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今日も波乱だよ

 翌朝。

 寒さに辟易しつついつもの時間に学校へ到着すると、教室の中は普段とすこし雰囲気が違っていた。

 あれ。なんだろう、なんか……みんなの表情がかたい。

 不思議に思いながら自分の席に座ったところで昨日お世話になった奥野さんが急ぎ足であたしの側までやってきて、神妙な面持ちで話しかけてくる。


「きたきた。東君のこともう聞いた?」

「へ? なにが?」

「昨日ね、鈴木さんが帰った後で事件があったの。東君と、あともう1人、同じバスケ部の菊池君っていう人の飲み物に、洗剤が混ぜられててね。救急車まで出てきてもう大騒ぎ」

「うわっ、なにそれ知らない。それでヒガシはどうなったの!?」

「入院しちゃったみたい」

「えええーっっ!?」


 入院って……おいおい。だ、大丈夫なのだろうか!?

 あたしが心配して青くなっていると、奥野さんが「とは言っても命がどうこうっていう話ではないそう」とつけ加えてきて、ひとまずホッと胸を撫でおろす。

 命に別状がないなら、まあなんとかなるだろう。


 でもちょっと待ってくれ。

 司令塔がいなくなってどうやって今日を乗り切ればいいんだよ。今日も思い切りアテにする予定だったのに……。

 チラッと西園寺の席を確認すると、カバンだけ置いてあって姿は見えなかった。

 どうやら教室の外を出歩いているようだ。

 ふと、昨晩の帰り際のやりとりを思い出して心がざわめいたが、頭を振って気持ちを切りかえた。

 そんなことより、今はヒガシの件のほうを気にかけるべきだろう。


 あたしが「誰が何の目的でそんなことをしたの」と問うと、奥野さんはかたい表情を崩さないまま、「それがまだ判明してないのよ。バスケ部の連中が犯人探しするって息巻いてるみたい」と言った。

 どうやら試合が近いのに大事なレギュラーを2人も潰されて、バスケ部の連中は相当おかんむりらしい。そりゃまあキレるよな。


「そっか。でもこれ、たんなるイタズラにしては度が過ぎている気がする……」


 あたしがポツリと感想を漏らすと、奥野さんは頷いた。


「そうなのよね。それでみんな騒いでるの。東君はクラスの中心人物で、あまり恨みを買ったりするような人ではないでしょう?」

「たしかに」


 あいつは世渡りが上手いので先生から信頼されているし、友達も多い。

 人気者ゆえの羨望や嫉妬などもあるかもしれないが、多少の事でここまでのことは、普通しないだろう。

 もっと強い動機がなければ。

 となるとおそらく怨恨がらみの犯行だろうけど、ヒガシとトラブルがあったと人物といえば……


 “西園寺”


 反射的に西園寺の顔が浮かんで横切る。時期的にぴったりだ。だけど、昨日の西園寺の様子を見る限りそれはないとすぐさま思い直した。

 ヒガシもイジメに関わったひとりだが、そのヒガシに対しては清清しいほどのアウトオブ眼中っぷりであった。少しはそっちも恨めよと思った程だ。

 なにより菊池なんてやつは知らないしな。あたしですら面識ないから西園寺は会ったことがないはずだ。

 だから、西園寺は違う。無関係の人間まで巻き込む程落ちぶれてはいないはずだから。

 

 ――けれども、他の奴等はそうは思わなかったのである。



◆ ◆ ◆



 騒ぎは次の休み時間に起きた。

 見慣れない男子生徒数名があたしのクラスにやってきて、ドア越しに顔を覗かせると、「西園寺ってやつはいるか」と呼びかけてきた。

 その立ち姿や剣幕からなんとなく想像がつく。あれはたぶん、バスケ部の連中であろう。1人、同じ小学校だった顔が混じっていることからしても。

 そしてさっきあたしが西園寺を一瞬疑ったように、連中もまたヒガシと西園寺の間には因縁があることに気づいたのだろう。

 はたして世知辛いことにその予感は的中していたのである。


 厳しい口調で名前を呼ばれた西園寺は軽くため息をついて席を立つと、戸口まで歩いていって、呼びつけてきた男子生徒どもと対面した。

 その手にはいままで熱心に読んでいた野球のルールブックがあって、こんな場面でも手放さないところに昨日言ってた野球話の本気度が垣間見れた(ちなみに今朝教室を出払っていたのは、野球部の朝練を見学してたらしい……)

 そして周囲の視線が集うなか、西園寺のほうから口を開いた。


「僕に何の用?」


 西園寺の言葉に、一番ガタイが良いリーダー格の男子生徒が受け応える。


「少し話があるんだ。場所を変えようぜ」

「いいよ、ここで。時間がもったいないし」


 さっさと読書を再開したいみたいでチラチラとルールブックの表紙を眺めている。

 思ったんだけど西園寺ってさ、興味のないことに対してはとことん無関心だよな。

 一点集中型と自称してたけど、まったくもってその通りかもしれない。煩わしがっている態度が明らかで、相手も不機嫌さを増しちゃったよ。もうちょっと上手く立ち回るように求めたい。

 目をすがめたリーダー格の男子生徒が続けて言った。どうでもいいけど背が高くていかめしい顔立ちなのでやたら威圧感がある。


「じゃあここで言うけど後悔してもしらないからな。率直に言って、俺らはお前を疑っている」

「は? 何が?」

「しらじらしいぞ。今のうちに謝れば許してやらないこともない。お前が混ぜたんだろう」

「話がまったく理解できないんだけど」

「だからとぼけるなって。理科準備室の冷凍庫に入っていたポカリに、洗剤を混ぜたのはお前の仕業だろう。それを食ってうちの部員の菊池と東が体調を崩したんだ。どうしてくれる」

「その話なら今朝チラッと耳にしたけど、僕は知らないよ。興味もない」


 うわ。言い切っちゃったよ。せめて心配している素振りでもしてみせようよ。

 案の定バスケ部員たちはヒートアップして、問いただしていたリーダー格の男子生徒が西園寺の胸ぐらを掴んだ。

 一触即発の雰囲気に耐えられず、傍観していたあたしは慌てて割って入ることにした。

 

「ちょっと待って。その人は昨日転校してきたばかりだから違うと思うよ」


 瞬く間に皆の注目が一同に集まるのを素肌で感じる。うへぇ。

 すぐさま後悔したが、出てきてしまったからには腹をくくるしかない。あたしの登場が予想外だったのだろう、ポカンとしている西園寺の腕をひっぱってバスケ部たちから引き離すと、連中は値踏みするような目であたしを見てきた。

 あれ誰、知らない、あれ、誰だろう――という会話が目の前でこそこそと交わされたので、「東君と友達の、鈴木静だよ」と自己申告した。友達というか悪友だけどな。 

 しかも最近はすっかり疎遠という間柄だけど、それは言わないでおく。

 すると西園寺を取り囲んでいた部員のなかで唯一面識のあった男子生徒が、取り繕いもせずに驚いた。


「もしかして、鈴木さん? えええええっ、冗談ぬきであの鈴木さん!?」

「そうだけど」


 やべっ。こいつ昔のあたしを知っているんだよな。

 それ以上何か言ったらコロスからな、と思い切りガンを飛ばすと、相手は黙ってくれた。しかし何故か顔が赤い。ここはふつう、青ざめる場面でなかろうか?

 ま、いいや。

 挙動不審の下っ端はおいといて、あたしはリーダー格の男子生徒へと目を向けた。


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