求ム真犯人
何故かあたしが責め立てられてヒジョーに理不尽だったんだけど、あれから教室内の空気は明らかに変わった。
鈴木さんがそこまで言うのなら信じてみようかな、たしかに西園寺君が犯人だって決めつけるのは安直すぎるよね、って、そんなかんじ。結果的にはこれでよかった……のか?
そして、西園寺をいぶかってた連中も、ひとまず考えを改めてみるようだった。けれども、これでは腹の虫が治まらないみたいで、もう一度他を探してみるそうだ。
すこしバツが悪そうに苦い表情をした土方が述べる。
「反省する機会がないと同じことを繰り返す可能性があるからな。東は探さなくていい、と言っていたけど、悪質だし俺はどうしても捕まえときたいんだよ」
まぁ、たしかに。
先ほどの一件は強引だったが、土方の意見も一理あるかもしれない。
反目しあったけど、よくよく話してみると、そうも悪い人ではないと印象が変わった。
だってあれから西園寺のことをやたら気の毒そうな眼で見てるのだ。胸ぐらつかんだのはやり過ぎたのだと、こっそり反省しているのに違いない。素直になればいいのにね。
そんなツンデレバスケ部は、次の休み時間に、少人数で発端となった理科準備室の冷蔵庫を今一度検証してみるとのことだった。
それを聞いたあたしは、少し考えてからお供してみたいと申し出てみた。
近年すっかり日陰の生物と化したこのあたしが、厄介ごとにみずから首を突っ込んでいくなんて自分でも信じられないんだけども、今後の展開と結末を、この眼で見届けたいと思ったのだ。
すると西園寺までが口を挟んできた。
「鈴木さんが行くなら僕も行くよ」
「えっ、いいよ。だってさっき乱暴されて落ち込んでたばかりじゃない」
「それは……いや、いいや。とにかく僕も行くから」
「そこまで言うのなら……。けど、私だって毎回西園寺君を庇ってあげることなんて出来ないよ。次からは自分で対処してね?」
念を押すと、西園寺は微妙な顔をしとった。さらにそのやりとりを見ていた土方までもが。
◆ ◆ ◆
理科準備室は、新校舎の2階の突き当たりにある。
新校舎というのは、基本的に特別教室が集まってる。家庭科室とか音楽室とか、そういうやつ。
だから、人の出入りはそんなに多くない。今日も長い廊下はガランとしていて、あたしたちが行動を起こして理科準備室に着くまでの間、誰ともすれ違うことはなかった。
あたしと西園寺、そして土方と池谷の4人でカビくさい理科準備室内に入ると、まず人体模型がコンニチワしててあたしを怯えさせる。ごちゃごちゃとした雑多な空間であるのに、そいつの存在感は際立っていてハンパなかった。
やべぇ。こいつはやっべぇ。
あたしがキョドっていると、西園寺がすかさず声をかけてきた。
「鈴木さんも、やっぱりこういった模型は苦手なんだ?」
「というかね、人形自体がダメなのよっ!」
前にさー、雛人形の首をすっぽぬいて遊んでいたら、急に高熱がでて3日3晩人形が襲いかかってくる悪夢にうなされた過去があるんだよねー。
おまけにそれが祖母の代から受け継いだけっこうな代物だったもんで、こっぴどく叱られて以来、人形系はどうにも苦手なのだ。ぬいぐるみなら平気なんだけどね。
「いやだあいつ、ガン飛ばしてきてる……」
あたしが人体模型に向かってキレかけてると、西園寺がすこし笑う。
むぅ。なんだその微笑は。なんだか弱みを握られてしまったような気分。
あたしはこれ以上人体模型を意識しないようにと、違う話題を振ることにした。
この際だから、ヒガシと一緒に倒れたという男の子のことでも訊ねてみようと思い、バスケ部ふたりに視線を向ける。
「そういえば、菊池君ってどんな人なんですか? 私、知らない」
「菊池か。一言で言うなら、底抜けに明るくて能天気なやつだな」
「菊池と東は仲がいいんだよ。よく2人で組んで練習してるんだ」
ふーん。とりたてて問題がある人物でもなさそうだ。
じゃあ本当になんでふたりして一服盛られたのかわからんな。
ほかに何か手がかりはないかと室内を物色していると、例の冷蔵庫が視界にはいってきた。
あたしは立ち止まってまじまじと眺める。
「それにしても、こんな所に冷蔵庫があったとは」
完全に盲点であった。
室内の片隅にひっそりと放置されていたワンボックスの小型冷蔵庫は、その役目を終え現役を退いているはずが、こっそりと生徒に使われていたのである。埃をかぶったこれを使っていたやつは、目聡いにもほどがある。
半ば独白のつもりだったが、池谷が耳を傾けていたらしく、あたしのそばに寄ってきた。
「オレたちも昨日ふたりから聞いて知ったばかりなんだよ。こんな場所、普段は誰も近づかないからね」
「いいなぁ。夏場とか私も利用しようかな」
ここで土方が年上らしく、真面目な口調であたしをたしなめる。
「やめとけやめとけ。また変なモン盛られるぞ」
「でも未開封の物なら……そういえばどういった状態で洗剤を入れられたんですか? ポカリがどうのこうのっては聞いていたけど」
「ああ。皿に移して凍らせた飲料水を、ふたりで分け合って食べたんだとさ」
「ふーん。部活やってるとそういうの欲しくなりますよね――って、えっ?」
うなずきながら何気なく冷蔵庫のドアを開けてみると、そこには――
「……菊池君って、今日学校に来てますか?」
「……欠席のはずだ」
じゃあなんで!? なんであるんだっ!?
フリーザー部分に入れられた皿を見て、あたしは頭をひねった。
「昨日の残りなのかな」
「いや、朝一番で確認した時はこんな物は入ってなかったはずだ。それにまだ完全に凍りきってない」
――その時であった。
あさっての方向を見ながらブラブラと時間を潰していた西園寺が、廊下から響く足音に気づいたようで、あたしたちに向かって、「誰か来たみたいだよ」と告げてきた。
ええっ、どうしよう!?
あたしたちは一斉に顔を見合わせる。
「誰でしょうね。もしかして現場に戻ってきた犯人だったりして」
「とりあえず隠れて様子を伺ってみるか」
「それなら早くしないと! でもどこにっ!?」
4人も隠れれる場所なんてねーよ。
あたしが逡巡してると、ヤローどもはさっさと室内の電気を消してロッカーやらカーテンやらテーブルの下の良い位置を陣取って、身を潜めてしまった。
ちょっとおおお、ここはレディーファーストじゃないのっ!?
猛烈に抗議したいところだったが、次第に足音が間近に迫ってきたので、あたしは慌てて――人体模型の隣に立った。
だってもう隠れれる場所が残ってねーんだもん。
不気味なお隣さんに心の中でお邪魔します、と挨拶してから、踊り狂う心臓をなだめるために自己暗示をかける。
あたしも模型、あたしも模型――よし、もう動かないとこう。
そこでガチャッと扉が開いた。
現れたのは――残念ながら犯人などではなく、理科の先生だった。
定年を間近に控えており白髪の目立つ理科の先生は、背中を丸めてあたしの前を素通りしていく。そして手馴れた様子で戸棚の中からいくつかの資料を取り出すと、再びあたしの前を素通りして、外へ出ていった。
えっと……。
視力が落ちているのかボケてきているのか、目の前にいるあたしに全く気づいてないご様子であった。リアクションにめっちゃ困ったが、ここは出ていくべきだったのだろうか?
足音が完全に遠ざかって、身を潜めていた3人がそろそろと姿を現した。
「行ったか」
「行ったね」
「理科の先生だったね。どうしたらいいのかわかんなくて見送っちゃった」
「それでいいよ。見つかったらこんな場所で何してるんだ、って怒られそうだし。……あああああっ!」
池谷が突然奇声をあげて戸口にかけ寄る。
そしてドアノブをガチャガチャと回した後に、情けない顔をしながらこちらを振り返った。
「鍵、かけられた……」




