これからどうしよう
えらいことになってしまった!
なんやかんやで西園寺に正体を打ち明けて土下座すると宣言したのが約40分前。
その後、5限目音楽の授業を終えて教室へと向かう西園寺を、渡り廊下で呼び止めてつかまえてみたものの。
いざ白状しようと口を開いたとたん、この2週間余りの出来事が走馬灯のように胸によみがえって、全身からまたたく間に血の気が引いて現在に至る。
思い起こせばただでさえ複雑な関係だというのに、告白されたり抱きかかえられたり――それに、入院中はとてもお世話になってしまったのである。
(あれ、もしかして今、すんごいややこしい事になってね??)
今更ながら、自分のしでかした数々の愚行に卒倒しそうになった。
できることなら、こいつが転校してきたあの朝からやり直したい……。
「どうしたの? もう喋っていいの?」
最初の勢いはどこへやら、気がつけばマネキンと化してしまったあたしを西園寺が不思議そうに覗きこんできた。瞳と瞳がぶつかり合う。
「鈴木さん?」と呼びかけられた声音が優しかったので、あたしは怖じけづきながらもなんとか声を発することができた。
「う、うん。先日は邪魔だとか言っちゃってごめんね。あとで考えたら無神経な発言だった……」
「それは別にもういいよ。僕もしつこくし過ぎたかもしれないと思ったし」
「そんなことは……ちょっとぐらいしか思ってないから大丈夫。それからね……えっと……実は……」
ここからが本番だというのに、その後が続かない。
気がつくと何人かが立ち止まって遠巻きにこちらを眺めていて、そのなかに太田さんが混じっていた。
一瞬だけ、彼女と視線が交差する。
しどろもどろのあたしを見ながら、ほらみたことか、とあざ笑うかのような笑みを浮かべていて、あたしは瞬間湯沸かし器のようにカッとなった。
よし、この勢いで言ってやる!
「実は……あたしが鈴木静なんだっ!」
「自己紹介?」
「ちがうっ! そうじゃなくて、あんたをいじめてた、例の鈴木静があた――」
そこまで言いかけて、あたしは言葉をのみこんだ。西園寺の顔がみるみる無表情になったからだ。
「アレが何? なんだっていうの?」
「見たのよ、彼女の霊を」
先ほどと打って変わって冷たい声でたずねられたもんで、反射的に誤魔化してしまった。
チキンと言うなかれ。だってだって、なんか怖いんだもん!!!
なまじ顔が整ってる分、怒ると妙な迫力があるんだよぉ。
しかし咄嗟のこととはいえ、また七面倒くさい嘘をついてしまった。見ろよ、西園寺のやつ、アゴに手をあてながら深く考え込んでやがる。きっとまた真に受けてるんだぜ……こんな低俗な嘘を……
「またしても現れたのか。いつ? どこで?」
「ええと……さっき、うちの教室で……カナ?」
「わかったありがとう。ごめん先に行くね」
「う、うん。でも一瞬だけだから、もういないと思うよ!」
足早に去っていく西園寺の背中に声をかけながら、あたしはたまらずその場にしゃがみこんだ。5月も中旬に差しかかるというのに、リノリウムの床はあたしを拒むかのようにひんやりと冷たい。
それにしてもびっくりした。
なんなのだ、今しがた流れたあのピリピリした空気は。
そりゃあね、おぼろげな記憶のなかでも結構ひどいことをしていたっていう覚えはあるから、怒られる覚悟はしてたわけよ。でもまさか、ここまで嫌われてるとは思いもよらなかった。冷水を浴びせられたような気分。
(好かれて優しくされていたもんだから、平身低頭で謝れば許してもらえるだろうなって、心のどこかで余裕ができてたんだ……馬鹿だな、あたし)
思わず胸を押さえていると、いつの間にか太田さんがあたしを見下ろしながら目の前に立っていた。
太田さんが口を開く。
「ほらね、いくら格好つけたって、そんなに簡単に人は変われないのよ」
得意げな響きに、あたしは反発を覚える。
「今のはちょっとタイミングを外しただけだから。あとでちゃんと言うもん」
「そんなこと言って、震えてるじゃないの」
「うるせーな、これは武者震いだっての! オラわくわくしてきた!」
「一人称が変わっているわよ。ま、いいわ。高みの見物といかせていただくから」
そう言い残して、立ち去っていく。
あたしは太田さんの後ろ姿をにらむように見送りながら、再度決意を固めた。
ちくしょおおおお。今にみてろよ。あたしはあんたと違う。絶対に謝って仲直りしてみせるんだからっ!
☆★☆★
だ、だめた。またしても言いそびれてしまった……。
あれからぐずぐずしているうちに下校時刻を迎えてしまい、西園寺は教室から出ていってしまった。
負け犬のあたしは机にひらかれた学級日誌の上に突っ伏して、無念さにくちびるを噛みしめている真っ最中だ。
ほんとに意気込みだけはあるんだよ。だけど、いざ西園寺を目の前にすると舌が凍りついたように動かなくなる。
無理にしゃべっても、焦って出てくるのは意図しない言葉ばかり。
おかげで話は変な方向に進み、明日は除霊を行う約束をしてしまった。
明日、クラスメイトたちは、教室内で塩を振りまく異様なあたしたちの姿を目撃することになるであろう……。
「おい、そこの自称霊能力者」
このムカツク呼びかけ声はヒガシだ。
「なにさ。あんたもあたしの醜態をあざ笑いに来たの?」
「オカルト談義はたしかに笑えたが違う。おまえ、誕生日だったろ、今日」
「え? あ、そういえば」
このところ色々あってすっかり忘れてたけど、あたし今日から14歳であった。
14歳と言えば……
「悪いことしたら刑罰にかせられるね」
「真っ先に思いつくのはそれかよ。とりあえずこれやる。すべて俺の大切な物だ」
ヒガシが手にしていた紙袋を差し出してきたので、とっさに受け取る。なかなか重い。
すぐさま中を覗いてみると、ゲーセンの景品やらマンガ本やらで埋まっていた。それを見てあたしはピーンとくる。
「これ、要らないだけでしょう?」
「バレたか。そろそろ暑くなってくる頃だろ。俺もさすがに少しは危機感を感じてるんだよ。片付けに協力しろよな」
いらんかったら捨てていいから、と言われたので、あたしは押し付けられたそれをありがたく頂く事にした。
正直、目の焦点が合ってないクマのぬいぐるみとか、ちょっと魅力的だった。ブサカワっていうのかな。
それに、マンガの趣味もこいつとは合致するんだよね。思えば初めて読んだマンガ本というのが幼稚園時代にこいつがくれた少年マンガだったから、ちょっとした刷り込みが入っているのかもしれない。
「とりあえずお礼を言っておくね。ありがとう」
「ああ。まーそのうちに、ちゃんとした物を贈ってやるよ。何がいい?」
「現金に勝るものはない」
「……お前はそういうヤツだよな」
そこでヒガシが周囲を見渡す。
人がいなくなった教室内を確認すると、再びあたしに向き直って言った。
「俺から話してやろうか?」
「えっ」
「お前の正体だよ。ずいぶん苦戦しているようだからな。なんなら、俺からアイツに話をつけてやってもいいぞ」
ヒガシにしては破格のサービスの申し出に驚いて見つめ返したものの、結局あたしは首を横に振った。
太田さんに宣言した手前もあるし、何よりここで人任せにしたら、たぶん、西園寺は二度と許してくれなくなる気がしたんだ。
あたしが向こうの立場だったら、なんで自分の口から言わないんだって、まずそのことを怒るもの。
だからさ。
「魅力的な申し出だけどいいよ。自分でケジメをつける。気持ちだけもらっておくね」
ヒガシはうなずくと、それ以上話を引っ張ることはしなかった。
その代わりに、
「なら期限を決めて動けよな。明日、必ず言うんだ」
「えっ、なにそれ短すぎやしない!?」
「こういうのは一度決めたらとっとと済ませるに限るんだよ。ズルズルと先延ばしになりかねないからな」
「まあ、そうだけどさ……」
「場所は――そうだな、ひと気のない場所と言えば、放送室が手頃だろうな。さっき使った視聴覚室は遠すぎるから駄目だ」
「ああ、結局怒られちゃったもんね」
授業開始に遅れてしまい、3人そろって先生から小言をくらう羽目になった先刻を思い出す。さすがに2日連続の遅刻はヤバイ。その点、放送室ならうちの教室の真下なので予鈴が鳴ってからでもダッシュで戻れば間に合う。うん、いいかも。
「放送委員のヤツには俺から話をつけておくよ。昼休みにでもアイツを呼びつけて腹をくくれ。いいな?」
「わ、わかった、頑張ってみる」
「俺としては賛成しかねるんだが、お前の意思を尊重するんだからな。ちゃんと覚悟を決めろよ。じゃあ行くわ。誕生日おめっとさん」
「うん。いろいろとありがとう。明日は絶対に頑張ってみせるからっ!」
ヒガシを見送ってから、あたしは何度もため息をつきながら学級日誌を片付けた。
先ほどは見栄をはってああ言ったものの、正直にいうとかなり気が重かった。
(いつまでも先延ばしにすることはできない。この壁を乗り越えねばならない。それは分かっている。だけど、それがとても難しい――)
そして重苦しい気分のまま学校を出て帰宅の途につくと、沈んだ心にさらに追い討ちをかける事態が発生する。
その夜、あたしは帰宅して早々にパパと大喧嘩をして、着替えも済んでないまま家を飛び出すことになった。
原因は誕生日プレゼントだ。
14歳の娘の誕生日プレゼントがなんと――例の魔法少女の柄がプリントされた靴と、同柄のハンドバッグだったのである。
こんなのってないよ……!




