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ネイビーブルー

作者: 西原あんず



同期からは羨ましいと言われている。例え事実、そう言われるような状況にあるとしても、なかなか有り難みが湧かない。菅原は確かに美人だが。


「遅い」

「…すまん」


俺にとっては間違っても恋愛対象には出来ない奴だ。何せ、中味を嫌と言う程知ってる。別に菅原が俺以外の前で猫を被っている訳じゃない。そして俺が菅原の中味を毛嫌いしてる訳じゃない。ただ曖昧に、けれど確実に思ってしまう訳だ。


「ちょっと、寝坊した」

「だらしないな」


彼女にするなら、こういう戦国武将みたいな存在はイレギュラーじゃないだろうか。あくまで俺の主観的判断だが。


「だらしないって。休日なんだから、仕方ないだろ」

「それより昼にして、さっさと仕事を終わらせてしまおう」


しかし菅原は、女の同期としては非常に話しやすくて、しかも扱いやすい存在だった。話しやすすぎて、俺はむしろ菅原を男として扱っていた。だから羨ましいと言われても、別に何も感慨も起きない。俺の返事を待たずに姿勢良く歩く菅原の後ろ姿を見ながら思う。今日も菅原は上下、隙のないネイビーブルーのパンツスーツで決めている。こっちも同じような格好だけど、お互いに他人行儀なこと甚だしい。そもそも俺達は仕事さえ残ってなかったら、休日になんて集まらない間柄だ。羨ましがられる要素は、どこにもない。


菅原に連れられて入った店は、ラインナップ豊かな喫茶店だった。こんな場所があるなんて知らなかったから、ちょっと驚いた。


「いい店知ってるんだな」

「まぁな」


誉めても眉1つ動かさない。菅原は実に凛々しい。そのうち注文の順番が回ってきて、俺はランチメニューの中から目についた物を注文した。菅原は何にするのかなと会計を済ませながら眺めていたら、意外な光景を目の当たりにした。呆気に取られていると、きつく睨まれた。


「ダイエット中なんだ」

「…ダ」


ダイエットだって?凡そ菅原には無縁な単語に聞こえた。店員が読み上げたケーキの代金に対し、諭吉を堂々と叩きつける男前な奴に、ダイエットなんて単語は不似合いだ。財布につり銭をしまう仕草でさえ、豪快な奴なのに。


「悪いか」


ますますきつく睨まれても、こちらとしては、これくらいしか言い様がない。


「無理するなよ。絶対足りないだろ、ケーキひときれぽっちじゃ」

「足りる!」

「嘘つくな、お前、いつも社食じゃもっとガツガツ食って…」

「いいから、席に行くぞ!」


カウンターで昼飯を受け取って、背中をぐいぐい押されながら席についた。菅原も俺に続いて勇ましく席についた。ダイエットなんてしてるんじゃ、さぞ椅子がきしむだろうと思ったけれど、それほどでもなかった。


「休日なんだから、私だってダイエットくらいする」


いや、日本語おかしいだろお前。どこから突っ込めばいいのか、むしろその話題止めにしないかと思った俺には気付かず、菅原は言い訳がましく続けた。


「平日は食べなきゃ持たん。だが最近、ヤケ食いしすぎた。体重に影響が如実に現れていて、唖然となった」


いや、唖然となってんのは俺だよ。このままでは意図せずセクハラじみたことも言ってしまいそうだ。代わりに、別のことを突っ込んでみた。


「ケーキ、好きなのか」

「あぁ」


これも意外だった。社食じゃ、激辛ラーメンを猛烈な勢いですすっている奴が、まさかの甘党だったなんて誰が思うものか。


「本末転倒じゃないか。ケーキ食べるなら、普通に飯だけ食った方がダイエットになりそうな気がする」

「膨れるのは、別腹だけだから構わない」


薄々思っていたが、菅原は変わり者だ。他の連中は絶対に外見に騙されているに違いない。確かに菅原は外見の良さで全ての主導権を握ってしまえる程の美人だった。黙って微笑みかけられれば、面と向かって文句を言える奴などいないだろう。騙されてしまう気持ちもわからなくはないけれど、俺からしてみたら心をまるごと持っていかれるような要素ではない。到底ない。


「じゃあ、俺、食べるけど」

「どうぞ。私も食べる」


ケーキひときれぽっちの相手と対面して、飯を食うのはいささか気が引けた。とは言え、金を払ったからには完食するけど。ちらっと視線を向けると、またも意外な姿を目にした。


「旨いな」


社食で猛烈な勢いでカツ丼をかっこんでる相手とは思えない程、良く噛んで味わっていた。ちまちました食べ方だった。今日だけは菅原がどこにでもいそうな普通の女に見えて、俺はそれに舌打ちをしたくなった。菅原は俺の同期で、いつも一緒に仕事を組まされてやらされていたから、大抵俺の真横にいた。こうして意図せず、向かい合わせに座る機会でもなければ、気付けなかっただろうなと思う。気付きたかったかと聞かれれば、断固横に首を振らせて頂く。はっきり言ってこれからの仕事に差し支えそうなことは気付きたくなかった。


「どうかしたか?」

「え?」

「さっきから手が止まってる。口に合わなかったのか」

「そんなことはない」


即答したけど、言葉程淡々としていられる訳でもなかった。急に飯をかっこみ出した俺を見て、菅原は笑った。


「変な奴だな」


俺よりずっと変な奴に言われて、内心複雑だった。向かい合わせの位置からは、普段見えない色々な仕草が見えて、困惑せざるを得なかった。つけいる隙がないと思っていたネイビーブルーは、角度を変えれば柔らかく見えるのかもしれない。連中が羨ましいと言った意味が、少しだけわかった気がした。





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