終わり! だと俺は信じる!
で、待ち合わせの展覧会場に向かうと、何故か現場にはヤタがいた。いつもとちょっと違う格好をしている。お、魔術師の盛装だな。こいつはやたらこういった格好が似合う。俺とは大違いだ。
いつもとちょっと違う、困った顔をして笑うヤタ。何か変だな。
キリカはヤタを知っているはずだが、渋い顔をして見ている。俺の親友にガンつけないでください。
「その帯、公爵家のでしょう?」
ヤタが苦笑いを深めた。そーいやこいつの家のこと聞いた事がなかった。そうか、それでやたら身なりが綺麗だったり、高価な図録を持ってたりするわけだ。俺は幾つか謎が解けてすっきりした。
「まあそれはどうでもいいとして、何でここにいんの?」
「いいのか?」
ヤタが驚いていた。俺にとってはどうでもいいことです。
ヤタといて心地よいと思った原因が一つ分かった。こいつ、自分の話をしない代わりに、人の事情にも踏み込んでこなかったんだ。そりゃあ、俺にとってもいい友人になるよ。
「いいよ。それより、明日も学校だろ? 早く済ませて帰りてーよ」
「そうね、料理も途中だし。あ、イスヴァあとでちょっと宿題で聞きたいことあるの。魔法史」
「オッケー」
キリカと俺の会話に、ぽかんとしていたヤタがようやく持ち直したようだ。権力者って苦労が多いんだろう。公爵家は数えるほどしかないし、大体が王家の分家らしいからさ。興味はないけど保身のために色々調べてはいる。
「お前の贋作、本当に杖の行方が分かるのか?」
「親友……お前まで俺を疑うとは思わなかったぜ」
がっくりと膝を付く俺。世間と同じように、床は冷たかった。流石にヤタは慌てたらしい。
「いや、だってさ、お前の作った杖と呼応するならともかく、本物の杖と呼応するとは思えなかったんだ」
そういうことか。……ちょっと気付かれたか? と焦った焦った。想定の範囲内だけれどな。
「大丈夫、式が同じだからさ」
「式って、道具の式を解析するのって、とんでもなく高度な技術だろ? 本当に複写できたのか?」
「イスヴァのオタクッぷりをなめちゃいけないと思うわ。好きなことはとんでもなく極めるもの」
キリカさんのフォローに俺の心はズタズタよ! フォローじゃねえ、これはもはや攻撃だ。
「そうか」
そんな話をしていると、憲兵達がここに来た。ご苦労さんです。
四角い石の台座の上に、透明な魔力結界が掛かったケースある。俺も先日ここで観察した。魔力結界に触りそうになって、何度か学芸員さんに突き刺すような目で見られた。
どうやらここのケースから、厳戒態勢の中、杖は忽然と姿を消したらしい。当時ここにいたのは憲兵隊で、全員の持ち物検査はお互いにしつこく行ったらしい。魔術で持ち去られたのではないか、と魔術検査もしたが見つからないとのこと。簡単に事情を聞き、俺は首を傾げた。杖のあの力があるなら、魔術とかも無理だと思うけど。
「我らは藁にもすがる思いだ。頼む」
俺は藁かよ。
俺は釈然としない思いを抱えながら、ケースから持ってきた剣を取り出した。ケースにはもう一本、俺作の杖がある。これの行方を指されてはたまらないから、念のためにもってきた。
「坊主、わしにが代わりにやろう。おぬしの魔力量では足りぬじゃろう? 杖の波動を覚えているからの」
鑑定士の爺さんが、じっと俺の剣を見ながら言った。ねっとりと見るんじゃねーよ、減る。指紋が付くから触らせないっ。俺の作品は俺の子だ!
「いや、いいです」
俺は断り、剣を掲げた。発動式は分かる。あとは魔力制御。俺はこれが苦手だから万年落ちこぼれなんだ。でも剣がある程度補助するだろう。そうやって俺が作ったから。俺はメガネを外して、胸ポケットにしまう。ヤタが不思議そうに俺を見る。多分、目が悪いと思われていたせいだ。俺は実は目が悪いんじゃない。見えすぎるから、メガネをかけてる。魔力制御も、ちょっとでも見えたほうがやりやすいかと思ったんだ。実際、魔力の渦とかがよく見えるから間違いようがない。どうやらこれはご先祖様の遺伝らしい。
魔術言語を呟いて、発動させる。
剣が震え、双子の片割れを探す。まるで道具に想いがあるように動き出すこの瞬間が俺は好きだ。剣の想いが俺に伝わる。……ん? っかしーな、俺の式に間違いはないはず。
「やはり分からないか」
憲兵がガッカリしている。いや、分かったのは分かったんだが。
「何か、その石の台座から感じるんですが」
またなに言ってんのこいつ、といった顔で俺を見る皆さん。その目線はナイーブな俺の精神を削る。ヤメレ。
「あそこで間違いないのね?」
「ああ。下の方かな」
「失礼するわ」
キリカがひらりとスカートを翻しながら抜刀した。
ちょ、お前! こんなところで抜くなって! キリカはダンスでも踊るように、軽いステップを踏み、キリカはあっさりと石の台座を切り裂いた。
誰もが唖然とする中、ごごん、と石の台座がずれて落ちた。
相変わらずの剣の腕が半端ない。というか、また力を上げたんじゃねーか?
「ちょっと切れ味鈍ったみたい。今度研いでおいてほしいな」
剣のことですね、了解しました。俺作品ながら、石を切れる剣っておかしい気がするんだが。
「お前、キリカさんに逆らえないな……」
ヤタがしみじみ言った。元から逆らえねー。死にます。
石の台座の中を覗くと、杖があった。
俺はそれを手にとってじっくり観察した。おー、ほほう、こうなっているのか。手に取り、重量、質感、いろいろニヤニヤ観察するね。役得! これで更にフェイクを真作に近づけることが出来るな。
杖の特性として幻術効果無効があったから、魔法で隠されてたんじゃねーよなとは思っていたが、こんなところにあったとは。物理的に隠していたらしい。幻影魔法でごまかしても、自動的に消去されるらしい。
「で、これはどなたの作成された台座ですか?」
憲兵の姐さんが凄くいい笑顔で爺さんに聞く。
爺さんは、……ン、何か変だな。
俺は杖を抱えて一歩あとずさった。そういえば、俺が作った杖を取調室で見たとき、変に思ったんだ。
「坊主、それは取り扱いが難しいんじゃ。こちらに渡してくれんか?」
いやな笑いを浮かべる爺さん。
杖を持った俺の目には、爺さんの姿がぶれて見える。
正確には、二つの姿が重なって見えるんだ。
あー、これは見てはいけないものを見てしまったのか。俺は運がない!
俺たちの異様な雰囲気に気付いたのか、キリカが俺の横に立つ。抜刀する気満々だな。味方だと心強い。ヤタも不審そうに爺さんを見る。
「イスヴァが、杖の使い方を間違うとは思えない」
俺のマニアぶりを知っている親友ならではの発言だ。ありがとう親友!
俺は杖を爺さんに突き出しながら、緊張しながら言った。
「で、爺さん。何であんたは幻術の皮を被ってるんだ?」
「何のことじゃ?」
「爺さんも知ってるだろ? 聖賢ラドスギエウの杖は偽りなきものを見せる、って。つまり、幻術を自動的に消去する!」
俺は杖を爺さんに投げた。よほど油断をしたのか、杖が爺さんに当たった。
「ッ!」
爺さんだったそれは、幻術が解け、とんでもない正体をさらす。紫色の肌、とがった犬歯、何よりも背中にあるつるっとした皮膜の羽。魔族の姿だ。闇に魅入られしものが力を求めて魔物の力を奪い、たどりついた姿だそうだ。つまり元人間で、大体が犯罪者。正直グロい。
「お前の贋作とすりかえればいいかと考えていたが」
舌なめずりする。舌が黄色だ! キモイ。
「ハハハハハ! バカめ、これさえ手に入れれば用はない!」
カァッ、と近所のおっさんが痰を切るときのような声を上げて、魔族は口から火を放った。
「げ」
俺は動けなかったが、横にいたヤタがとっさに防壁を張る。さすが優等生! だが熱までは防げず、正直熱い。口から火を吐くって、一体どんな生態してるんだ。吐き方が正直きたねーけど。好奇心がうずいた。
身を翻そうとする魔族に、憲兵たちが襲い掛かる。だが、初動が遅れたせいだろう、押され気味だ。
「キリカ、頼めるか?」
「いいわよ」
こういったとき、意思疎通に手間が掛からないのは本当にいいな!
「おい、魔族!」
俺は左手に杖を掲げながら笑ってやった。
「お前の持ってるのは、俺の作った贋作だよ!」
ばっかでー、と舌を出すと、目を血走らせたヤツが俺の方へ突進してくる。だが、その伸ばされた手が俺に届くことはない。
鋭い刃が魔族の腕を、身体を切り裂いた。キリカだ。剣旋が見えないんですが。更に腕上げてやがる。
「ギャアッ」
ヤツを切り裂いたキリカは、そのまま勢いを殺すことなく回し蹴りを炸裂させる。魔族はそのまま壁まで吹っ飛び、壁に埋まった。おいおい……。その威力に思わず汗が噴きでた。
埋まった魔族の手から、ポロリと杖が落ちる。あ、床に当たった。
まあ、神話時代からある武器なんだから、多少乱暴に扱っても大丈夫だろう。
俺は正直楽観している。武器は丈夫でなければな! 脆い武器は武器と呼ばん!
というわけで、俺が持っているのが俺の作品。
魔族が持ってたあっちが真作。
俺の作品の素晴らしさが役に立ったわけだ。正直、あいつの指紋とかついてほしくない。持たれなくてよかった。
魔族はぴくりともしなかった。死んでは……ないと思う。相変わらずキリカのスカートから伸びた足はほそっこいのに、破壊力が凄すぎる。足元を見ると、視線に気付いたのか、キリカが、
「見んな」
と言った。慌てて視線を逸らす。殺気ダダモレだ。魔族ふっ飛ばしたときより何故殺気が溢れるんだキリカ。
ぽかーんと見守る憲兵たちに、
「じゃ、失礼します」
とさっくりと告げ、固まるヤタをうながして展覧会場をあとにした。
速やかにスマートに退出した俺たち。
あそこにいたら、建物の損害を請求されそうだったからというのもある。俺は色々終わって気が抜けたのもあり、でかい欠伸をした。
「それにしても、ヤタは何であそこに?」
「今更聞くのか」
どうやらヤタの家のものが憲兵隊におり、疑いをかけられていたとのこと。その身元引き受けに行ったらしい。家名もついでに聞いた。次期当主だとさらっと言っていたが、現当主って確か宰相じゃなかったか? まあ、親友は親友だ。それでいい。
「色々大変だな」
俺の感想に、ヤタは苦笑いするだけだった。
「お前の作品、一体なんなんだ? 俺は立場上、真作に触れることが多いが、お前のは再現率が異常だ。それに加えて魔力の付与とかさ。ま、言いたくないならそれでいいが」
流石にヤタは気になっていたようだ。
「まあ、趣味の前にお家芸だろうな。代々、何か作るのがすきなのが多いんだ」
親友にも言えないことはある。俺はこいつの優しさに甘えて言葉を濁した。
俺の趣味は贋作制作。
けれども、俺の本業は、神具製作者だ。
分野はオールマイティ。神剣、神鎧、なんでもござれ。鍛冶屋とはまた別の能力が必要とされる、滅多にいないレア職人でもある。これはもともとの適正がものを言うから仕方がない。
キリカの剣も、俺が作った神具もどき。まだレベルが足りてねーけど。神具の能力までまねたフェイクが作れるのは、本業で作ってるから。ただそれだけの理由なんだけどさ。
本業も修行中だ。まだまだ俺の発想力は甘い! もっとカッとんだものを作りたいものです。で、過去の神具に学ぼうと思ってフェイク作りをはじめたところ、これにハマったわけだ。
もともと俺は魔術師には向いていない。魔力が多過ぎて、魔術師として必要な制御が弱いんだ。制作時に物体に魔力を注ぐのは得意でも、魔法としての発現が苦手過ぎる。それをちょっとでも克服するためと、世間を知るために学校に通うことになった。まあ、他人に物を売って生活するには、適正価格を知っておけ、ということも含んでるらしい。
実際、聖賢ラドスギエウの杖と剣聖アウエステラの剣を作ったのはうちの先祖だが、それも言わなくていいことだ。権力者に知られるほうが面倒が多い。ヤタは友達だが、ヤタの周りのものを俺は信用することは出来ない。
このあたりの秘密主義が、学生社会では浮いた存在になってるんだと思ってる。
決して陰気でオタク気質なせいではない! ここ、重要だからな!
うちの一族は結構職人が多い。そして地味な生活を好む。だからいまいち知名度がない。だが、それがいい。庶民万歳。それが村を起こしたご先祖様の方針だったらしい。
ヤタは追求しなかった。が、このとき俺はミスを犯していた。
ヤタや関係者に口をつぐんでもらうことを、すっかり頭から抜け落としていたのだ。
数日後、ヤタが教室で小声でこんなことを言い出した。
「今度、陛下が頼みたいことがあるそうだ」
ぶ! 俺は飲んでいた水を吹きそうになった。へーかって、まさか。
「断る!」
昔、家の近くで行き倒れに出会った。気のいい兄さんだと思って色々世話していたら、とんでもない人間だったという、しょっぱい思い出がある。行き倒れはみだりに拾うべきではないと肝に銘じたのだが、その相手がヤタが口に出した「陛下」だ。なんで王族が行き倒れてるんだよ。おかしいだろ普通!
こいつは厄介ごとのニオイしかない。俺は全力で逃げる!
「キリカさんはオッケー貰ったんだけど」
ぐは! キリカから攻めたか! 俺のことを知りすぎている。
キリカは義理堅い、つーか、真面目すぎる人間だ。いったん了承した約束は必ず守る。俺を連れてくる約束をしたんだな! お前の血の色は何色か!
「親友だと思っていたのにっ」
女言葉で泣きまねをすると、キモイといわれた。ぐっ。
「この間の顛末、報告が上にあがってさ、それを見た陛下が、どうせこれを作ったのはスルアルメルリアの小僧だろう。連れてこいと」
余計な真似を! 恩を仇で返すことに関しては、あの男の右に出るものはいねえよ!
「まあ、俺も付いていくし」
ヤタの優しさも俺の心を癒さない。家に帰って、趣味に没頭したい……。ご先祖様が何であんな辺鄙なところに村を作ったか分かった。ひきこもりたかったんだな!
こうして俺は色々巻き込まれていくのだけれども、それはまたの話で!
あー……ひきこもりたい。
キリカに殴られないんなら、ひきこもりたい。
終わり?