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足、速いな

 好きなところに座っていいと勧められたが。

 通り道しか見えないごった返した床に腰を下ろすのは気が引けたので、あたしはヒガシの寝ているベッドの隅にちょこんと座らせてもらった。しかし、まぁ。


「相変わらず、すごい惨状だね」

「少しぐらい汚れていたほうが、色々と捗るんだよ」


 と、ヒガシは言ったが少しじゃねーだろう。


 6畳間の和室に、本やら服やらゲームやら他によーわからんもんが溢れ返るほど散乱してて、空き巣に入られたと言っても通用するんじゃないか、これ。

 だがしかしベッドの上は清潔に保たれていた。なんでも寝床だけは綺麗にしとかないと落ち着いて安眠できないそうな。その気配りを床にもわけてやってくれ。

 あたしは気を取り直してヒガシに話しかけた。


「ちょっと、今日は一日大変だったんだよ!」


 あんたのせいで、とあたしは文句を交えながらその日一日あった出来事をかいつまんで説明した。

 ヒガシは聴いてるうちに頭を抱え込んだ。

 とくに入院説は身に堪えたようだ。


「最悪だ。無理してでも登校しておくべきだった」


 こいつが打ちひしがれるのは久しぶりなので、溜まっていた鬱憤が少し解消する。

 たまには痛い目に遭うのもいいよ。こういう時にいつもひとりだけ上手くかわすやつだからさ。


「これに懲りたら盗み食いはやめるんだね」

「俺は一口で止めたんだよ、変な味がしたからな。でも菊池のアホが――お前は知らないかもしれないが、部活仲間なんだ。そいつがもったいない、ってあらかた平らげて苦しみだしたんだよ。それで俺まで念のために連れてかれる羽目になったんだ。ああちきしょう」


 ヒガシがわしゃわしゃと髪をかきむしる。

 その姿を見て、あたしはにんまりとほくそ笑んだ。


「ふふん。あんたもこれで学校に行きづらくなったでしょ。あたしの苦労が少しは解ったかしら?」 


 するとヒガシがムッとした顔つきになった。眉を軽く寄せて口を開く。


「俺のことはどうだっていいんだよ。それよりそっちはどうなんだ」

「へ?」

「あいつのことだよ。西園寺」

「あ、うん。そのことなんだけどね」


 軽く頬をかきながらあたしは続けた。


「まだバレてない。でも、さ。いろいろ考えたんだけど、やっぱり……このまま騙し続けるのもなんだか悪い気がしてきたんだよね。そろそろ覚悟を決めたほうがいいかなって」


 西園寺の顔が浮かぶ。あいつは今頃素振りの練習でもしてる頃だろうか。


「やめとけ。みんないい顔しないぞ」

「え、なんで」

「お前らがどうなるか賭けてるんだよ。ちなみに俺も参加している」

「マジかよ!」


 なんということだ。

 あたしと西園寺のやり取りをやたら生温かく見守ってくれていると思ってたら、こんな裏事情があったとは……みんなしてヒドいぞ! いつの間にそんなことしてたんだ。

 ひとりで憤然としてると、ヒガシが神妙な面持ちでつぶやいた。


「それにバレたら最後、おそらくものすごい粘着されるぞ」

「キレられるのは覚悟してるよ」

「だけならいいけどな」

「やっぱり殴ってこられるかな?」

「覚えてないのかよ。あいつが転校してきた当初の頃を」

「へ?」


 はて。なにかあったかな?

 あいつが引っ越してきたせいで、秘密基地を壊されてやたら毛嫌いしてたことは覚えてるんだけど――そう、やたら嫌ってて――


 あともう少しで何かを思い出せそうだと思った時である。下のほうでチャイムが鳴り響いてせっかくの記憶の糸が途切れてしまった。あーあ。

 こんな時に誰だよ、とイラついたが留守を預かっていることを思い出した。


「あたし見てくる」


 たんなる勧誘だったらどうしてくれよう、と思いながら扉を開けるとそこには一人の女の子が立っていた。

 ツインテールが印象的な、全体的に小作りで愛らしい顔立ちの少女の名前は――


「大田さん!?」


 昨日の調理実習時の、奥野さんとの会話を思い出す。男子からモテモテと評判の美少女が、何でここに!?

 しかし驚いたのは、相手も同様らしかった。


「え……鈴木さん!? どうして貴女が……」


 こんな場所から出てくるの!?  と、うろんな眼がそう物語っていた。

 あたしは慌てて説明する。


「ああ。橋本ちゃんに頼まれてプリント届けに来たついでに、おばさんからちょっとヒガシを看といてって頼まれてね」


 大田さんは納得したようだった。


「そうなの……私もお邪魔してもいいかしら」

「えっ」

「東君が心配で、部活休んで来ちゃったの。ひと目だけでいいから顔を見ていきたいの」


 大きな瞳を震わせてその表情は必死だ。あれ……もしかして……この子……


「ヒガシのことが好きなん?」

「ひっ、声が大きい」


 太田さんが怒った。美少女は怒り顔でも絵になる。

 そっか。ふーんそっか。やるなぁあいつも。

 どうぞどうぞと奥へ促そうとしてハタッと身体が止まる。

 あの汚部屋をこの美少女が見たらどう思うんだろう。百年の恋も冷めたりして――

 あたしがどうしたものかと逡巡していると、太田さんは何か勘違いしてしまったらしい。

 般若の顔つきになって、


「そう、入れたくないのね……。西園寺君という人がありながら東君にまでコナかけようって魂胆でしょ。最低だわ!」


 と、捨てゼリフを吐いたあとに乙女ダッシュで走り去ってしまった。あーあ。


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