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もうバナナは食べない

※今回いじめによる残酷な描写が少々ありますので、苦手な方はご注意ください

「鈴木さんどうしたの? 帰らないの?」


 西園寺に顔を覗きこまれて、あたしはハッと我に返った。

 現在の時刻は夕暮れ。帰りのホームルームが終了して、部活や下校の準備におのおの追われている時間帯である。

 クラスメイトが続々と戸口に向かう最中、ひとり何もせずに席に座っている姿が奇異に映ったのであろう。まぁ、帰宅部がいつまでも教室に残ってたら怪しいよね。

 だけど、今日はこれからバトルがあるのだ。イヤガラセを止めてもらうためにも、まだ下校するわけにはいかない。


「う、うん。ちょっと考え事をしたくて、もう少しだけ残ってくつもり」

「そう? ならいいけど、もし具合が悪いのなら先生にでも言うんだよ」

「ありがとう、大丈夫」


 目の前に立つ西園寺は、いつの間にかジャージ姿に着替えておった。

 うちの学校のジャージは、青紫色に黄色の二重ラインが入っていてすっごくダサイんだけど、西園寺が着るとおしゃれに見えるから不思議だ。外見いいヤツは何着ても似合うんだな。

 あたしはこれ以上の詮索をされたくなくて、違う話題を振ることにした。


「そういえば、野球部はどう?」


 すると西園寺はくったくなく笑う。


「うん。まだ基礎練しかやってないけど案外たのしいよ。体を動かすのは好きみたいだ」

 そして、

「昔はニガテだったんだけどね」と無邪気にはにかんだ。


 う、爽やか過ぎる……。


「そっか。馴染めてるのならよかった」


 気がかりだったから、その言葉を聞いて安心したよ。

 にしても西園寺はすごい。おそらくこの四年間でたくさん努力したんだろうなぁ。それに比べてあたしは――


「何もしてこなかった……」

「え?」

「ちょっとね。ほら私って勉強できないし、陸上部もすぐに辞めちゃったでしょう? まったく取り柄とかないな、って改めて自覚して落ち込んできた……」


 あたし今まで何やってたんだろうな。時折、畳の目を数えることぐらいしかしてなかった気がする。

 こうやってめざましく変貌を遂げた西園寺を見てると、無気力で怠惰な生活を送っていた自分が情けなくて恥ずかしくなる。

 西園寺、あんたの宿敵は落ちぶれまくって今はとるにたらない愚者になってしまったよ。おまけにイヤガラセまでされはじめる始末。

 あーあ、正体知ったらさぞガッカリするだろうね。それともやっぱり嘲笑うだろうか。

 俯いてしょんぼりしてると、座ってるあたしを見下ろしていた西園寺がぽつりと呟いた。


「…………やばい」

「へ?」

「落ち込んでる鈴木さん萌える!」

「ひいっ」


 ぎゃあ。しまった、こいつはあたしを好きだという奇特なヘンタイであった! も、もういい。湿っぽい気分はやめやめ!

 慌ててあたりを見まわすと、教室内はガランとしていて、あたしと西園寺以外にだれも残っていなかった。時間が経つのはあんがい早いものである。


「そうだ。西園寺君、部活に行かなくて平気なの?」

「いっけね、マズイ。じゃあ僕もう行くけどなるべく早く帰るんだよ」

「わかった。西園寺君も練習がんばってね」

「うん。……あ、そうだ」

「何?」

「勉強する気があるなら僕も協力するよ」


 お、おう……。そのうちお世話になるかもしれんから、その時はよろしく頼む。





 西園寺が部活に行ったのを見届けてから、あたしは行動を起こした。

 面倒なことはとっとと片付けてしまおうと指定場所である視聴覚室に足を運び始める。

 廊下は既に誰もいなくなっておりひっそりと静まり返っていた。とりわけ視聴覚室への道のりは明かりが乏しくて、うーん、お化けとかでも出てきそうな雰囲気……。

 これまためんどくさい場所を選んできたのなぁ、などと胸の内でぼやきながら、階段を下りようとしたその時である。

 背中をドンっ、と思いっきり押された。 


「わっと!」 

 

 思わずよろけて階段から転げ落ちそうになる。

 わわわわっ、あぶねー誰だよ、と咄嗟に手すりをつかんで体勢を整えようとした瞬間。

 それが置いてあったんだ。踏面の絶妙な位置に。バナナの皮が。

 あたしは見事にバナナの皮をぐにゃりと踏んづけてしまい、そのはずみで階段から派手に音を立てて転げ落ちてしまった。――刹那、ものすごい衝撃が全身を貫いて、呼吸をすることも忘れた。


 そんなバナナ…… あたしは死ぬのか? こんなことで……


 視界が薄れて意識を失いかけたその時である。倒れこんだあたしの顔を覗きこむ人影が差した。なけなしの力を振り絞って眼をこらすと、ひとりの少女が映った。

 それは――太田さん。


(そうだ……彼女はヒガシの家で会った時に、怒ってそのまま帰ってしまってたんだっけ……)


 太田さんは転がっているあたしを確認すると、「いい気味」と猿のように手をたたいて喜んだ。


「前々から気に食わないと思ってたの。私の東君にちょっかいかけた罰よ。じゃあね」


(えっ、嘘でしょ。このまま置いていくの!?)

(そっか……話し合いなんて最初っからする気なかったんだ……)


 無情にも太田さんはそのまま立ち去り、ひとり残されたあたしは痛みに支配されながら無力感に苛まれる。

 動け……ない。

 こんなひと気のない場所に身動きもとれない状態で放り出されて、このまま誰も通りがからなかったら、あたしは一体どうなってしまうんだろう。

 はらりはらりと涙をこぼしながらあたしは誓う。


 

 太田め、覚えてろよ。絶対に、許さない。

 ゆ る さ な い

 あたしは死なないから。生きて、そして――



 今度はミカンの皮で復讐してやる!!!



 ――そう決意した直後にあたしの意識は途切れた。


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