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悔しい、しまらなかった(二重の意味で)

 太った! 5キロも太った!

 食っちゃ寝ざんまいの入院生活が終わった末に残ったモノは、けっこうな量の脂肪であった……。


 そしてその変化を実感させられたと言うか、現実をまざまざと突きつけられたのは、約10日ぶりに登校して教室のドアを開けたとき。


 ざわっ


 教室にはほとんどの生徒が顔をそろえており、そいつらが一斉にこちらを向いて、驚いたような顔つきになったのだ。な、なんだよ……。

 それぞれと軽くあいさつを交わして自分の席についてからも、ジロジロとこちらを見てくるので、居心地が悪いったらありゃしない。

 あたしゃ見せ物じゃねーぞ、と心が荒んできたところでふいに声がかかった。

 机の脇に立った人物を見上げると、安定の西園寺であった。またお前か。


「鈴木さん、おはよう。体はもう大丈夫――」

「西園寺君のせいだっっ!」

「えっ、何が!?」


 すかさず睨みつけると、キョトンとする西園寺。

 いやもう八つ当たりだと分かっていても言わずにはおれん。


「見ての通り、私がぶくぶく太ったことよ。西園寺君が毎日りちぎに差し入れを持って来てくれたから……美味しかったけど許せない。眼の前に差し出されたら食べるしかないじゃないのっ!」

「いや別に全然太ってないと思うけど」

「う そ だ !」

 

 絶対に信んじねーぞ。

 こいつはあたしに甘いところがあるからな。


 そう――メープルシロップのように甘い西園寺は、菊池を追い出したあくる日から退院するまでの数日間、なんと本当に毎日顔を出してくれたのだ(他にも何人かの顔見知りが面会に訪れてくれたが、連日来たのはこいつだけだった)。

 それも、どっさりとお菓子を手にして。

 あたしはそれを、ありがてぇ、ありがてぇ、と拝みつつ召し上がっていた訳だが、今にして思えば用意周到な罠であった。

 スカートのチャックがね、屈むとスススって開くようになったんだよ!


「理不尽な言いがかりだと分かってても、あえて言わせてもらうわ。この無慈悲なぜい肉をどうしてくれるのよっ。謝罪と賠償を要求する。責任とってよねっ!」

「え……責任とっていいの?」

「うっ。なにか嫌な予感がするから、やっぱり発言撤回する」


 何故か表情が明るくなった西園寺を見て、やっぱり変人は強いなって思った。凡人のイヤミでは到底かなわない域に達していらっしゃる。

 あたしは机の中に残しておいた持ち物に異常がないことをひとつひとつ確かめながら、少しの間考えた。

 ……そうだな。ならば。


「その代わり、2、3日は近づいて来ないでくれる?」

「どうしてッ!?」

「邪魔だから」

 

 だって、これから例の太田さんとこっそり対決しなくちゃいけないのである。西園寺につきまとわれていたら何かと不便だ。

 そう思っての発言なのだが、どうも言葉が足りなかったらしい。

  

「そんな……せっかく餌付けに成功したと思ってたのに……」


 意気消沈した西園寺は、ヨロヨロとななめ後ろの自分の席に戻っていった。


 おいおい。あたしは野生動物かよ。

 補足説明しようか迷ったけど、ちょっとムカついたこともあって、そのままにしておくことにした。

 もういいや。あまりベタベタしてると周囲から妙な誤解を招かれないしな。人前ではかえってこれぐらいツンツンしとくのが丁度いいかもしれん。


 さてと。

 気をとり直したあたしは、チラリと太田さんの様子をうかがう。

 前方の、窓側席に座っている彼女は、遠目から見る限りいたってフツーの様子だった。こちらのことをまったく意識しておらず、隣の席の子と楽しそうに談笑している。

 その光景を見てると、あのとき視界に映った女の子は見間違いだったんじゃないかと思いそうになるけど。

 でも。

 やはり彼女なのだ。あたしを階段から突き落としたのは。

 始業のチャイムが鳴り響く中、あたしはスカートのポケットに手を突っ込んで、こっそり潜ませてあるミカンを握りしめる。

 そうすることで怒りをふつふつと呼び起こすと、今度は机脇に掛けてある補助バッグの中から、用意しておいた太田宛の手紙を取りだした。


 その手紙には、

『朕茲ニ戦ヲ宣ス。夕刻五時半、今度こそ視聴覚室で話し合いましょう』と書いてある。



 これは昨日、チラシの裏を使って一生懸命考えた文面だ。

 あたしだってこの10日間、ダラダラと寝て過ごしていただけではないのよ。

 来たるべき日に備えてちゃんと下準備はやってきたんだから――あの日どんだけ痛みや恐怖を感じたか、引っ叩いてでも分からせてやる!

 出席を取りはじめた担任の橋本ちゃんの声を聞きながら、あたしの心は早くも放課後に向いていた。





 そしてその後。



 

 無事に太田さんの机に手紙を忍び込ませることに成功し、放課後が訪れると視聴覚室に移動して彼女が来るのを待っていたのだが――

 しかし、いくら待てども太田が姿を現すことはなかった。


(なんで来ないんだよ、あいつ)


 しびれを切らしたあたしが背後に注意をはらいつつ教室に戻ると、今度はあたしの机の中に置手紙が入っていた。前回と違い今回はなんでもない可愛らしい花柄封筒が使われている。

 封を開いてみると――



『どぅして私が行かなきゃならなぃの? 突然そんなことぃわれても困るしぃ、今後無視するからもぅ関わってこなぃで ワラ』



 読み終えた手紙をワナワナと握りつぶしながら、可能な限り秘密裏にことを運ぼうとしていた自分の甘さを思い知った。


(くそう、あの小動物、こっちにも後ろめたい事情があるもんだから、余裕ぶっこいてやがんな)


 歯ぎしりをしながら、窓の外に眼をやる。薄い夕日がさすグラウンドでは部活動に精を出す生徒たちの姿があった。

 時折、野球部の部員が金属バットで硬球を打ち返す、固く澄んだ音が響く。

 あの喧騒の中に、西園寺がいるのだろう。

 そして体育館ではヒガシが。……美術室にはあの太田が。


(……よし、決めた。無視できないように仕向けてやる)


 もう手段は選ばない。どんなやり口を使ってでも、必ず裏舞台に引っ張り出してやるから。

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