかった。とりあえず家の中に入って落ち着こう」
「いいの!?」
西園寺が譲歩してきたので、あたしは一気に目を輝かせる。
先ほどの猫たちもこんな心境だったのかもしれないな、と浮き足立ったが、しかしまだ問題が残ってるんだった。
喜んでばかりはいられないと、あたしは再び顔をかためる。
「やっぱり、庭先を借りるだけでじゅうぶんよ。西園寺君のパパとママから理解を得るのも大変そうだし……」
「両親ならいないから、その点は気にしなくてもいいよ。兄も都会でカンヅメ中だし」
「本当!? やった、ならこの猫も一緒にいい!?」
浮足立つ心を抑えてシマシマ猫を西園寺に向けて突き出す。
西園寺はそこで初めて猫に注目しだした。
「ユニークな顔をした猫だね。これ野良?」
「うん。コンビニの所で拾って只今レンタル中なんだ。カワイイでしょっ!」
「……まぁそれなりには。それよりも野良なら病気を持っているかもしれないから、素手では触らない方がいいよ」
「むっ。なによそのヒドい言い方。この子はそんなことありません!」
いつの間やらすっかりシマシマ猫が愛おしくなっていた。
あたしとこのシマシマ猫の深い絆を西園寺に披露しようと、ぎゅっと抱きしめてほおずりしてみせる。
(ほら見な、この麗しい友情を!)
ドヤ顔を決めたところで、腹とヒザに生温かい液体の感触が伝わってきた。
……うへぇ。おしっこ漏らされた。




