はじまり!
「ぅっしゃあああああああああ! できたああああああ!」
俺の魂の叫びは、背後から光速で飛んできた鍋のふたによって遮られた!
ゴッ、と鈍い音が響く。俺のHPは大きく削られる。
「痛ェ!」
後ろを振り向けば、笑っているのに怒りの気配がMAXな幼馴染が腕組みをして立っていた。左手にはお玉である。朝食の準備をしてくれていたのだろう。だが、そのこめかみが引きつっている。
「あんた朝からうるさいのよ!」
「暴力反対!」
「黙れオタク」
「グハッ」
この言葉は本当にきついんだからな! イタズラに人を傷つけんじゃねーよ。
俺の心を的確にえぐるこいつは、幼馴染でキリカという。水色の目に茶色の髪をいつもポニーテールにしている、やたら元気のいい女だ。最近とうとう剣士だけじゃなく闘士の認定証までもを取ったらしい。怪力証明書だよアレ。つまり俺はこいつには力では勝てないようです。どうせ非力だと笑えばいい! 俺は知能派で行く!
「それで、朝ごはん食べるの食べないの」
「食べる」
「じゃあ、ちゃんと顔を洗ってきなさいよ」
母親みたいなことを言って、キリカはさっさと台所へ戻った。
俺は机にある、先程完成したばかりの作品を眺める。全くもってすばらしい出来だ。
作業台のろくろを回し、あらゆる角度からチェックをする。輝き、魔力、術の構成の刻み具合。俺の仕事ながら惚れ惚れする。
この深い緑を出すのには苦労した。一度の魔染では染まらなかったからだ。何度も染料を重ね、魔法を重ね、この深みを出した苦労作! 流石に魔石は俺には手に入らなかったが、似たようなガラス石に適当に魔力の構成をつめた。実際の杖が持つ、構成の補助、展開速度の上昇、威力拡大、それと幻覚消去などなど。材料の容量許す限り中身も本物に近づけた。それっぽく見せる技術は俺の得意分野である。染料にもこだわりがあるが、これを話せば一昼夜では終わらない。
これは神話時代に作られたと言う、聖賢ラドスギエウの杖……の、フェイクである。
先日博物館で展示会があったから、ガラス越しで観察しまくり、スケッチしまくり、頭に叩き込んだのだ! やっぱり生は違う。あの輝きは本当に素晴らしいな! それを再現した俺天才。
これは俺の純粋な趣味である。これをキリカはマニアだのオタクと呼ぶ。オタクと呼べばいい! この完成の瞬間のために俺は生きているのだ。
杖を撫でながらにやける俺。とりあえず、変態ではないことを主張する。自分の作品を真っ向から愛しているだけだ! 愛してなにが悪い!
「イスヴァ! 遅刻するよ!」
「ほーい」
おおっと、そんな時間だ。作品を丁寧に緩衝材つきのケースに詰め、荷造りをする。親友に見せてやる約束をしているからだ。俺の才能に慄くがよい!
ニヤニヤ笑いながら、俺はメガネを取り、顔を洗いに行くことにした。
キリカ作の朝食を食べ、二人で出かける。どうせ学校までは同じだ。
魔術都市ジェンマウリョスには学校は一つしかない。舌を噛みそうな名前は、なんでも龍族の言葉らしい。前、龍族の武器のフェイクを作るとき調べたんだ。もうちょっとましな名前にならなかったのか。
キリカとは生まれた時から隣の家だった。学校に通うためにここに来た俺たちは、親の意向で金の削減のために一緒に住んでいる。もともと腐れ縁な兄妹みたいなもんだから、違和感はない。もともと自分より怪力のキリカを、俺がどうこうできるはずがないから、間違いが起こらないという親の俺の非力さへの信頼の賜物である。で、俺は趣味に没頭すると色々面倒になる。食事、洗濯、睡眠もろもろする時間があったら、一個でも作品を作りたいじゃないか! 俺の人生の時間とパッションは限られてるんだ! キリカ曰く「駄目人間の集大成」であるそうだ。少しは自覚しているがな。そしてそのまま俺が生活の面倒を見られている。
たまに宿題を見るぐらいしか俺は恩返しできないがな。ヒモだと親友には言われたが気にしない! 気にしてないったら気にしてない!
「じゃあね」
「おう」
校門前で別れ、それぞれの教室へ向かう。俺は初級魔術師クラスだ。 キリカはエリートの剣士クラスだ。
「よ、あいかわらずぼさぼさだな」
背中をどんと押され、俺はたたらを踏む。
「あぶねえだろ」
「相変わらず非力だよなぁ」
こいつは俺のクラスメイト兼親友のヤタだ。
「イスヴァ、また徹夜しただろ?」
分厚い眼鏡越しでもくまが分かるらしい。
「元々不景気な顔してるんだから、もうちょっと身なりに気を使おうよ。そのうち幽霊と間違われるよ?」
こういうヤタはイケメンである。成績もいいし、女にもかなりもてる。クソ。滅びろ。赤い髪に、緑の目で、戦士コースじゃね? と思うぐらい姿勢にスキがない。何で魔術師なのかといえば、家庭の事情だと濁された。物言いに遠慮がないところがたまに腹が立つ。が、いいやつだ。
対する俺は分厚い黒ぶちメガネにぐしゃぐしゃの癖のある黒髪、変哲もない灰色の目の猫背の男だ。不景気だって言うな! 分かってるから。
見るからに陰気な魔術師の俺は、あまり成績もよくない。まさに見掛けだけ魔術師っぽい。
なんで俺たちが仲がいいかというと、
「アレ、出来たぞ」
「マジで!」
ヤタは興奮して身を乗り出してきた。こいつも、俺と共通の趣味を持っているのだ。つまり、神話時代の武器・防具・道具が大好き。知識量も豊富で、話していても話題が尽きない。趣味仲間との熱いトークは、何物にも変えがたい楽しみである! だが、人が多いところで話すと、こいつに話しかけたがっている女子が「何の話~?」とか入ってくるから正直ウザイ。もう少しこいつも身なりに気をつかわなくなればいいのに。だから、大体帰りに集合してからディープな話をする。
俺の荷物に熱いまなざしを注ぐ親友に、
「あとでのお楽しみだ」
と、にやりと笑うと、あちらもにやりと笑って、
「了解」
と返してくれる。放課後が楽しみだ。
退屈な一日の授業を終えて、俺達は飛び出した。
街の中にいやに憲兵が多いが気にしない。
森林公園の中で、地面に座って俺の作品をだす。
「うおー……!」
ためいきだか感嘆だか分からん声を出しながら、ヤタは俺の作品を捧げ持ち、角度を変えて何度もぐるぐると見回した。
「な? いけてるだろ!」
「完璧じゃんか! すげえ! この染料、うつふし草か? どうやってこんなに色出せるんだ!」
「もっと俺を褒め称えろ!」
「ほめるほめる! すげえ!」
すげえしか言わない親友と二人、興奮しながら杖について小一時間語り合った。染料、式、効果、ここまで語れるのはヤタしかいない。寝不足のハイテンションもあり、俺はかなり注意力が散漫になっていた。さらに俺たちは結構趣味に没頭すると周りが見えない人間だ。
「ねえ君たち」
背後にやたら綺麗な姐さんがいたのに気付かなかった。正直びびった。憲兵の制服を着ている姐さんだが、俺たち、そんなに騒いでないっすよ? 親友と心細く目配せをする。
「ちょっと詰め所まで同行願えるかな?」
いきなりしょっ引かれました。