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昔の血が騒いでしまった

「あの後、警察を呼ばれて保護された上に、病院に連れて行かれて喉の異物をとってもらったよ。大人から呆れられたし最悪だった」

「へ、へぇ、大変だったのネ……」


  すっかり忘れていたガキの頃の悪事を、ぽつぽつと語られるこの居心地の悪さときたら!

 いやもうなんだ。その、正直すまんかった。

 西園寺邸を目の前にして、あとは呪いの人形をゲットして立ち去るだけでミッションクリアだというのに、昔話で足止めされてあたしはたじたじだった。

 ここは空き家だった頃に秘密基地としてお世話になっていた懐かしの場所でもあるんだけど、もうそんな年頃でもないのでべつに未練は残ってないのだ。

 なのでとっとと家路につきたいのだが報酬を……、呪いの人形をゆずってもらうまで耐えるしかない。なにこの耐久レース。


 ――その時であった。


 ふと、どこからか人の気配を感じて睥睨してみると、門の外から顔を覗かせて、チラチラとあたりを見回している男の子がいた。

 やがてその視線はとある一点で止まり、男の子はキッと何かを決意した目つきになった。年のころは小学校ニ年生ぐらいだろうか。

 あたしはピーンときて、西園寺を建物の物陰にぐいぐいと押し込む。

 虚をつかれた西園寺はびっくりしたようで、背中を押されながらも顔だけあたしの方を振り返って訊ねてきた。


「急にどうしたの?」

「しっ、黙って隠れて」


 物陰からじっと観察していると、男の子は案の定、柵をくぐって庭の中に入ってきたのである。しかもひとりではない。先頭に立った男の子が手招きすると後から一匹、二匹……合計三匹のガキどもはビワが実っている木の前に勢ぞろいした。

 自分の直感が正しかったことが証明されてほくそ笑んでいると、西園寺が、「注意しないと」と前に出ていこうとしたので腕をひっぱっておとなしくさせる。


「こういうのはね、しばらく泳がせてから捕まえないとダメなのよ。中途半端に出て行っても、しらばっくれられるだけだからね。まあ見てて」


(さあ動きまわるがよい、小魚ちゃんどもよ――)


 こちらに気づいていない様子の子供たちは、果実をもぎとろうと腕をのばした。

 しかし悲しかな、ビワの木は大きく育っていてちびどもの背丈では果実まで届かない。

 飛んだり跳ねたりそのうち足元にあった小石を投げ出したのでそろそろ頃合いだと思い、西園寺に門前に移動して出口をふさぐように指示をだしてから、あたしは子供たちの前に仁王立ちして姿をみせた。


「ちょっとあなたたち、何してるの。人様の家の敷地に勝手に入ってきちゃダメでしょ!」

「「「ひいっ!」」」


 いきなりのあたしの登場に驚いた子供たちは脱出しようと試みるが、退路が絶たれているのを悟ると観念したようで、すごすごと引き返して「ごめんなさい」と頭を下げてきた。

 しかしあたしはまだ許さない。元悪ガキ代表として、新たなる悪ガキにはきちんとお灸をすえとくのがジャスティスなのである。

 あたしは一方的にまくしたてた。


「謝ったら許されるとでも思ったら大間違いよ! 石まで使って窓ガラスでも割れたりしたらどうするの。親呼ばれて弁償させられるんだからね! それにバレて逃げ出すなんて下の下よ。学校に通報されて自分の首を絞めるだけなんだから! やるならもっと上手くやりなさい!!!」


 ……あれ? 過去の自分を重ねながら説教してたら話が変な方向にズレていってしまうぞ。なんでだ!


「鈴木さん、もういいよ。子供たちも反省しているようだし暗くなる前には帰さないと」


 あたしの剣幕に押され気味(というか引き気味!?)だった西園寺が割ってはいってきた。

 そして膝を曲げて子供に目線をあわせると、頭をなでながら優しく語りかける。


「果実が欲しいのなら言ってくれればあげるよ。ただしもう勝手に敷地に入ったりしたら駄目だよ、それはいけないことだからね。反省したらまた遊びにおいで」


 萎縮していた子供たちの瞳にかがやきが戻った。

 な、なんだよこれ、これじゃあたしが悪者みたいじゃん……。つうか甘すぎだぞ! 

 あたしがとやかく言える立場じゃないけどさ、今後ガキどもが調子にのってつけ上がっても知らないぞー。絶対またやって来るってこれ。

 心の中でぶーたれてると、西園寺があたしのほうに向き直った。


「鈴木さんも僕の代わりに叱ってくれてありがとうね。それと、今日は長々とつき合わせちゃってごめん」

「う、うん。べつにいいよ」


 不満はあったが下手にでられるとこちらとしても強くはでれない。

 まーいいかと思ってると、西園寺が再び口を開いた。


「ちょっと倉庫あさって高枝ばさみを持ってくるよ」

「えっ、もしかしてビワとるの!?」

「子供たちが欲しがっているからね。早いとこ納得して帰ってもらおうかと」


 そこであたしのやる気スイッチが押された。

 うずうずと血が騒ぐこの気持ちはもう止められない。


「じゃあ、じゃあね。私がもいで来てあげようか!?」

「えっ!?」

「こういうの得意なの。任せて!」


 あたしはまず、カバンの中をまさぐって朝使っていたショールを取り出した。

 それでほお被りをしてカツラがヅレないことを確認すると、一目散にビワが実っている木へ目指す。


「とうっ」


 勢い良く大地を蹴り、猿のようにスルスルと木によじ登って果実をもぎ取ると、それを誇らしげにかかげ雄叫びをあげる。


「ビワ獲ったどーーー!! ちびども受け取れいっ」 


 ふふん、あたしって木登りの天才かも。

 いくつか投げ落してから、なるべく離れるように指示をだした。


「今から降りるから、そこどいてどいてっ」

「……ッ! 鈴木さん危ないよ!!」

「大丈夫っ!」


 西園寺がギョッとして止めてきたけど、意に介さない。下は四メートル程の距離があったが、これぐらいならいける。昔もやってたしな!

 あたしは体を捻り転がることによって落下エネルギーを回転エネルギーに変える“五点着地”という着地方法で、くるりと華麗に舞い降りた。

 テクニックを必要とされるけど、この降り方なら十メートルぐらいの高さから飛び降りても平気なのだ。

 フッ、みたかこの勇姿!

 見事に着地が決まって辺りを見渡すと、西園寺も子供たちもボーゼンとした様子で立ち尽くしていた。

 そこでようやく己の大失態に気づいた。

 ……あっ、やべぇ。乙女設定忘れて暴走しちゃったよ……。


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