魔法少女が怒った
さあ、そろそろ第2ラウンドの時間だ。
休み時間を知らせるチャイムが鳴るや、あたしは速攻で教科書を片付けて再び太田さんのもとに駆け寄ろうとした。――が、呼び止められてしまった。
「鈴木さん、ちょっと待って。一緒にトイレに行こう」
声の主は奥野さんであった。今日はなんというか、やたら迫力がある。
(な……なに……根性入れ?)
思わずたじろいでると、「時間はとらせないから」とひとりでスタスタと先に教室を出て行ってしまう。
……しかたない、この場はいったん諦めよう。
あたしは横目で太田さんをうかがいながら奥野さんの後を追った。
そして女子トイレに着くやいなや、奥野さんはくるりと振り返って、あたしに問いかけてきた。
「何か言うことは?」
「え……っと。なんだろう?」
「わからないなら言ってあげる。どうして私を差し置いて太田さんに声をかけてるの!?」
「へ?」
「ちょっとは懐いてくれたと思ったけど、どうやら私のうぬぼれだったようね」
「あ、違うこれはっ」
「そうよね。あの子でしょ、鈴木さんを階段から突き落としたの」
げっ。なんでわかったんだ!?
あたしが焦ってると、奥野さんがこともなげに言う。
「だって鈴木さんって、人と壁を作ってしまう残念な子じゃない。その鈴木さんの方から興味を示すなんてよっぽどのことよ。ましてや太田さんみたいな接点のない子なんて。おのずと答えは出てきます」
ぐさっ
い、今の切り込みは効いたぜ……。言葉のナイフってあるんだな。
あたしはガックリとうなだれた。
「そっか……バレバレなんだ……いやだ恥ずかしい。あんだけ自分ひとりで解決するってタンカ切ってたのに」
「そうね。ヒガシ君も気づいたんじゃないかしら。西園寺君はまあ落ち込んでてそれどころじゃないみたいだけど」
「あいつ何かあったの!?」
「……鈴木さんって罪作りよね。ま、それはひとまず置いといて。せっかくだから全部話してちょうだいな。私、太田さんのことなら多少は知ってるからアドバイスできると思う」
「わ、わかりました」
そこで観念したあたしは今までの経緯をすべて話した。
奥野さんは黙って聞きながらうなずいてて、最後にこう切り出してきた。
「私の趣味はね、以前言ってたイケメンウォッチングだけじゃないの。他にもハンドメイドや古着が好きでね、数か月に一度の割合でフリーマーケットに出向いて遊んでるんだけど……そこの会場は箱が大きいから、別のイベントと同時開催されることが多いのよ」
「はあ……」
それと太田さんがどう結び付くんだろう、などと不思議に思ってると、奥野さんが再び口を開いた。
「だから、何度かあの子の姿を見かけたことがあるのよ。会場付近や帰りのバスなんかで。鈴木さんは知ってる? 同人誌即売会ってやつ」
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拝啓 極楽院 璃亜夢さま
貴女のヒミツを知ってしまいました。美少女戦士に変装されたりするんですね。
あれ、コスプレって言うんですか?
ホームページの写真を見ましたがとても可愛らしかったです。
サークル名をばっちり控えたので、次のイベントでは差し入れを持っていきますね♡
新刊という本?を楽しみにしてるので頑張ってください。
でもできればイベント前に視聴覚室でお話してみたいです!
S木より
PS:中学生で年齢指定本を作るのは辞めたほうがいいと思います!!
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「鈴木さん、少しお時間いいかしら? 例の場所で話したいことがあるの」
昼休みにさしかかると太田さんが声をかけてきた。あたしが机にしのばせた置き手紙をふるふると握りしめながら。
(うっ、ちょっと怖い。目がすわってるよ)
その必死の形相を見て、奥野さんの入れ知恵の破壊力を思い知った。
すげーな、あたしが考えた手立てなんてお遊戯みたいなもんだった。
このチャンスを逃すつもりはないので、もちろんうなずいた。
「いいよ。ちょっと待っててね、そのまま音楽室に行くから準備する。太田さんは?」
「もう持ってるわよ。なるべく早くしてちょうだいね」
「うん」
あたしは慌てて次の授業の教科書と筆記具を手にする。
太田さん同様、休み時間が終わったらそのまま音楽室に直行することにした。そのほうが断然早いからね。
太田さんとふたりで並んで戸口に向かう際に奥野さんと目があった。
あたしが軽く頭を下げると、頑張ってね、とばかりに手をヒラヒラふってくれて胸の中がジーンときた。
うーむ、思えば今のあたしに積極的に声をかけてくれる女の子ってあのひとぐらいだよなぁ。この件が片付いたら、面倒くさがらずにもう少し積極的に人と向き合おう。――などとぼんやり考えている間に視聴覚室にたどり着いた。
視聴覚室は別棟にあるので教室の並びからかなり遠いはずなのだが、考え事をしていたらあっという間だった。
薄暗い室内に入ってあたしがドアを閉めると、さっそく太田さんが口を開いた。
「それで結局、鈴木さんは何が言いたいの? 貴女からの手紙、ものすごく不愉快だったわ」
(それはお互い様じゃん。ワラ)
さあ、いよいよだ。あたしは窓際に立った太田さんにずずいと詰め寄る。
「うーんと。率直に言うとこないだの件をきちんと謝ってほしい。そしてもう二度とあんな馬鹿な真似をしないと誓ってよ。あとはミカン1発投げつけたらそれで終わらすからさ」
「さて何のことかしら?」
「いろいろ。でも一番はあたしを階段から突き落としたことだよ。バナナの皮まで仕込んでハメたでしょ」
「知らないわよそんなの」
「だって階段から転がった時、太田さんの姿をちゃんと見たんだよ?」
「見間違いじゃないの。とにかく私は知らないんだから! 証拠もないのに言わないでよっ!」
……どうやら、あくまでシラを切るつもりらしい。
きっとこれから長い説得になることだろう。休み時間は足りるかな――いや、焦ってはだめだ。相手を興奮させないように落ち着いてじっくり攻めていこう。なんといってもこの日のために下準備をしてきたのだ。授業に遅れてだって白状させてやるんだから!
「ねえ、太田さん、バナナの皮は片付けてしまっても、まだあたしの手元には手紙が残ってるんだよ?」
あたしは一旦そこで区切ると、つとめて静かに続けた。
「あの時あたしを呼び出した際に使われていた便せんは、“月刊少女雑誌ふれんどりぃ”の3月号特別付録だった」
「……それがなんだって言うのよ」
「太田さんの持ってる筆ばこってさ、“ふれんどりぃ”の応募者全員サービスのやつじゃん。しかも同じ号」
「!!!」
太田さんの顔色が変わった。それを受けてさらに続ける。
「それだけじゃない。太田さんからもらった手紙と、あの魔法少女からの手紙は筆跡が一致していた。と言うかさ、太田さんの字ってすごい丸文字で特徴ありすぎだから……隠しそうとしても一発で判っちゃうよ?」
さぁ、どうでる!?
相手の出方をうかがっていると、太田さんはあっさり開き直った。
「…………ふんっ。バレてしまったからには仕方ないわね」
ええっ、もう認めちゃうのかよッ!?
はえーよ、とあたしがあっけにとられてると、太田さんは残り10分を切ったドラマの犯人のようにベラベラとしゃべり始めた。
「そうよ。私が全部やったわよ。バナナは美味しかったわよ。悪い? でも鈴木さんだって悪いのよ。西園寺君という者がありながら、東君にまでちょっかいを出すんだもの」
「いや別に西園寺とはそんな関係じゃないし」
「いいじゃない。少し変わってる人だけど彫刻みたいに顔が整ってる優等生だし、問題児の鈴木さんにはもったいないくらいの優良物件よ。この際だから付き合っちゃいなさいよ」
「……遠慮しとく」
「まぁもったいない。でも東君は渡さないわよ?」
あたしを睨みすえながらそう言うと、太田さんは手にしていた筆記用具の中からシャープペンを取り出した。
わっ、何をするつもりなんだ。もしかして刺されるッ!?




