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一晩で15センチってホラーだよな

 ……――――。

 

 目を覚ますと、天井と蛍光灯の光が視界に飛び込んできた。眩しい。

 顔をわずかに動かして周囲を見まわすと、白で統一された殺風景な部屋――ここは病室のようだ。

 ……そうか、あたしは太田さんに陥れられたんだったっけな……。

 どうやらあの後、無事に発見されて病院に運ばれたみたいだ。

 窓辺のパイプ椅子に腰かけていたママが、あたしが起きたことに気づいたようで話しかけてきた。


「――しーちゃん? ようやく目が覚めたのね」

「ママ……」

「よかった。ほんとに心配したのよ」

「ごめんなさい」


 あたしは申し訳なくなって素直に謝る。そして、

「ねぇ、あたしはどれくらいの間寝ていたの?」

「丸1日近くかしら。何か食べたい物はある?」

「…………ミカン」

「わかったわ。用意するついでにパパと学校にも連絡して来るわね。お友達がしーちゃんのこと心配してたみたいだから、次に会ったらお礼言っときなさい」

「うん。ほんとにごめんなさい」

 

 ママはナースコールを押した後に、唇をほころばせながら病室を出て行った。

 ひとり病室に残されたあたしは、現在の状態を確認する。

 全身のあちこちが悲鳴をあげていて身動きをとろうするとひどく痛むが、動くには動くので、打撲か捻挫程度だろう。

 頭のほうも少し切ったみたいでネット包帯が巻かれていたけど、意識はハッキリしてるし大丈夫そうだ。

 ってか、逆に感動的なほどの爽快感さえすらある。

 朝、目覚めたばかりの重たい感じがこれっぽっちもないんだよ。まるで生まれ変わったような新鮮な気分だった。

 あの時は本気で死ぬかと怖かったけど、思ったよりたいした怪我ではなかったようだ。



 暫くすると医者と看護婦さんがやって来て、簡単な診察を終えた後にやがてクラスメイトがお見舞いにやって来た。

 時刻はもう日没だ。窓辺から見える空が青紫色に染まりつつある。室内には明かりが灯されていた。


「これ、プリント」


 ヒガシが紙の束を差し出しながら、やれやれといった顔つきで言葉を重ねる。


「今度は俺が届けに来る番になるとはな」


 めんぼくない。


「でもよかった。頭も打ったって聞いてどうなることかと心配していたの」


 一緒にお見舞いに来た奥野さんが安堵のため息をつきながら口を挟んできた。

 そして、


「これね、お見舞いの品。クラスで出し合って決めたのよ」

「ありがとう。開けてみてもいい?」

「どうぞ」


 可愛くラッピングされた箱を受け取って包装を解くと、中からは――


「カツラだ」


 黒いロングヘアーのカツラが入っていた。

 今まで使っていた胸下までのカツラよりも15センチほど長いのだが、設定的に大丈夫なのだろうか!?

 あたしの心配をよそに、奥野さんはニコニコしている。


「何にしようか迷ったんだけど、お花とかより実用的な物のほうが喜ぶかと思って、ウィッグにしてみたの」

「……そっか。ありがとね」


 ま、なんとかなるか、とあたしは微笑み返した。そう言えば……。


「西園寺は?」


 あのやかましいのは、どうしてるだろうか。


「ああ。あいつは儀式の途中だ。でも、そろそろやって来るんじゃないかな。はよそれ被っとけ」

「は?」


 ヒガシの発言が理解できない。なんなのだ儀式って。

 頭にハテナマークをいくつも浮かべて首を傾げていると、煮えを切らしたヒガシがカツラを取り上げてあたしの頭に被せてきた。

 やがて廊下のほうからズカズカと足音が聞こえてくる。


「鈴木さん!」


 ノックとともに勢いよく扉が開いて西園寺が現れた。だが。


「なにその格好……」


 あたしはあんぐりと口を開いて西園寺を眺めた。

 飛び込んで来た西園寺は、宮司さんが着るような白狩衣を身にまとっていたのである!

 その異様な出で立ちに唖然として固まってると、西園寺は手にしていた玉串をブラブラと遊ばせながら、あたしに向かってはにかんだ笑顔を見せた。


「鈴木さんの意識が戻らないと聞いて、魂振りの祈祷を行っていたんだ」


 お前はいったい何者だ。

 これは壷とかお札とか売りつけて来そうな勢いだな、と思って予めお断りをしておく。


「あ、あやしげな宗教の勧誘とかはしてこないでよねっ!」

「え? 家は普通にカトリックだよ」


 ならばますます何者なのだ。


「けど、よかった目が覚めて。鈴木さんまで逝ってしまったら、どうしようかと思った……」


 西園寺の声は震えておった。

 あ、そっか。宿敵が死んでしまったと思ってるんだっけ。加えてあたしまでどうにかなったらと、気が気じゃなかったのかも。

 まるで子供のように無邪気に抱きしめてくる西園寺を片手で軽くあやしながら、「心配してくれてありがとうね」と感謝の言葉を述べた。

 まぁ、こいつの呪いはあなどれないものがあるしな。もしかしたらホントにあたしの目覚めに一役買ったのかもしれん。


「ところで、しず――鈴木。本当にひとりで階段から転げ落ちたのか?」


 こちらをじっと見据えていたヒガシが、訝しげに訊ねてきた。

 あたしは姿勢はそのままに、視線だけヒガシの方に向ける。


「……そういうことになってるんだ?」

「一応、お前が階段を踏み外して倒れているところを、巡回中の職員が発見したことになっている。だが、俺らはお前がイヤガラセに遭っていたことを知っているからな」

「僕は知らなかった。言ってくれれば良かったのに」


 抱擁を解いた西園寺はちょっとスネていた。そして、


「ねぇ鈴木さん。その相手呪っておこうか? ちょうどこの格好だしついでに」

「だ、だいじょうぶよ、西園寺君」


 だからお前の呪いはシャレにならんのだって!

 西園寺にやんわりとお断りしてから、あたしは昨日のことを切り出した。


「聞いてほしい。私ね、見たんだ。私の背中を押した相手の顔を……」


 その場にいた全員がハッと息を呑んだ。


「転倒した私を覗きこんできたのよ。その時にものすごい悪意を感じたわ。そう、あれはまるで……」


 猿のようだった。


 気がつくと喉はカラカラで、あたしはママが用意してくれたミカンを手にとった。

 皮を剥いてハムスターのようにほうばる。


「ひゃのね」

「鈴木、全部食ってから話せ」

「……………………あのね、バナナの皮まで置かれていたの。さすがに私、そこまで対応できなくてまんまと転げ落ちてしまった」

「バナナの皮なんて話は耳にしていないぞ」

「回収していったんでしょうね。用意周到なこと」

「それで誰がやったの?」


 奥野さんがしびれを切らして促してきた。

 あたしはすかさず謝る。


「ごめん……ちょっとそれは言えない」


 とたんにブーイングが入った。


「そこまで言っといて話さないのか」

「私、オチのない話ってキライ」

「また話してくれないんだね……」


 うっ。

 だってさー、あの子の名前を出したって、にわかには信じてもらえないと思うもん。

 あんな可憐な少女がこんな過激なことをしてくるなんて、あたしだって未だに半信半疑なぐらいだ。なんてゆうか恋って恐ろしいのな。

 あたしはチラッとヒガシを垣間見た。


 ……それにやっぱり自分で落とし前をつけたい。


「ごめんね、まだ決定的な証拠は揃ってないし今はむやみに口に出したくない。だから待ってて、その子と話し合って決着がついたら必ず報告するから。――あいつ絶対に懲らしめてやる!」


 出来ればミカンを使ってな!

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