たぶんストーリーに問題があるんだと思う
太田さんがシャープペンを持ち出してきたので、刺されるかと思ってあたしは焦った。
実は用心のために、腹に大学ノートを2冊ほど巻いてきてあったりするんだよね。
けど、他の部分は無防備だ。そこを狙われたらやばい――ホクロが出来てしまう。
ここはひとまず、なだめよう。
「お、太田さん、落ち着いて?」
「落ち着いてるわよ!」
(ぜんぜん落ち着いてないし)
「私がどれだけ東君のことが好きだか貴女にわかる!?」
(知るわけねーよ)
「これを見なさい! 東君が持っているのと同じ柄のシャープペンよ!!!」
「はぁ……」
印籠のように突きつけられたシャープペンをまじまじと見てみた。一見、なんのへんてつもない、どこにでも売ってそうな黒のシャープペンだ。
刺して来ないならいいんだけど、それがどうしたと言うのだろう?
なんて疑問に思ってると、彼女は得意げな顔でトンデモナイことをのたまった。
「こっそり取り替えるの大変だったんだから!!」
「!?」
「そしてこれが……」
おいおい、次はどうするのかと思いきや、太田さんは教科書に挟んであったノートを取り出して、あたしに差し出してきた。
見ろと言わんばかりなので無言でノートを受け取ってページをめくってみると、キラキラとした絵柄で少年少女の恋愛漫画が描かれていた。
それはいいんだけど、登場人物の名前が――
「そのシャープペンを使って描いた、私と東君が主役の漫画よ!!」
やっぱり。
「まだ家にもに2冊程描いたノートがあるの。とにかく私はノート3冊に渡って妄想を描きつらねるほどに東君のことが好きなのよっっ!」
うわぁ……。あたしはどん引き。
痛々しくてなんも言えないでいると、太田劇場は勝手に続いた。
「これとは別に漫画投稿もしたのよ。でもダメだったわ、Bクラス選外でね。それに告白してもダメだった……フラれたの」
おいおい、サラッと爆弾投下したな。それは聞き捨てならないぞ。
「ええっ、いつの間に告白したの!?」
「少し前の話よ。体育館裏に呼び出して想いを告げたら、『友達とつるんでるほうが楽しいから』って断られてしまったの。それを聞いてもしかしたら東君はホモなのかと疑いもしたけど、それならそれでいいと思った。私、ボーイズラブもイケるくちだから……」
そうなの!?
「けどね、鈴木さん。先日貴女が東君の家で我がもの顔で応対してきたとき……私の中のすべてが一瞬にして崩れてゆらいだわ。――ねぇ、どうして私じゃなくて貴女なの? なんでなんでなのよっ! こんなことならせめて菊池君を選んでおいてほしかった……っ!」
そう言って太田さんはワッと泣き伏した。
(……うーん、なんだろう。シリアスな場面なはずなのにこの脱力感は)
あれだ。この子はたぶん幼いんだろうな。見た目だけじゃなくって精神が。そしてオタクだ。まごうことなき妄想電波入ってるオタク少女だ。
あたしはクソガキ相手なら強気に出られるけど、こういった系統はニガテだ。はっきり言うと関わり合いになりたくない……。
本能的に逃げ腰になってじりじりと後ずさってると、ふいに背後から声がかかった。
「話は聞かせてもらったぞ。人類は滅亡する!」
ぎょっとして振り向くといつの間にか戸口が少し開いていて、そこにヒガシが立っていた。
えっ、なんでお前がここに来てるんだッ!?
あたし達が口を開く前にヒガシは飄々とした態度でつかつかと室内に入ってきて、あたしのほうを見て告げてきた。
「お前、口止めしてなかっただろ。お前らが出て行った直後に奥野のやつが速攻俺のところにチクりに来たぞ。あと人類は滅亡する」
「マジかよッ!? それとそのネタは寒いから止めたほうがいいよ」
「承知した。あいつはかなり口軽いぞ。注意しとけ」
お、奥野さん……。
そういえばヒガシが倒れたって話題の時も、すかさずあたしに言いに来てたっけ。あの人はそういうキャラだったのか。
「うわー。さっきちょっと友情めいたものを感じたのは気のせいだったみたい」
「まぁ普通につきあう分にはいいんじゃないか。いつまでも拗ねてないで、もうちっと協調性をもったほうがいいしな」
「ほっとけ。ところで何時ぐらいから聞いていたの!?」
「わりと最初から」
「うはっ」
「――あんのオンナァァァァァアアアア!」
すさまじい絶叫が、視聴覚室じゅうに響き渡った。
あたしとヒガシの視線が太田さんに集中する。そこには鬼がいた。1匹の鬼は憤怒の形相で地面を踏み散らしていたのである。
「さんざんおごらせておきながらバラしやがったなぁぁぁぁぁああ! おかしいと思ったのよねぇぇぇぇえええ。そうかそうか全部あのオンナの差し金かぁ! あのオンナだって大概なくせしてっっ! 覚えてなさいよぉぉぉぉお!」
「……静」
「なに」
「一言申すつもりで出て来たけど、俺やっぱこのまま帰るわ」
「だめ」
お前は何しに登場したのだ。ほら、出てきた分はしっかり働けっ!
あたしがヒガシの背中を思いっきり、どん、と押すとヤツは少しよろけながら前に出た。
「えっと……太田?」
「――な、なにかしら?」
鬼が人に戻った。恋の力は偉大である。