ホワイト言うな
さて。現在は入院3日目である。
あたしを陥れた子と話し合う――そうみんなの前で格好つけてタンカを切ったのはいいものの、すぐさま退院とはいかずに足止めをくらっていた。
どうも脳震盪と頭のケガが原因であと5日間程度はこのまま入院させられるらしい。なんとか短縮できないものかママや医者に詰め寄ってみたが成果は得られなかった。
「女の子だからきちんと治療しておかないと跡が残ってしまうよ」なんて医者から言われたけど、別に少しぐらい残ったって構わないのにな。
話をもどそう。そんな訳で絶賛ヒマしている最中のあたしは、内科病棟のとある4人部屋の病室前に来ていた。
まだ身体のふしぶしが少し痛むけどべつに歩けないことはない。
ならば例の菊池君(先日ヒガシと一緒に洗剤入りの飲料水を食ってあえなく病院送りになったうつけ者)とやらを、一目見てみたかったのだ。
というのもさ。
昨日見舞いに来たヒガシが、「もう一件見舞うところがあるから」ってポロッと口走ったのを聞き逃さなかったんだよね。それ以上は訊ねてもガンとして教えてくれなかったんだけど、あたしにはナースステーションがある。
かくして午後の回診を終えて手持無沙汰のあたしは、途中立ち寄ったナースステーションで看護婦さんからみごと菊池君情報をゲットして現在に至るのであった。
ちなみに変装は解いてきてある。
「ううむ。しかしなんて言って押しかけようか」
ここで問題が発生していた。
意気揚々と来てみたはいいものの、はたして菊池君とは一切面識がないのである。
突然訪問したらやっぱり警戒されるよな、と土たん場になって尻込みしてしまっていた。
直前になってから急にビビり出す、これはあたしの悪いチキン癖である。
「てかべつに馴れ合うつもりはないんだよね。一目見ればじゅうぶんだし」
「なにがじゅうぶんなの?」
「ん。菊池ってひとのアホ面を拝みたいだけ……って、うわぁっ!」
不意に話しかけられて背後を振り返ると、いつの間にやらあたしと同じ年頃の男の子がお菓子袋を片手に立っていた。
パジャマ姿の出で立ちからして十中八九、この華奢な少年の名前は菊池であろう。若い入院患者って圧倒的に少ないからね。
そしてどうやらこの菊池っぽいのからあたしは不審者だと思われてしまったようで、胡散臭い眼で見られている。し、しまった……。
「ねぇなんなのキミ。なんでオレの名前を知ってるの。ファンなの? 刺客なの?」
「ええっと……」
「言わないなら体で教えてもらうけどいいの?」
「わー! 言う言うっ!」
ずずいっと顔を近づけてこられたので、なんとなく身の危険を感じたあたしは首をのけぞらせながら観念して事情を説明した。
……つーか、こいつ聞きだすの上手いのな。壁際まで追い立てられていらんことまで根掘り葉掘りしゃべってしまった。
「ふぅん。ともっちの幼馴染なのね。じゃあシズニーって呼ばせてもらうよ」
「しず……にっ!?」
「なに不満なの? もしかして様をつけてほしいの? いやだ何様っ」
「そうじゃなくて」
「じゃ、決まりね。オレのことはまー君って呼んで。下の名前は真人って言うんだ」
「ちょっと待て、シズニーなんてやだよっ!」
「ワガママ言うんじゃないのっ。お母さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!」
こっちだって育てられた覚えはないよ、と突っ込みたかったけど、それやったら延々と会話が続きそうなので止めた。
あたしは改めて菊池君を眺める。
先程とうって変わってニコニコしている彼は、背はあまり高くない。女子平均よりやや高い程度のあたしと同じか、幾分低いぐらいだ。
また目鼻立ちはくっきりとしていたが人目を引くほど端整でもない。けれども、ふしぎな愛嬌があった。快活な性質とおう盛な好奇心、それが皮膚を通して発散されているのかもしれない。……でもさぁ。
(なんだろう……なんか……こいつ苦手かも……)
あたしは早くも後悔の念を感じていた。ひとには、鬼門がある。目の前にいる人物はどうにもいけ好かない、と直感的にそう思った。
目的は果たしたからもう撤収しよう。
あたしはぺこりと頭を下げる。
「えっと……じゃあそう言うことであたしは帰ります」
「あ、まってよ。オレちょー暇なのよね。ヒマ潰しにつき合ってよ」
「ええっ、嫌だ!」
「嫌だと言っても責任はとってもらうよ。だってオレたちもう他人ではないのだから!」
「はあぁ!?」
「一度会ったらトモダチなのが信条なんだ。ちなみに毎日会ったらキョーダイだよ!」
知るかボケ!
もうほっといて帰ろう、と踵を返したところで手を引っぱられた。
あたしの手首をがっちり掴みながらじとりとした眼差しを注いできた菊池君は、声高らかに脅しをかける。
「……泣いてやるから。このまま帰るんだったら、“鈴木静がいじめたー!”って泣き叫びながら院内を走り回ってやる!!!」
「んなっ……卑怯な!」
「だからねっ。ちょっとだけ……ね?」
最後はしなを作ってウインクして見せてきた。きめええええええ。
そして気がつくと通路を行き交うひとから注目を集めていて、居たたまれなくなったあたしは渋々と折れることにした。恥を知らない者は無敵である。
「んもー。わかった。夕飯が来るまでの間だよ? それ以上はうちのママが帰ってくるから絶対ダメだから」
「うん。それでじゅうぶん。じゃあ行こうか」
「えっ、どこに」
「この病院のすぐ近くにしょっぼい百貨店があるっしょ。そこちょっとぐるって周って来ようよ」
「はぁっ!? 何バカ言ってんだ。あんた病人でしょ。抜け出すのはまずいって」
「もう元気だもん。親からギリギリまで粘れって言われてるから居座ってるだけで」
「どういうこと!?」
「ん。厄介払いしたいみたい。旅行に出かけるからGWが終わるまで帰ってくるなって言われてるんだ。カワイソーでしょう?」
「……まさか仮病だったの?」
あたしが眉をひそめると、菊池君は少しだけ慌てた様子で言い訳してきた。
「あ、ちょー具合悪かったのは本当よ。初日は吐きまくったのなんのって。4日目までは絶食で5キロも痩せたんだから! その後で2キロ戻ったけど」
「……で、8日目の今は元気満々ってこと?」
「そそそっ。だからなんの支障もないのだよ、ワトソン君」
な、なんだかなぁ……。子が子なら親も親かもしれない。
あたしは呆れてしばらく何も言えないでいたが、そうこうしてる時間がもったいないことに気づく。
「出かける準備してくるから手、離してくんない?」
「戻ってきてくれる?」
「たぶん」
「たぶんじゃイヤ」
「わかった観念する」
そこでようやく開放されたあたしは、急ぎ早に自分の病室に戻って私服に着替える。
上着に袖を通している間に書店での一件が思い出されてカツラを被るか迷ったが、西園寺に遭遇したらまた踊ればいいやと思ってやめておくことにした。
代わりに白いキャップを目深に被って準備完了である。
白い長袖Tシャツに白いパーカーを羽織り、下は白いスキニーで、極限まで色を排除して白装束を意識してみた。
よし、これでいいや。
おまたせ、と菊池君の病室前に戻るとヤツはあたしの全身真っ白姿に少し面をくらったようで、
「うわ、白……っ!」と独り言のようにつぶやいた。むかっ。
「不満なら帰るけど?」
「ううん。もうちょっと可愛いカッコを期待していたけど、その姿もイカしてるよ!」
すぐさま余裕を取り戻した菊池君は、調子のいいことを言って、にこりと笑いながら手を差し伸べてきた。
着替えるのが面倒くさいと言う彼は、なんとパジャマ姿のままで出陣するつもりらしい。
「じゃあ行こうか、ホワイトシズニー」




