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これがジョブチェンジってやつか

「あれ。なんだこれは」


 最初に妙だと感じたのは、GW前半が終わった連休明けの火曜日の朝。

 靴箱に大量の砂が入っていたことだった。

 その時は掃除当番がサボった程度にしか思わなかったんだけど、教室に着いて席に座ろうとしたら、今度はイスの上に画びょうが仕込まれていたのである。

 あっぶないなぁ。

 それでもまだ偶然のはんちゅうで片付けて、机の中をまさぐったら、残して置いたノートに『死ね!』と赤ペンで書かれておった。こ、これは……


「イヤガラセじゃないかな」


 奥野さんがあたしの席までやって来て言う。

 彼女は先日からちょくちょくと話しかけてくるようになっていた。

 あたしのノートを勝手に手にとってペラペラめくった奥野さんは、眉間にシワを寄せながら、「しかし酷いね、他のページもくまなく落書きされてる」と口を尖らせた。


 あ、イヤ。

 落書きされたのは『死ね!』っていう見開き部分だけで、他は自作だったりします。

 たいしたことでもないから心配しないで、と言って別れた後に、あたしは改めてノートを眺めてみる。

 うーん。どうやら知らない間に誰からか反感買っちゃったみたいだ。今までこんな仕打ちされたことなかったから、ちょっとショックかもしんない。

 あたしが考えこんでいると、ふいに背後から声がかかった。


「鈴木さん、おはよう」


 どきっ。

 この艶やか声は……西園寺だ。

 本屋の前でばったり遭遇したことを思い出して体が凍りついたが、もう成り行きに身をまかせるしかない。

 なにごともなかったかのように挨拶を返そうと振り向いて、あたしは目を丸くした。

 西園寺の顔は真っ青だったのである。


「どどどうしたの西園寺君。顔色悪いよ!?」

「いや日曜日にちょっと……」


 そう言って西園寺は眼を泳がせながら、


「ねぇ鈴木さん。この世を彷徨う霊魂の行く末ってどうなるんだろうね。一昨日アレを見てしまったのだけど……何やらもがいていて必死の形相だった」


 あたしの創作ダンスを“未練を残して苦しんでいる姿”だと感じた西園寺は、どうやら妙な良心の呵責に喘いでいるらしい。

 あんな恥ずかしい別れ方を追求されずに済んでよかったけど……けど……。


「き、気にしないのが一番だと思うけどなっ!」

「そうは言っても、やはりこのままにしておくわけには……だから、墓を探して墓参りに行こうかと考えてるんだ」


 げっ、また何か言い出し始めたぞ。

 唖然としていると、西園寺はひとりで勝手に盛り上がっていく。


「そうだそうしよう。家のどこかに名簿がしまってあったはずだから、そこから調べ」

「ま、待って!!」

「どうしたの?」

「えっと……その……そんな子より私を見て!!!」


 えっ。あたしまで何言い出してんだ!?

 自分の発言に慄いていると、西園寺はみるみる顔を輝かせた。だからこの変わり身の早さはなんなんだよ!

 だけども今日はそのまま流されてくれなかった。

 

「――申し訳ないけど、これだけは譲れないんだ。僕にとってアレは」

「西園寺」


 それまで友人と談笑していたヒガシが急にこちらに近づいてきて、真顔で言った。


「あいつの墓はないよ。何故ならばあいつは――無縁仏に入れられた」


 それからヒガシの嘘八百が始まって墓参りは断念してくれたんだけど、この一件ですっかり忘れそうになっていたイヤガラセは、その後も続々と続いた。

 体操着は泥だらけにされていたし、ロッカーには虫の死骸が入れてあった。リコーダーには変な液体が塗りたくられていたし……。

 ひとつひとつは使い古された定番ネタでそうたいしたことないんだけど、数で勝負をかけてきてるみたいだった。

 な、なんだこの陰湿な感じは……。



◆ ◆ ◆



「よう、いじめられっこ」


 4時間目の授業に備え音楽室へ向かう途中、渡り廊下でヒガシに声をかけられた。少し離れた場所では、ヒガシの友人が待機して、こちらの様子をチラチラと窺っている。


「聞いたぜ。お前イヤガラセに遭ってるんだってな」


 こうも続けば黙っていても誰かしら異変に気づく。あたしが何者かに悪質な悪戯をうけていることは一部で噂になっているらしい。

 むぅ。ヒガシのところまで伝わってしまったか。


「まぁね。でも大丈夫」

「犯人懲らしめるんだったら手伝うぞ」

「いいよいいよ。べつに耐えれないほどでもないし、安っぽい挑発には乗らない」

「そっか。何かあれば言えよ。じゃあな」


 そう言ってヒガシはあたしの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた後に、再び友人たちと合流してそのまま去って行った。

 あ、あいつめ。せっかく苦労してセットした髪型を台無しにしていきおって……。

 あたしは両手をこぶしに握り締め、地面を踏み鳴らして怒った。


「もー! 朝早起きするのがどんだけ大変だと思ってるんだ!」



◆ ◆ ◆



 それから音楽の授業が終わって教室に戻る際に、階段付近で再び声がかかった。

 今日は代わるがわる声掛けされる日だなぁ、と思いながら振り返ってみると、今度は面識のない男子生徒であった。

 中肉中背でとりたてて特徴もない。が、初対面なのにやたらニコニコしている。

 だ、誰だこいつ。


「やぁ、先ほどは手紙をありがとう」

「は?」

「嬉しいなぁ。あんなこと言ってもらえたの初めてだ」

「えっと……人違いじゃないかな」

「だって君でしょ? この手紙をくれたの」


 そう言って、男子生徒は手紙を差し出してきた。

 少女漫画のきらきらした絵柄がプリントされた封筒は、あたしの趣味とは相反する。

 手紙を拝借させてもらって中身を確認してみると、癖のある丸文字で、この男子生徒に対しての好意が綴られておった。

 封筒を裏返して差出人の名前を確認すると……げげっ、なんじゃこりゃ、あたしの名前になってるじゃないか!


「あたしじゃない。これ違う!」

「でも君の名前が書いてあるし」

「とにかく違うから!」

「待ってよ。テレなくてもいいからさ」


 だから人の話を聞けッ!!

 埒があかないので振り切って教室に駆け込むと、机の中に置き手紙が入ってあった。

 出て行く時は、こんなものなかったのに……。

 差出人は書かれてない。だけど、先ほどの男子生徒が持っていた手紙と同じ柄の封筒。

 封を切って中身を確かめてみると――


『やめてほしかったらぁ 夕方の5時半過ぎに視聴覚室でナイショの話し合いなう☆彡 誰かに言ったらこっちも秘密をバラしちゃぅよ→ ワラ 』


「……いいよ。会ってやる」


 こんな幼稚なイヤガラセをしてくるのもそうだけど、雑誌の付録便せんで手紙を出してくるやつの顔が知りたかった。

 人の趣味にとやかく口を挟むつもりはないけど、魔法少女の柄は仲間内だけで留めておいたほうがいいよ。ついでにそれも言わなくては。


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