馬糞くさい芋女にはこれで充分(笑)と渡された聖典がボロボロなんですけど
モンスターがはびこり、それを不思議な力で撃退する世界。
私はそんな世界の、しがない農家の娘として生まれた。
裕福でもなく、けれど特別に貧乏でもない。
着るものは粗末だが、毎日おなかいっぱい食べられる。
両親は優しく、妹や弟たちはかわいい。
地位や名誉はないけれど、私はそんな生活を気に入っていた。
そんな私の穏やかな日々は、ある日突然終わりを告げた。
「おめでとうございます。ジュノ様は国の指定する上級聖女に選ばれました」
私の自宅の戸を叩いたのは、白い法衣に身を包んだ細身の男だった。
農村には不似合いなほどに真っ白な法衣。
張り付けたような、少し不気味な笑顔。
「じょ、上級聖女とは……?」
私は籠いっぱいの芋を抱えながら尋ねる。
「おお、こんな辺境の地では、聖女やアウラルク教について正しく物事が伝わっていないのですね! ああ、神よ。無知な民を見捨てないでください」
男はうっすら失礼なことを言いながら、急に両手を合わせて神に祈り出した。
「いいですか、ジュノ様。あなたはアウラルク教の神に選ばれたのです。モンスターがはびこるこのご時世、人間たちが安全に暮らしていけるのは、神がこの世界を見守り、そして聖女たちが祈りを捧げているからなのです!」
「はあ……」
冒険者たちがせっせとモンスターを狩ってくれてるからじゃないんですか、というツッコミは胸にしまっておく。
だってこの男の人にそんなこと言ったら、なんか厄介なことになりそうだし。
「そういう訳で、あなたは上級聖女に選ばれました。今日からあなたの住まいは王都にある教会です。有無は言わせません。すぐに支度するように」
男はそう言って、私の両親に何かの手紙といくぶんかの金貨が入った袋を渡し、半ば強引に私を連れていった。
両親いわく、手紙には王様のハンコも捺してあったらしく、我々のような庶民が逆らうわけにいかないから大人しく行きなさい、と言われてしまった。
王都までの道中に男から詳しく聞いたところによると、毎年国内の女子がひとり上級聖女に選ばれて、王都の教会へと引っ越すらしい。
そこでは同世代の聖女が何人もいて、皆で共同生活をしながら神に祈りを捧げるのだとか。
神に祈りを捧げることで国全体に結界を張り巡らし、凶悪なモンスターを退けているのだそうだが、その割にはそこらじゅうにモンスターが出没しているような……
なんだかインチキ臭いな、と思いつつ、もう馬車は王都に向かってぐんぐん進んでいる。
辺境の農村には学校もなかったし、同世代の女の子なんてほとんどいなかった。
インチキ臭いとはいえ、同世代の女の子たちと共同生活なんて、ちょっと楽しそうではある。
私はこれからの生活に少し心を躍らせ、馬車から見える景色の中に家や店がどんどん増えていくのを楽しんでいた。
◇
同世代の女子たちとの共同生活なんて、ちょっと楽しそう?
そう思っていた私が、いかに甘かったか。
教会について、真っ白な法衣に着替えるまでは良かった。
問題はその後。
「馬糞くさい芋女に渡す聖典なんて、これで充分ですわ」
そう言って少し年上の聖女から渡されたのは、ものすごくボロボロの書物だった。
「聖女は一人一冊これを使うのです。これは倉庫にあった誰かのおさがりですけど。あなたにはこれで充分でしょう」
「なに、これ」
私が尋ねると、その年上聖女はキッと眉を吊り上げた。
「なんですかこれは、と言いなさい! 全く、田舎者の平民が聖女に選ばれるなんて、由々しき事態ですわ!」
彼女はそう言って、ツヤツヤした髪を手でパサッとなびかせた。
同じ法衣を着ているにも関わらず、肌や髪の様子から自分とは少し立場が違うように見える。
「ジュノ、聖女たちは貴族出身の者が多いのです。また、この教会に出入りするのも、ほとんどが貴族や王族です。だから貴女も言葉遣いには気をつけなさい。平民のような卑しい喋り方は、ここではご法度なのです」
彼女がそう言うと、取り巻きの聖女たちが「そうですわ」と口々に言った。
これ、本で読んだことがある。
意地悪な悪役令嬢とその取り巻きが、主人公やヒロインをいじめるシーンだ!
学校に行ったことのない私にはかなり新鮮で、ちょっと嬉しい光景だった。
「わかりました。ええと、このボロボロの本はなんですか?」
私は手渡されたボロボロの書物を抱えながら尋ねた。
「ボロボロだなんて! 聖典に対して失礼ですわ!」
「聖典なんだ、これ。ああ違った。聖典なんですね、これ」
「聖女はこの聖典を使ってアウラルク教を深く理解し、祝詞を唱え、そして結界を張るのです! 聖なる力を使いこなせたら、恐ろしいモンスターも退けることができるし、人の病気や怪我を癒すこともできるのですよ!」
私はもらった聖典をパラパラとめくる。
字の読み書きは両親から教わっているので、普通の本なら問題なく読めるはずだ。
しかし……
「よ、読めない……」
「教養のない田舎者には難しかったかしら?」
年上の聖女たちは嘲るように言った。
けれど、文字の意味が分からない、という訳じゃない。
聖典そのものに、あまりにも書き込みが多すぎて、元の字がものすごく読みづらいのだ。
おまけに書き込みはいずれも悪筆で、パッと見ただけではすらすらと解読できない。
「他に聖典はないんですか? こんなの汚くて読めませんよ」
「まあ! 新人聖女は平民な上に、なんと厚かましいこと!」
年上聖女たちは「ああ嫌だ」「これだから平民は」と口々に言い、部屋から出て行ってしまった。
……私はこのボロ聖典を使うしかないってことか。
くたびれた表紙を開くと、そこには無数の染みに混じって何かメッセージが記されていた。
「なになに……『もしダメだったら、これを読んだ次の聖女が私を助けに来てほしい』……どういう意味だ」
まあ、これを使えと言われたのなら、使うしかないだろう。
私は薄汚れた上、うっすらかび臭い聖典とともに聖女生活をスタートした。
◇
聖女には上級聖女と下級聖女がいる。
下級聖女は志願者なら誰でもなることができ、主に教会の掃除や雑務を担当する。
衣食住にかかる金は教会が出してくれるので、困窮した家の子や孤児がなることが多い。
それに対して上級聖女は国から選ばれないとなれない。
今は王妃となっている、元大聖女様が神託により選ぶとされている。
ちなみに上級聖女はなぜか性格の悪い女子が多いものの、みな聖魔法と呼ばれる力を使うことができ、教会に訪れる人々の病気の治癒なども担当している。
そして、なんとびっくり、私にも聖魔法が使えるようだ。
今まで、家族で一番芋を上手に育てることができたのも、家族が熱を出しても私が看病すればほんの数時間でよくなっていたのも、全部聖魔法に由来するものだったらしい。
なぁんだ。
魔法が使えるって知っていたら、もっと栽培の難しい作物にもチャレンジしたのに。
そんなある日の昼食時、近くで昼食を取っていた他の聖女に質問してみた。
「あの、あなたは聖魔法で作物を育てたことはありますか?」
「はぁ? 何を言っておりますの?」
実家が子爵家だというその聖女は、嫌そうな顔で言った。
「ここにいる聖女たちは、ほとんどが貴族ですわ。農作業など平民の真似事をする訳がないでしょう?」
「でも、聖魔法を使ったら作物が立派に育つんですよ! やってみたくないですか?」
すると子爵家聖女は害虫を見るような目で私を見た。
「わたくしたちは聖女。治癒室を訪れる方も、ほとんどが貴族。もしくは富裕層の平民です。卑しい平民の真似事などする必要がありません。わたくしたちに必要なのは、品性なのです」
「えっ、上級聖女って国のために働くんですよね? モンスターを退けたりとか。なんで貴族とかお金持ちのためだけに働こうとするんですか?」
私が尋ねると、子爵家聖女はヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめ、どこかに行ってしまった。
答える価値もないと思ったのだろう。
私は国のために、と言われてここに来たはずだ。
けれど、周りの聖女も、教会を利用するのも貴族ばかり。
平民なんて、まるで彼らの眼中にない。
「こんな人たちと一緒に働いて、私の家族や他の国民たちを幸せにすることなんてできるのかな」
なんだか急に虚しくなって、それまで美味しいと思っていた教会の食事が急に味気なく感じてしまった。
◇
転機はあまりにも急に訪れた。
「城にいる王妃様が体調を崩されたらしい。手の空いている聖女は至急登城するように!」
教会のえらい人から言われて、私を含め10人の聖女たちが急遽城へと向かった。
法衣だとフォーマルな場でもどこへでも行けてしまうので、それだけは便利だと思う。
農村にいた頃だったら、万が一登城を命じられたら着ていく服がない。
聖女たちのあこがれの的である王妃こと、かつての大聖女に会えるということで、周りの聖女たちは不謹慎ながら少し浮足立っていた。
「元大聖女様にお会いできるなんて!」
「元大聖女様が王妃さまになられてから、何十年も大聖女は現れていないんでしょう?」
「あのお方に匹敵するほどの聖魔法の使い手なんて、そうそう現れませんことよ!」
聖女たちは年ごろの女子らしく、キャッキャとお喋りに花を咲かせている。
引率の偉い人が「静かになさい」と言ってもおかまいなしだ。
私は学校に行ったことがないけれど、本で読んだ遠足ってやつはこんな感じなのかもしれない。
「たくさん聖典を読んで、お勉強してきた甲斐がありましたわね!」
聖女の一人が声を弾ませた。
……が、あなたたちがいつお勉強していたというの⁉
私はそうツッコミたい気持ちでいっぱいだった。
私以外の聖女たちはいつだってお喋りに夢中で、ロクに聖典を読んでる気配はない。
いつも「聖女を娶りたい上位貴族は多い」だの「あの令息がステキ」だの、そんな話ばかりしている。
一応みんな治癒室で貴族たちの怪我や病気の手当をしているので、王妃様の体調不良でも多少は役に立てるだろうけど、それにしても教会から何人もの聖女を呼ぶほどの体調不良って何だろう。
私たちは詳しいことは何も知らされないまま城に入り、王妃様の寝室へと向かった。
普段立ち入ることのない王族の生活空間が珍しくてキョロキョロしているうちに、王妃様の寝室に着いた。
ベッドの天幕の向こうに、人影が見える。
あれが元大聖女こと、王妃様かぁ。
けれど、体調不良のせいか、神々しさはない。
それどころか、寝室全体の空気が淀んでいるような……?
私達聖女一行は、ベッドの手前でひざまずいた。
「早速治療を」
年かさの侍女がそう言って天幕をすこしずらすと、そこには皮膚全体がどす黒く染まった老女が、うつむいて座っていた。
「ひっ」
聖女のひとりが小さく声を漏らした。
見るからに高級そうな光沢のある寝巻の袖からは、枯れ木のように細く、どす黒い手がのぞいている。
顔を覆う髪はぱさぱさと乾ききっていて、そこから見える顔は眼球が落ち窪んで見える。
すると王妃さまが少し口を動かした。
「……なさい」
私は聞き返す。
「申し訳ございません。聞き取れませんでした。もう一度おっしゃっていただけますか?」
「逃げなさい」
王妃様は、今度はハッキリと言った。
逃げなさい?
……ここから?
王妃様の不可解な言葉に聖女たちが顔を見合わせると同時に、それまで柔らかな陽が差し込んでいた窓ガラスが急にパリンパリンと割れ、外が急に暗くなった。
「きゃああああ!」
聖女たちが悲鳴をあげる。
すると、先ほどまで部屋の隅に控えていた年かさの侍女がどう見ても人外になっていた。
服はそのままだが、首があらぬ方向に向いて、手もだらん、と伸びている。
肌は茶色と緑色のまだら模様になり、目はひどく落ち窪んでいる。
「ひいいい!」
王妃様の寝室から飛び出そうとした聖女の一人が侍女を見て、喉の奥から絞り出すような悲鳴を漏らした。
彼女は震えながら、這うようにして廊下に続く扉に手を伸ばす。
しかし、扉は押そうが引こうが、うんともすんとも言わない。
「開きませんわ……! わたくし達、閉じ込められてしまったのですわ!」
「お、王妃様が体調不良というのは嘘でしたの⁉」
「どうして城にモンスターが⁉」
聖女たちは互いに背中を合わせ、震えながら部屋の様子をうかがう。
王妃様をちらりと見ると、苦痛に満ちた表情で、けれど心底心配しているような表情で聖女たちを見ている。
私は意を決して、王妃様に尋ねた。
「王妃様、これはモンスターの仕業ですか⁉」
王妃様は何も言わない。
言葉を発せられるだけの体力が残っていないのかもしれない。
しかし、彼女はわずかに首を振った……ように見えた。
「モンスターでなければ、高等な呪術でしょうか⁉」
王妃様は小さく頷いた。
呪い? 本当に……?
すると聖女の一人が口を開いた。
「こんな呪いがあるだなんて聞いたことがありませんわ! この部屋にいるのは、きっと人型モンスターですわ! その侍女は人型モンスターが人間に擬態したものに違いありませんわ! 皆さん、聖典をお出しになって!」
全員、服のポケットから聖典を取り出す。
そして、モンスターを撃退するための祝詞を唱える。
こうすればこの部屋全体に結界が張られ、モンスターのような人に危害を加える存在を外に押し出せるはずだ。
聖女たちは声をそろえ、祝詞を唱えた。
しかし、何も起こらないどころか、部屋の空気はますます重くなっていく。
段々と空気すら薄くなっていっているようだ。
明らかに全員が息苦しそうにしている。
「お母さま、たすけて……」
聖女の一人は、そう言ってはらはらと涙を流した。
聖女といえど、みんなまだ20歳にも満たない女子たちだ。
貴族ならまだ半人前といわれる年齢だ。
けれど、農村なら16歳を過ぎれば一人前。
聖女として働いているからには、私達はもう一人前として責務を果たさなくちゃならない。
私はこの状況でも何かできることがないかと思い、ボロボロの聖典を開く。
この聖典を手に入れてから、私は夜な夜なこれの本文を読み込み、汚い字で書き足された文字たちも解読していった。
すると、どうやらこれは昔の聖女が使っていたものだということが分かった。
40年前の日付に、当時の大きな出来事がちらほらと書いてある。
そんな落書に混じって、時折重要なことも書いてあった。
『呪いにはこの祝詞は効かない。呪術に効くのはコッチ』
『最近、王様が変らしい。呪われたらしい?』
『私ならなんとかできると思う』
『もしダメだったら、これを読んだ次の聖女が私を助けに来てほしい』
『呪いは周りの者の姿を変えることもある』
人外になり果てた侍女が発する低い呻き声を聞きながら、私は点と点が繋がるのを感じた。
もしかして、このボロボロ聖典のかつての持主は……目の前にいる王妃様では⁉
私は王妃様に駆け寄ると、聖典に記されていた『呪いにはコレ』と書かれた祝詞を読み上げた。
それはモンスターを撃退したり、結界を張るための祝詞じゃない。
作物の豊穣を願って、農村の祭りなどで使われている祝詞だった。
貴族出身の聖女たちが見向きもしない祝詞だが、今の私達に必要な言葉はこれに違いない。
私は王妃様に寄り添い、ありったけの力を込めながら、超早口で祝詞を唱える。
「ジュノ! 何をしているんですか⁉ 早く聖魔法であの侍女を退けるのです!」
私は他の聖女が話しかけてくるのを無視して、ひたすら王妃様に寄り添う。
すると、祝詞を唱えれば唱えるほど、王妃様のどす黒かった皮膚が健康な人間のものへと変化していくのが分かった。
「ぐっ……」
苦しいのか、王妃様が呻いた。
「王妃様、いえ、大聖女様! 助けに参りました! もう少しの辛抱です!」
私は彼女を励ましながら、ひたすら祝詞を唱える。
王妃様の身体を蝕んでいるのは、おそらく呪いの類だ。
そして、修行の足りない私達ではあの人外となった侍女を退けることはできない。
それが可能なのは、目の前にいる大聖女だけだ。
けれど日々治癒室で人の治療にあたっていた私達なら、大聖女を呪いから解き放ち、復活させることができるかもしれない。
「アンタら、そこでぼさっとしてないで手伝いな! 私が解呪するから、王妃様の体力を回復させるんだよ!」
農村仕込みの強い口調で聖女たちを叱咤すると、彼女らは「まぁ」と眉をひそめた。
「なんてお下品な」
「王族の横でなんという口の利き方を」
しかし、そんなことを言っている場合ではない。
「いいからとっとと聖魔法を王妃様にかけるんだよ‼」
私の剣幕に気圧されたのか、それとも恐ろしい見た目の侍女から距離を取りたかったのか、聖女たちはベッドの周りを囲むようにして王妃様に聖魔法をかけ始めた。
侍女はズル、ズルと体を引きずるようにして、少しずつこちらへ近づいてくる。
侍女の伸ばした腕が聖女の一人に触れようとした、その時。
急にぱあっと強い光が聖女たちの中央から放たれたかと思うと、侍女は部屋の壁までふっとばされ、ずるずると床に沈んだ。
「一体、何が……」
すると、さっきまで瀕死のように見えた王妃様がベッドの上で膝をつき、立ち上がろうとしているのが目に入った。
どす黒かった肌は艶のある人間のものへと変わり、齢60には見えない若々しい女性がそこにはいた。
体全体から神々しさが溢れるその姿は、まさに大聖女の名にふさわしかった。
「あなた達が助けに来てくれるのを信じていましたよ」
大聖女は鷹揚に微笑んだ。
彼女は私の手元を見ると、ニコリとした。
「そのボロの聖典が捨てられていなくてよかったわ! 私、お茶とかいっぱいこぼしちゃったから、結構汚かったでしょう?」
大聖女は茶目っ気たっぷりに言う。
「綺麗なものだけに目を向けていたら、国のことも自分のことも守れないの。私に解呪を施してくれた、農村訛りの聖女さん。あなたもそう思うでしょ?」
◇
見事復活した大聖女様から、後日詳しい話を聞いた。
大聖女が王と結婚した頃、王はひどい呪いを受けていたらしい。
大聖女はその呪いを解呪することができなかったため、一旦自分に移して、自分の体内で呪いを消滅させようと試みたそうだ。
最初はそれで良かったのだが、長い時間経過とともに呪いの残滓は王妃様の身体を蝕んだ。
最終的に動けなくなったところで、若い頃から仕えてくれていた侍女が慌てて教会の聖女を呼んだそうな。
人外みたいな見た目になっていた侍女だが、大聖女の聖なる力により今は回復の途中だという。
「かつて大聖女だった自分の力を過信してしまったわね。聖女っていうのはモンスターを退けたり、結界を張ったりするのが仕事じゃない? 呪いにも対応できない訳じゃないけれど、自分自身の身体に取り込まれたものを祓うのは簡単じゃないわね」
そう言って大聖女はカラカラと笑った。
神々しい雰囲気に反して、すごくさっぱりとした性格のようだ。
農村にもこんなふうに仕事熱心でさっぱりとしたおばちゃんが何人もいて、みんな旦那を尻に敷いている。
きっと王様も尻に敷かれているに違いない。
「王妃様、つかぬことをお聞きしますが、最初に王様に呪いをかけたのは誰だったのでしょうか?」
「それはねぇ……」
大聖女こと王妃様は、先日の私達の登城以降、よく教会に遊びに来てくれるようになった。
治癒室で休憩中におしゃべりに興じていたところ、全身がどす黒く変色した、高貴な服に身を包んだ男が運ばれてきた。
「これって、王妃様が苦しんでた時とそっくり……!」
聖女のひとりがそう言って、ハッと口を覆った。
「聖女たち、よく見なさい。呪い返しをすると、返された方はこうなるの」
大聖女がそう言うと同時に、目の前の苦しむ男に、「おとうさま!」と一人の聖女が駆け寄った。
私の事を馬糞臭いだの芋女だのとチクチクいじめていた年上の聖女だ。
「バルト侯爵ね。ははぁ、これは王弟によくゴマをすっていた男だわ。呪いで現王が死ねば、自分が担ぐ人物が王になれると思って呪いを放ったのかしら」
王妃はまるで他人事のようにバルト侯爵と呼ばれた男を見た。
侯爵の娘は涙目で王妃にすがる。
「お願いです! おとうさまを助けてください!」
「あらぁ、あなたには聖典があるでしょ! 聖典の祝詞をしっかりと唱えれば、解呪できるんじゃないかしら。ジュノみたいにね。ああ、でも日々しっかり修行をしないと、祝詞に聖魔法を込めることは難しいわね。がんばりなさい」
王妃様は侯爵の娘の肩をポンと叩き、治癒室から出て行った。
私は彼女を追いかける。
「私が王と結婚してから、すっかり教会から足が遠のいていたけれど、ここはずいぶん変わってしまったわね」
王妃様は大きなため息をついた。
「綺麗な物ばかりに目を向けて、貴族ばかりを重宝して。誰も聖女の役目について深く考えてない」
「私も、いまの教会は変だと思います。結局結界だって張られてるのかどうか怪しいし、モンスターを撃退してくれてるのは冒険者ですし」
「そうよね。私、聖女たちはもっと社会勉強をすべきだと思う。そして教会を運営している大人たちも、教育が必要だわ」
王妃様はそう言い残すと、ご機嫌な様子で城へと戻って行った。
教会の治癒室が平民に対しても広く開放されたのは、それから数日後のことだった。
逆に、貴族は大けがや重い病気でない限り治癒室を利用できなくなり、重病人で溢れるようになった治癒室での仕事は激務と化した。
他の聖女たちはひたすら文句を言っているが、私は意外にこれが嫌いじゃない。
「聖女様、ありがとね!」
「たすかったよ、お嬢ちゃん!」
「おねえちゃん、ありがと」
平民たちの飾らない言葉で紡がれるお礼の言葉は、どんどん私の心を浄化していくようだった。
そして、何かと理由をつけて治癒室での務めをサボっていた聖女たち何人かは、辺境の地へと飛ばされた。
王妃様いわく、社会勉強というやつらしい。
私の家族が住む農村よりもよっぽど辺鄙なとこらしいが、がんばってほしいなと思う。
そして私はもうすぐ、自分の村に帰れることになった。
正しくは、自分の村にほど近い町に新設される教会の治癒室に勤めることになった。
そこなら農村から毎日通うこともできそうだ。
私は慣れない王都より、少々馬糞臭くたって農村の方がずっといい。
村に帰るまでは、もう少し修行を積んで、自分にできることを増やしておこうと思う。
「おめでとうございます。ジュノ様は国の指定する上級聖女に選ばれました」
と言われた日が、随分昔に感じる。
あの時は何もめでたくないと思ったが、今の教会の在り方なら、聖女になるのも悪くないと思う。
私の手には、今でもあのボロ聖典がある。
次の聖女に渡すまでに、もっと色々書き込んで、次世代の聖女の役に立つようにしたいと思う。
書き込む字は、綺麗にするけどね。
ブクマ、評価頂けると励みになります!




