再び、出禁に
「なんか変な誤解してったような……」
大田さんの消えた方角を眺めながらあたしは肩をすくめる。
任務失敗の報告をするべく部屋に戻ると、ヒガシは眼を閉じてベッドに横たわっていた。どうやら眠ってしまったようだ。
その整った顔をしばらくの間じっと覗き込んでみたけど起きる気配がない。この隙に顔にイタズラ書きでもしてやろうかと思ったけど病人だったな、そういえば。
それじゃあ暇つぶしに冷蔵庫でもあさって来ようと立ち上がったところで、伸ばされた手に腕を捕らえられてしまった。
「帰るのか」
ヒガシは起きていたようだ。悪趣味なやつめ。
寝た振りかよ、とあたしは笑う。体勢を起こしたのを見てあたしも再びベッドの上に座らせてもらった。
そうだ、忘れる前に太田さんが来たことを伝えとかなくては。
「おばさんが帰って来てないからまだ居るよ。それよりさっき太田さんが――」
「アレは放っておいていい」
「なんで」
「お前と違うベクトルでやばそうな人種だからな」
「そうなの?」
「ああ。こないだ薄い本を読んでるのを見た時に確信した」
薄い本……?
それってどんな本だろう。あの子はたしか美術部だったはずだから部誌か何かだろうか。
あたしが思い巡らせていると、ヒガシがぽつりと言った。
「あれから少し考えてみたんだよ」
「うん?」
「あらかじめ言っておくが俺はお前とラブコメをするつもりはない。コントになるのがオチだからな」
「あたしだってないよ」
「だけどな。その一方で面白くないって感情があるのも確かなんだ」
「なにそれ?」
「ちょっとな」
そして脈絡もなく意味不明な質問を投げかけてきた。
「なぁ。お前ならどうする。引き出しの奥にしまって置いた昔の宝物を盗まれたりしたら」
質問の意図がよーわからんが答えは決まってる。
「盗られたら……取り返すかな」
「引き出しの奥の物でも?」
「だって癪じゃん」
「だよな」
「うん」
「よし決めた」
なにかひとりで勝手に納得したヒガシは、すっきりした顔であたしに向かって宣言した。
「お前と西園寺が付き合うなら全力で邪魔してやるわ」
なっ……ブルータスよお前もか……
思わぬことを言われて、あたしはうつむいて拳を握りしめる。
「あたしと西園寺が付き合う前提なんだ……」
「いや別にそこまでは言ってないが」
「だってそうでしょ。そういう風に思ってるってことでしょ」
「なりそうな気もしてるってだけで」
「どいつもこいつも面白がってあたしと西園寺をくっつけようとしおって……」
「いやだから俺は邪魔を」
「もう怒った!!!」
堪忍袋の緒が切れたあたしは両手でえいっとヒガシを押してベッドに沈めると、素早くうつぶせに覆いかぶさって横四方固めをくらわせた。
腕力では敵わないとはいえ、スピードと昔ケンカで培った技術があるのだ。寝技は体格の差をカバーしやすい。これでどうだっ。
「いててて」
「ごめんなさいって言え」
「なんで俺が謝らなにゃならんのだ」
「お前はあたしを怒らせた。離してほしけりゃ謝れ」
「嫌だね。いてててっ。おい、胸当たってるぞ」
「胸なんてねーよ。絶壁なめんな!」
さらに容赦なく力を込めるとヒガシは観念したようで、「参った」とギブアップしてきた。
勝利を得たあたしは技を解く前に誓わせる。リア充なのをいいことに、最近調子のってんだよこいつは。
「これに懲りたら妙な世話焼きとかするんじゃないよ。降参したお前はあたしより格下だ。返事は?」
「…………ハイ」
うむ。よろしい、と力を抜いてあげたところで声がかかった。
「あなたたち何をやってるの……」
声の先を見ればいつの間にか帰宅したヒガシのママが、扉の前で立っておった。
げげっ、帰ってくるのはえーよ!
慌てて自分の体勢を確認すると――病人であろうヒガシの上に思いっきりのしかかっているではあるまいか!
やっべぇ。なんて言い訳しよう。
短めになってしまった。
二日目はこれで終了です。次は休日編になります。




