休日ぐらい気を抜かせて
「しーちゃん、起きて」
せっかくの休日ぐらいゆっくり寝ていたい。
肩を揺さぶられて起こされそうになり、あたしは抵抗を試みる。
「うぅん。もう少し……」
「仕方ないわね。ホラ」
「あ゛――――――っっ!!!」
短い抵抗は終わった。目もとにメンタムを塗られて強制的に起床を促されることになったのだ。
ママはやっぱり……容赦ねぇ。
涙目になりつつ時計を見やると、短針は10時を差していた。
なんだ……まだ午前中じゃん。
「もうちょっと寝かしといてよ」
「だめよ。土曜日は1日中ごろごろ寝ていたじゃない」
それは――ここ数日いろいろあったから疲れきってるんだよ、と反論したかったんだけど、上手く説明できそうにないので口をつぐむ。
あたしが黙ったのを見て、ママはお使いを頼んできた。
チッ、しゃーねーな。
仕方なしにクローゼットを開けて、衣類を無造作につかむ。
白いトレーナーに、白いパーカー、そしてホワイトジーンズを着込んで部屋を出ると、先に部屋から出てたママが怪訝な顔をしながら財布とエコバッグを差し出してきた。
「しーちゃん。髪の毛ぼさぼさだし、そのカッコウ全身真っ白でなんだか怪しい」
「ちょっと行って帰って来るだけだから別にいいんだよっ。牛乳とお肉だけでいいのね」
「一昨日みたいにおめかしして行かないの? ようやく女の子らしくなったってママ喜んでたのに……」
「なんでわざわざ休みの日までそんな格好せにゃならんのだ。あれは平日だけのトクベツ仕様」
「まぁ。学校に好きな男の子ができたのね!」
「ちげーよ!!!」
慌てて否定したが全然通じてなかった。ママは感動したようにうなずいた。
「安心したわ。しーちゃんってば小さい頃は体が弱くてママをハラハラさせておきながら、いざ手術が成功して健康体になったら今度は野生児になっちゃって、何度病院に運ばれたって連絡がきたことか……。もう高いところに登って落ちたり、自転車であぶない乗り方して顔面から転んだり、根性試しだって目をつむりながら道路を歩かないでね。かすり傷で済んだとは言え相手の車の人が気の毒よ。……で、どんな男の子なの?」
ママのマシンガントークが始まったので慌てて家を出ることにした。
ヤバイあれはヤバイ。ああなったらお手上げで、下手に反論とか返答とかせずにスタコラサッサするに限る。時間は有限だ。
もういい、とっとと買い物を済ませて来よう。
そう思ってポケットに両手を突っ込みながらスーパーを目指して歩いていると、通りがかった公園のベンチに、小さな男の子がひとり座っているのが横目で見えた。
(あれ……あいつどこかで見たような…………あ!)
先日、西園寺邸で出会ったお漏らし少年ちび太である。目を凝らして見れば、ちび太は黙々と携帯ゲーム機をプレイ中であった。
よし、ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっくら声をかけてみるかな。
あたしはそっと近づいて背後から呼びかけた。
「よっ、いいもん持ってるじゃん」
するとちび太はゲーム機を守るように抱きかかえて逃げ出そうとしたのである。
あたしが素早く首ねっこを掴むと、捕獲されたちび太は涙目で懇願してきた。
「こ、これはおばあちゃんに買ってもらったやつだから……あげれないです」
「なに言ってんだよ。あたしだよあたし」
「ふぇ?」
むぅ。
ちび太が本気で戸惑っているようなので、あたしはポケットにしまい込んでいたエコバッグを取り出してほっかむりをしてみせた。
「これでわかる?」
ようやく合致したらしいちび太はパッと顔を輝かせて、「あの時の変なお姉ちゃん!」と歓声をあげた。
おいおい、変ってなんだよ、変って。
まぁ子供の言うことにいちいち目くじら立てても仕方ないと気をとり直して、あたしはちび太に問いかける。
「ちび太はなんでこんな所でゲームなんかやってるの」
「友達を待ってるんだ。ところで」
ちび太は一旦そこで区切ると、生意気にも自己主張してきた。
「ちび太じゃないもん!」
「ちび太でいいじゃん」
「そんな名前イヤだよぉ。ボクには光宙っていう、ちゃんとした名前があるんだよっ!?」
そう言ってちび太は息巻く。だがはたして5年後も同じセリフが言えるのだろうか。
「ごめんごめん。今度からちゃんと呼ぶことにする」
「ほんと?」
「うん。ちびすけ」
「……わかってない」
それでもちび太よりは幾分マシだと思ったのか、それ以上は追求してこなかった。
それからしばらく他愛ない話をしながらちび太の携帯ゲーム機を借りて遊んでいると、やがてちび太の友達がやって来たので、あたしは軽く挨拶を済ませて子供たちと別れた。
おっと、いかんいかん。少しのつもりが随分と長居をしてしまった。
◆ ◆ ◆
また会ったら再びあのゲームで遊ばせてもらおう、なんて考えながら最寄のスーパーで買い物を済ませたところで、今度は書店が目についた。
そういえば、週刊誌の早売りが着てる頃かもしれない。
エコバッグの中にある食品が気になったが、真夏でもあるまいし少しだけなら寄り道して行っても構わないだろう――などと思ったのが運の尽きであった。
入り口前で、ばったりと遭遇してしまったのである。中から出て来た、西園寺と。
「あ……」
「え……」
やっべえええええええええええええええ。
ちょ、ま、なんでお前がここにいるじゃああああ!!!
どうするどうするどうしよう!?
いずれは白状しなきゃならんと考えてるけど、こんなに唐突じゃあ心積もりなんてできやしないぞ。
なんて頭の中ではあれこれ目まぐるしく駆け巡っていたが、実際にはヘビに睨まれたカエル状態で、金縛りにあったかのように身動きがとれずにいた。
お互いに硬直してどれ程の時間が経った頃だろうか。
先に動いたのは西園寺のほうであった。
西園寺はスッと眼を閉じると――手を合わせてお経を唱えだしたのである!
「成仏しておくれ……」
漏れたつぶやきで悟った。
こ、こいつ……あたしのことを幽霊だと思ってやがる!
全身白ずくめ姿だったことに感謝しつつ、ならばこのお経が終わる前に逃げ出してやろうと考えた。
だがしかしである。普通に逃げたら、勘付かれて学校で会った時に追求されるかもしれない。
ここは意表をついて――
「ままー、どうしてあのひと変な踊りをしてるの!?」
「しっ、目を合わせたらダメよ」
――通行人親子の会話を聞いて、当分の間この書店には近づくまいと誓った。
それから慌てて帰宅してママに可愛い洋服が欲しいとねだると、ママは何か勘違いしたようで、「だから休日も気を抜いちゃダメでしょ」とたしなめられた。
ち、違うんだ!!!




