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お見舞い品はプリント(金欠)

 脱力毒物事件が終わりを迎えた。

 ことの顛末を聞いて、朝のシリアスな場面は一体なんだったのだろうかと頭を抱えたが、濡れ衣を着せられかけた西園寺よりかはなんぼかマシだろう。なんにせよ、無事に疑いが晴れてよかった。

 西園寺はなんかね、ほっとけないところがあるんだよね。パワーアップして帰ってきたとはいえ騙されやすい一面は健在で、つい世話を焼きたくなってしまう。

 この感情が池谷が言ってたように、過去の後ろめたさから逃れようとしているだけなのかは自分でも判別つかないけれど、でも。

 入部届けを書いてる姿を見ると、酷く胸が痛むのだった――




 一件落着したその日の帰り際。

 部活に旅立つ西園寺を見送って廊下に出たところで、担任の橋本ちゃんに呼び止められた。

 あたしはてっきりテストの点が悪かったことを怒られるのかと背中を丸めて身構えたのだが、どうも違うようだった。


「鈴木さんのお宅って、東君の家に近かったわよね」

「はぁ。まぁそうですけど」

「悪いんだけどプリント持って行ってあげてくれる? はいこれ」


 そう言って橋本ちゃんはホームルームや授業で配られたプリントの束を差し出してきた。

 あたしはヒガシの容態が気になっていたので、快諾してそれを受け取る。自業自得とはいえ、苦しんでないといいけどなぁ。


「そういえば、ヒガシっていつ退院するんですか?」

「え? 朝のホームルームで説明したとおり、東君は風邪で自宅養生中よぉ」

「え? だって昨日変な物を食べて病院に運ばれたって……」

「ああ、そうねぇ。そこで風邪のウイルスを拾ってきちゃったみたいなの」

「あの、それってフェイクじゃなかったんですか? 生徒が騒ぎたてないように表向きの」

 

 すると橋本ちゃんはそこで始めて合点したようで苦笑しながら、

「東君は本当に風邪よ~。もうひとりの子は実際に大事をとって入院したみたいだけど」と言った。


 な、なんだってえーっっ!?


「あ、あの、一部で相当悪い状態とか、色々とウワサが流れてたんですけど……」

「まぁ。ウワサって怖いわね」

 

 橋本ちゃんが顔に手をあてながらこともなげに感想をのべた。

 あたしはそこで完全に脱力した。

 なんだ……たいしたことなかったのか……ハハッ。それはよかった。……なーんてそれで済むと思うなよっ!

 ヒガシめぇー! 今日一日の取り越し苦労をどうあがなってもらおうかっ。


「あのバカに文句言ってやる。心配かけやがって」

「あはは。病人なのはたしかだからお手柔らかに頼むわね。ところで鈴木さん」


 橋本ちゃんは一旦そこで区切ると、にわかに真顔になって、「お化粧や着飾るのもほどほどにね」と注意してきた。

 うっ。

 あたしはうつむいて返事をする。


「……ハイ」


 なるべく善処します。できたらだけど。



◆ ◆ ◆



 それから夕陽を背にてくてく歩いてヒガシの家にたどり着いた。

 ヒガシの家は昔ながらの一軒家で、表では酒屋さんを営んでいる。ちなみにパパは某大学でスポーツ科学部の教授をしてるらしいが、実際に会ったことはない。

 チャイムを鳴らすと、家の中から大人の女性が出てきた。

 茶色い髪を後ろ1つでしばってて、化粧っけはないけど目鼻立ちがくっきりとしており、ハツラツとした健康美人だ。これがヒガシのママ。

 

「あら、何かしら?」

「えっと、ヒガシ――知樹くんにプリントを届けに来たんです。今日、学校休んじゃったから」


 カバンの中からプリントの束を取り出して、ヒガシのママに手渡す。

 受け取ったプリントをざっと確認しながらヒガシのママがお礼をのべてきた。


「どうもありがとう。わざわざ悪いわね」

「いいえ。それで知樹くんの調子はどうなんですか?」

「ええ。病院で点滴を打ってもらってきて今はずいぶんと楽になったみたい。まだ少し熱があるけど、もう大丈夫じゃないかしら」

「本当ですか。よかった。……あの、少し会ってもいいですか?」

「え……どうしよう」


 ヒガシのママの目線がさまよう。あたしは続けた。


「知樹くんの部屋の惨状は知ってます。昔入れてもらったことあるから。あの、覚えてないかもしれないけれど、あたしは静です。ほら、冷蔵庫バンバン開けて出入り禁止をくらった」

「え? ……ああ! あのクソガ…お嬢さんが、貴女なの!?」


 ヒガシのママは心底おどろいたようで、あたしをまじまじと見てきた。

 変装を解いてないので、今のあたしは髪が長く女の子らしい格好のままだ。

 ヒガシのママは感慨深げにつぶやいた。


「あらやだ見違えちゃったわ。あの男の子みたいな女の子が、こんなにも可愛らしくなっちゃって。ふーん……いいわ、ちょうど出かけようとしてたところだったの。買い物してる間、あの子の様子を見といてくれないかしら? ――必要なら冷蔵庫を開けてもいいから」


 でも、必要最低限でね、とヒガシのママはクギをさして出かけて行った。

 許可を得たので、あたしは意気揚々と階段をかけ上がってヒガシの部屋に向かう。

 ドアをノックをして返事を確認する前に、「隣の晩ごはんでーす!」と声を張り上げながら突撃した。

 それでてっきり焦りだすかと思いきや、ヒガシは平然とした顔。


「来たか」

「あれ、あんまりおどろかないね」

「下のほうからお前の声が聞こえたからな。もしかしたら上がってくるんじゃないかと予想はしてた。うちの母は出かけたのか?」

「うん。買い物に行ってくるって」


 そう言って部屋の中を見回すと、懐かしい6畳に渡る腐海がそこにあった。記憶の中よりも汚染度が更にパワーアップしているような気がする。

 ベッドの上で寝ていたヒガシが上半身を起こして無茶なことを言う。


「そうか。まあ好きなところに座ってくれ」


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