これがあたしの全財産
「今日に限って鍵をかけていきやがった」
「昨日の今日だからじゃないですかね〜。騒ぎが起こったばかりだし」
「なに悠長に話してんのよ。閉じ込められたのよ!?」
どこか逼迫感が足りないバスケ部ふたりの悠長な会話に、あたしはいきりたった。
だってこんな人影のない場所で閉じ込められたら、長時間監禁コース決定じゃん。
そんなの耐えられないぃぃ、と慌てて煩雑とした室内を見まわして、いっそう絶望的な気分に陥ることになる。
だ……だめだわ、他に出入りできるところなんて、窓ぐらいしかないし。
……あ。
そうだ窓があった! よっしゃこれで勝つる!
急いで窓辺に駆け寄って窓枠に片足をかけたところで、あたしの目的をめざとく察知したらしい西園寺がタックルをかましてきた。
ガッチリ羽交い締めにされてあたしは身動きがとれなくなる。
こやつ……できるな!
「鈴木さんそれはダメだ! それだけはダメだ!」
「だいじょうぶ。イケる。たぶん」
「無理だって! ここは2階なんだよ!?」
「いいの私は飛ぶ! 放してえええぇ」
ふたりでジタバタやってると、「なにじゃれあって遊んでるんだ」と土方から呆れられた。
冷たい視線を浴びて、あたしは口を尖らせる。
むううう。西園寺のせいで叱られちゃったじゃん。あんたに阻まれなければ、この勇姿を披露することができたのに!
「じゃあどうするのよ。西園寺君がなんとかしてよねっ」
「わかったなんとかする」
「えっ」
憎まれ口をたたいただけなのに、真面目にうなずかれてあっけにとられていると、西園寺は素早く行動を起こした。
扉の前に立ち、「ヘアピン貸してもらってもいい?」と尋ねてきたので、あたしが差し出すと、それを使ってものの2分で施錠を解いてしまったのである。プロの仕業かよ!
「すごーい。なんでこんなことが出来るの!?」
「昔、閉じ込められたことがあるから」
「…………」
あたしは聞かなかったことにした。やぶ蛇はつつかないに限る。
しかしまあ、なんだ。扉が開いたのを確認したら、ドッと疲れが押し寄せてきた。
壁掛け時計に目をやると、もう休憩時間も残り少ないことに気づく。
そろそろ予鈴が鳴る頃だ。いい加減、教室に戻らないと次の授業に支障がでる。
これといった手がかりは見つからなかったけど、しゃーない。
「一旦お開きにしようよ」と口に出してみたら、みなも同じことを考えていたらしく、すぐさま提案は受け入れられた。
ぞろぞろとかび臭い室内から脱出をはかる。
「ああ疲れたー」
あたしが頭の後ろで両腕を組みながらぼやくと、背後に続く土方がどこか腑に落ちない様子で、「そういえば肝心なことを忘れているような気がする」首をかしげた。
なんだよ、まだ何かあるのかよ。
「忘れ物ですか? 忘れ物なら早くとってきたほうがいい――」
言い返しかけたあたしは、途中で固まった。
準備室を出て少し離れた場所に、ひとりの男子生徒がぼうっと突っ立ってこちらの様子を窺っていたのである。大兵肥満のどっしりした男子生徒は、あたしたちを見るなりぎょっとしたような表情でたじろぎ――慌てて逃げ出していった。
あ、あやしいってレベルじゃないぞ! 犯人はヤス……じゃなくてヤツなんじゃなかろうか!?
「追いかけましょうか?」
「いや、追いかけて捕まえたところで問い詰める時間が残ってない」
「でも……」
「それに何て言うんだ? 証拠もないぞ」
土方は、土方なりに先ほどの先走りを省みているようだった。また強引な手段に出るのはためらわれるのであろう。
たしかにそうだ、と頷いてあたしは追跡するのを断念する。
――仕方がない。この手だけは使いたくなかったけれど……
「では、犯人に訴えかけましょう。誰か書くものを持ってますか?」
あたしが言うと、西園寺が制服のポケットから生徒手帳に挟んであったボールペンを取り出した。お礼を述べてそれを受け取る。
次に、胸元のポケットに畳んで仕舞い込んであった紙を取りだして広げた。これは今朝返ってきたばかりの、出来立てホヤホヤの答案用紙である。
それの裏側を使ってサラサラと走り書きをした。
『 180円あげるので自首してください。 byバスケ部 』
よしできた、と顔を上げると、紙を覗きこみながら呆れた顔をしているみんなが見えた。
え、なんなのその表情……。
土方がひどく嫌そうな顔をしながらあたしに言う。
「こんなので出てくるバカがいるのかよ」
「バカにしないでよ! お金は大事なんだからッ!」
月末なのできっと心に響くはず、と力説していそいそと冷蔵庫の前に貼り付けに戻った。
よし、これでいい。あたしは満足げにうなずく。
そうして今度こそ本当に準備室を後にしたのである――
――結論から言わせてもらえば、あたしの書き置きの訴えは功を奏した。なんでも、裏側の点数を見て勇気づけられたらしい。
犯人は、吹奏楽部に所属している2年の男子生徒であった。
謝罪に現れた彼は語る。
「あんなに酷い点を晒す人もいるんだから、僕も覚悟を決めようと思ったんです」、と。
……そっちかよ!




