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茶番はおしまい

 代理人ゲットだぜ!

 よかった、ヒガシが来てくれて。この厄介な妄想乙女はあたしの手に余る。一時撤退して体制を立て直したいから、後は任せた。


(Higashi, I choose you ! 行け! 君のひとみは10000ボルトだ!!)


 なんて心の中で声援を送っていると、ヒガシが太田さんに向かって口を開いた。


「あのな、まずはじめに言っておくが、迷惑だから変なことをすんのはやめてくれ。それと――」


 そこまで言ってから、ヒガシを贄にそろりそろりと脱出をはかっていたあたしの肩をガッとつかむ。そして、とんでもないことをのたまった。


「静のことが好きになったから、気持ちに応えることはできない。だからすっぱりと諦めてくれ」


 ……は!? マテマテ、一体なんの冗談だよ。

 思わず目を丸くしてヒガシのほうを振り返ると、すかさず、「俺に押し付けて逃げんな、助けろ」と小声でささやかれた。

 それでよくよくヒガシをうかがってみると、見た目は平然としているが、額には冷汗がにじみ出ていた。

 もしかして先ほどの寒いネタは動揺を隠すがためだったのかもしれない。


(あー。まあ、さっきのはあたしでさえドン引きしたからな。当事者としたらたまったもんじゃないだろう。一歩間違えなくてもストーカーっぽいもんねぇ。だからといってビックリさせんなよ!)


 ま、いいだろう。話を合わせてやるから、あたしの代わりにこの子をちょっと懲らしめてやってくれ。

 あたしが小さくうなずくと、ヒガシはほっと息をついた。

 一方、太田さんはというと、青ざめた顔で呆然と立ちつくしておった。


「うそよ……そんなの信じられない!」

「うそじゃねーよ。だから今回の件はわりと猛烈に腹を立ててるんだぞ。俺もあんまとやかく言える立場じゃないけどな。お前さ、やっていいこと悪いことの区別くらいつけろよ。階段から突き落としたりして、最悪の場合なら死んでたんだぞ?」


 太田さんは露骨に顔をしかめた。


「東君までそんなこと言うのっ!? あんな古典的な手に引っかかった鈴木さんがどんくさいだけで、私は悪くないんだから! それに、怪我も軽く済んだって聞いたし……」

「入院までさせといてそんな訳ないだろ。こいつは我慢強いから平気そうにしているけど、肩とか背中とか酷い痣だらけだったんだぞ」

「……まって、なんで東君がそんなこと言えるの?」


 とたんにヒガシが視線をさまよわせた。それを見た太田さんがますます怪訝な顔をする。

 なんともいえぬ気まずい空気が流れ出したので、変な誤解を受けないようにと、あたしから説明することにした。

 しゃーねーな。あんまり関わりたくないけど助け舟を出してやるよ。


「ヒガシは入院中、あたしの介護をしてくれたんだよ」

「おい余計なことを言うな」

「介護ぉ??? 鈴木さんってそんなに酷い状態だったの?」

「ううん。死ぬかと思ったけど結局たいしたことはなかった。だけどヒガシが、将来はヘルパーの職業も興味があるって言うんで、練習台になってたんだよ。あ、あとノートは返すね」

 

 あたしは呆気にとられている太田さんの手に、無理やりノートを持たせた。

 そうなのだ。入院中はふらりと現れては甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、いたれり尽くせりだった。

 ご飯を食べさせてもらったり爪を切ってもらったりと、こいつにこんな甲斐性があったとは思いもよらんかった。ヘルパーの仕事も意外と向いてると思うよ。


「たいしたこともないのに介護ってフケツだわっ!」


 ノートを握りしめた太田さんが、眉間を寄せて声を荒げた。


「あれ、なんで納得しない? まあ介護はキレイな仕事ばかりじゃないよね」

「もういいからお前は黙っとけ」


 そこでヒガシに口を塞がれてしまった。


(もがっ。せっかくフォローしてやったというのになんだよ、この仕打ちは!)


 思わず横目で睨みつけるが、ヒガシのやつったら、あたしをさらっと無視して話を続けやがった。


「ちょっと看病しただけだから、変な誤解すんなよ。とにかくだ。さすがに今回はやりすぎだろ。反省してきちんと詫びをいれろよな」

「いやよっ! いくら東君に言われたからって、私は謝らないわよ。鈴木さんなんて嫌いだもの。だって昔悪いことをしてたっていうのに、なんの制裁も受けずにみんなから庇われて、そんなのおかしい。少しぐらい痛い目に遭ったって当然の報いだわ」

「だからって、それをやっていいのはお前じゃねーだろ。何も知らないくせに部外者がしゃしゃり出てくんな!」


 ヒガシが低い声で咎めると、太田さんは激しい怒りをたたえた目でこちらを睨んできた。


「怒られちゃった……東君にすべてを知られてしまって私はもう破滅も同然。でも、ただでは転ばないわよ。この際だから鈴木さんも道連れにしてあげる。貴女だけのさばらせるなんて絶対にさせないんだから。協定を破ることになるけど――西園寺君に正体をチクってやる!!!」


 敵意むき出しのその言葉を聞いた途端、あたしは何かが抜け落ちるのを感じた。

 なんっつーか、すべてが馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。もとはと言えばケジメをつけずに逃げようとしたことが発端で、それがそもそもの間違いであった。 

 とりあえず、手。あたしの口元を覆っている手を離せ。息ができぬ。


「ん、んんん!」

「あ、悪い」


 ヒガシの腕から開放されて、あたしは改めて太田さんと対峙した。

 ちょうどその時、始業を知らせる鐘が鳴る。それに構わずあたしは静かに口を開いた。


「そうだね。あたしが間違っていた。よく考えたら、西園寺から逃げ回っているあたしが太田さんに対してとやかく言える立場ではないよね。イヤガラセの件はもういいよ。その代わり、チクるのはちょっと待っててほしい。自分の口から直接告げるから」

「いいのか!?」

 

 ヒガシが軽く目を見開かせて確認してきたので、あたしはコクリと頷く。


「うん。ごめんね。いろいろ協力してもらっといて悪いけど、あたしもうこんな茶番辞めるね。みんなには謝っといて」


 そう言ってから、あたしはスカートのポケットに忍ばせておいたミカンを取り出して、拍子抜けしている太田さんに差し出す。たぶん、バラされると聞いたあたしが取り乱すとでも思ってて、見事にアテが外れてしまったんだろうな。完全にかたまっちゃってる。

 あたしはちょっと笑って言った。


「これやるよ。投げつけてやろうと隠し持ってたんだけどさ。ま、いーや、わりと美味いから食べてみな。少しはイライラが収まるかもしれないよ? あとは美術室に置いてあるあんたの手提げカバンの中にミカンの皮がぎっしり詰まっているはずだから、それは湯船にでも浮かべるといい」


 太田さんは信じられないといった瞳であたしを見つめてきた。受け取ったミカンの皮を剥きながらぼやく。


「な、なによ、怒るかと思ってたのに、しおらしくなっちゃって……」

「むしろ逆。あたしは優しくないから改心させるのはとっとと諦めることにしたんだよ。太田さんはそのまま大人になってその時に後悔すればいいんじゃないかな。でもあたしはちゃんと言う。今更だけど西園寺と正面から向き合ってきちんと謝るよ。あんたと違うってことを思い知らせてやるからみてな」


 やってやろうじゃないか。

 あたしはミカンを食べだした太田さんをじっと見据えながら、高らかに宣言した。


「披露してやるよ。このあたしの――ジャンピング土下座を!!!」


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