02*佐賀美家の朝
まだまだ殺風景な部屋。
布団を借りて、部屋のど真ん中に敷いてみる。
…どこか寂しい。
「あーっ、もぉ…寝られんっ!」
微妙だけど、声が響く。
どんだけ広いんだ、この部屋は。
立派なドアを開け、階段を恐る恐る降りて行く。
もう誰も起きていないようだ。
静かすぎて、気持ち悪くなってくる。
――――はぁ、なんてところに拾われたんだろう…
今までの私じゃ、全く考えつかないような生活。
想像以上に、この家はお金持ちみたいだ。
水を飲もうと、台所へ行った。
…広すぎて、よくわからない。
月明かりに照らされた食器棚が、妙に怖い。
コップをとりだして、水を注ぐ。
水が落ちる音までもが、この台所に響き渡る。
ホラー映画にでも出てきそうな、すごいところ。
たとえが悪かっただろうか…
2杯目も飲んで、部屋に戻ろうとした時。
どこからか視線を感じる。
変な想像をしたためか、めちゃくちゃ怖い。
恐る恐る振り返ってみる。
「―――!!」
声にならない叫び。
人がいる!!
「お前、何してんだよ。こんな時間に」
男…というよりも、聞いた事のあるような声。
月明かりに照らされ、ようやく誰かが分かった。
「は、勇人君…?」
「さっさと寝ろよ。明日、学校だろ?」
「は、はい…すみません」
「謝ることないだろ。一応兄弟なんだし」
――――一応…兄弟かぁ…
そう言えば、勇人は女嫌いだ。
きっと話すのが辛いはず。
早く寝よう…そう思い、台所を後にした。
階段を1段ずつ上がっていく。
踏み外さないように、ゆっくりと…
一瞬びっくりした。
隣を、勇人がものすごい勢いで駆け上がっていったのだ。
さすが慣れているものだ…
ようやく部屋の前に着いた私は、またぽつんと敷かれた布団にもぐった。
――――そうか、学校かぁ…
名字は前の名前を名乗らせてもらう。
『佐賀美』なんて名前を使っていたら、バレてしまう。
本当にお金持ちとして有名な家らしい。
それに、名字が同じ人が同じ学年に…
珍しい名字なのに、一緒の人がいたら困るのも当然。
だから、『原瀬』を使わせてもらうのだ。
トントントン…
「…ん?」
『穂乃香ちゃん、もう朝だよーっ』
「あ…さ?」
ぼんやりとする視界。
あたりを見回すと、何にもない。
――――そうか、拾われたんだっけ?
むくっと起き上がって、髪を少しだけ整える。
そう言えば朝ごはん、誰が作るんだ?
階段を下りると、いい匂いがした。
テーブルの上には、おいしそうな料理。
そして、エプロンをつけた真人。
「おはよう」
「お、おはようございます…」
「えっとね…そこの席座っていいからね」
「は、はい」
どうやら、真人が全部作ったらしい。
凄すぎるぞ…尊敬する。
料理が出来ない私にとって、羨ましい限りだ。
「おっ、今日もうまそうだなっ」
乃衣と秀悟が降りてきた。
もう準備が整ってるようだ。
最後に勇人が降りてきた。
まだ寝癖がついていて、完全に起ききっていない様子。
――――て、低血圧…
みんなそろって、やっと「いただきます」と言った。
この光景は、前の原瀬家と同じパターンだ。
違うのは、親がいないだけ。
みんな…そう、兄弟だ。
なんか、変な感じがする。
「お、おいしい…」
「そう?よかったぁ、口に合わなかったらどうしようって思ってたんだ」
めちゃくちゃおいしかった。
レストランに来ました、と言ってもいいような感じ。
とにかく、普通じゃない。
…いい意味で、凄すぎる。
みんなそろって「ごちそうさま」を言う。
これも前と変わらない。
慣れ親しんだ雰囲気…どこか懐かしい気がする。
でも、自分を捨てた親が憎い。
…でも、憎めない。
1人残された日、朝ごはんはちゃんと用意されていた。
そして、家族3人で写った写真が添えられていた。
涙が溢れ出た。
今でも、その感情を覚えている。
「急がないと、遅刻するぞ」
ぶっきらぼうにそう言うと、勇人は自分の部屋へ入っていった。
中学の制服は、クローゼットにかけてあった。
…クローゼット自体、大きすぎてわけわからないのだけど。
あらかじめ用意されてあった鏡の前で、身なりを整える。
ちょっと長い髪は、2つに縛る。
――――よし、別にこれでいっか…
ドアを開いて、階段を下りる。
玄関へ行くと、勇人が待っていた。
「ほら、行くよ」
「は、はい…」
――――こ、怖いんだけど…
勇人に対して、少し恐怖を覚えてしまったらしい。
目つきも鋭くて、怖い…
でも、かなり綺麗な顔立ちをしている。
何と言うか…文句のつけようがないイケメン、とでも言っておこう。
男嫌いなわたしにとっては、ちょっと辛い登校となった。