石と雨、水晶とオパールと
前作を先に読んでからの方が背景や既出情報の詳細がよく分かると思います。
是非そちらも読んでいただけると幸いです。
ちなみに、多分この先(第3弾)も続きます。
テーマは「誤解」
涼しげな秋の夕暮れに陽射しは炎々と西方へ、今日もまた佳き日だ――、まぁ、何もないけども。
何もないということは、「佳き」よりは「良き」になるのだろうか。
日本語とは難しいものである。
1学期の期末テストでは、国語科でそこそこ驚愕の点数を獲った。
誰から見ても悲惨な状況だ。
挽回しなければならない。
でもとりあえず、今日はとても良き日である。俺 - 湿江 流基準で。
あれから、引っ越して行った同い年の親友、玻璃 晶とは、時折連絡を取り合っている。
おかげで、意外と寂しくない。寂しいけれども。多少軽減されている、といったところだろうか。
高校生活の方はというと、まあぼちぼちだ。
友人も数人できたし、クラスにも馴染めてはいる。良い感じだ、知らんけど。
俺は人と関わるのが好きなんだ、とあの日、明確に自覚したので、中学の滑り出しとはうってかわって、自分から会話を持ち出すことに4月は注力した。
その成果である。
見てるか、晶。
そしてざまあみろ、父親。俺がこんな捻くれてたのはお前のせいだぞ。
なんというか、思ったよりも人生が好転していて、我ながらびっくりだ。
実は「泣く」ってべらぼうに良いことなんだろうか。
いいや、きっと、絶対に、そうなんだろう。
スピリチュアル的に。おぉっと。
***
平日、学校終わり。
俺は当たり前に帰宅部なので、暗くなった道を歩くことはなく、こうして夕焼けをバックに悠々と帰ることができる。
大満足の放課後だが、少々退屈なこともそこそこある。
そんなときは、ちょっと遠回りしたり、いつも通らない知らない道を冒険してみたりしながら帰る。
例に洩れず、今日もそんな気分の日だった。
良き日とか言っといてぶっちゃけ退屈だったのだ。
「どこ通ろっかなぁ……。」
あぁ。
あそこ行こう。
かつての、晶の家のあった通りだ。
最近全然通ってなかった。
晶の家はアパートだ。
彼の家は転勤族なので、持ち家はないのだ。
「久しぶりだなぁ。」
別に、考えてみれば最後に来てから半年も経っていないので、変わっちゃいないのだが、どこか変わったとも思えるのは、時間帯があの時よりも遅いからだろうか。
「……。」
なんか、通りに入っていくのは違うなぁ、と思った。
何故だろう。
想い出はあの日のままにしておきたいからだろうか。
今の自分が入ったことで、あの日だけの、良い意味での汚さで均衡を保った美しさを、壊してしまいたくないからだろうか。
「引き返そ。」
そうしよう。来たことこそに意味があった。
記憶を風化させないことが大事だ。石は自然の流れで削れてしまうからな。
そう振り返ろうとしたときだった。
視界の先、その通りの中の、今居るところから少し先の脇道から、高校生ぐらいの男が出て来て、こちらに背を向け、向こうへと歩いて行った。
晶の住んでいたアパートの方である。
「……晶?」
晶だ。
晶が居る。
後ろ姿が完全に晶だ。
え!?
なんで!?
帰って来ているのか!?
いや、ない。ない。嘘だ。
親の仕事の都合での引っ越しなのだから、こんなすぐに帰って来るわけがないし、そもそも、晶は確実に、「もうこの街には帰らない」と明言していた。
おかしい。
晶じゃない。
でも、晶だ。
晶そのものすぎる。
ドッペルゲンガー?
ドッペルゲンガーなのか?
付いて行くか。
よし、後を尾けよう。
どこへ帰るのだろうか。
確かめてやろう。
足音を殺して、でもとても足早に、対象を尾行する。
道端に等間隔に生える街路樹がありがたい。
これはきっとこういう張り込みの刑事のために植樹したのだろう。
晶によく似たその男は、晶の住んでいたアパートの一つ手前の棟の方のアパートの敷地へ入って行った。
だっ、と駆け出し、そのアパートの手前の角から、様子を確認する。
郵便受けを確認する、例の男の姿があった。
彼は、いくつかの配達物を回収して、道路側から3つ目のドアの鍵を開けて、建物内へと消えた。
「嘘だろ嘘だろ……。」
即座に郵便受けへダッシュし、名字を確認する。
『玻璃』とあれば、晶である可能性は大いに上昇する。
名字は…………、
『祐厡』
ゆ、ゆう……はら?
はら、で合っているのか、これは。
まあ、仮で「ゆうはら」と呼ぶことにしよう。
何はともあれ、『玻璃』ではなかった。
つまり、晶が帰ってきたという線はほぼなくなった。
俺の単なる誤解だったのだ。
全く、どれだけ晶が好きなんだ、俺は。
はぁ、帰ろ帰ろ。
この通りに入る気なんて毛頭無かったのに、普通に入って来ちゃったよ、土足で。
あーあ。
「あれ!あなた、もしかして!」
突如、そんな声が背後からした。
なんだ、と思って振り返る。
「アズちゃん!アズちゃんなの!?」
「は?」
知らないおばちゃんが居た。
確実に俺に向かって話しかけている。
そもそも、今俺とあのおばちゃん以外にこの辺りに人は居ない。
「まぁー!!!、あなたったら本当にここまで来たの!?!?、あらやだもぉ〜律儀なんだからぁ!、ウチのも喜ぶわよぉ!!、ほら入んなさい入んなさい!、こぉりゃ買い物中止ですわぁ!!!!」
「え、え、ちょ、ま、ちが、え、え」
ガシッと腕を掴まれて連行される。
すごいマシンガントークだ。
流れ出る砂のように、留める暇もツッコむ暇もない。
為す術なく、引き摺られるがままに、あれよあれよと家に連れて来られてしまった。
しかも、例のゆうはら家である。
おいおい嘘だろ、待ってくれ。
4月こそ頑張ったが、本来俺は人と喋ってこなかったせいでもうコミュ症になってしまったのであって、初対面とかマジで無理なのだ。
そうして、悲しいかな、ある部屋の前に着いてしまい、おばちゃんは閉じたドアに向かってこう言った。
「ちょっとアンター!、アズちゃん来てるわよぉ、なんで気づかないの!!、開けるわよー!!」
「え、いや、誰、待っ、待っ……」
ドアは開かれた。
そして、そこに居たのは、さっき居た晶によく似た男だった。
……めちゃくちゃ睨まれている。
と、思いきや、その痛い視線はすぐに緩んだ。
おばちゃんに部屋の中へ放り出され、ドアを閉められてしまう。
「え、ちょ、あ、あー……。」
仕方ない。
こうなったら弁明だ。
いける、いけるぞ。
ここ数ヶ月で、国語力を削いでまで鍛え直したコミュ力で……、国語力削いじゃったらダメじゃないか?
「あ、え、えと、俺は、そのー、アズちゃん?ではなくて、あのー、たまたま、そう本当にたまたま、そこを通りかかっただけの一般人で、誤解、というか、人違い、というか、なんていうか、その、すぐ帰るんで!、お気になさらずー……、」
「ねぇ。」
「はい!」
な、なんだ……?、文句か……?、穏便な……、穏便な言葉をくれ……!
「君、流くんじゃない?湿江流。違う?」
「え、そ、そうです……けど……、」
えぇ?
なんで俺の名前を知っているんだ、初対面、だよな?
「あ!やっぱりそう?、いやー、本当に居るんだねぇ……。」
「ほ、本当に居るって……。」
一体全体どういうことなんだ。
何が起こっている。
そんな神話みたいに、湿江流は実在したんだぁ、って言われても。
いや、真面目になんで?
「え、あのー、なんで俺の名前を知って……?」
「んん、だって、知ってるも何も――」
「アズちゃーん!!!!!」
「うごふっ」
おばちゃんによってドアが勢いよく開かれ、俺は背中に重傷を負った。
そのまま、されるがままにおばちゃんに再び連行され、ダイニングの椅子に座らされて、甘いジュースと菓子を食べさせられた。
俺はその後、椅子、および横にずっと居るおばちゃんから抜け出すことはできず、沈黙の中でお菓子をムシャムシャ貪っているうちにいつの間にか夜になってしまい、家に帰る羽目になってしまった。
おやつを恵んでもらえたのはラッキーだったが、あの男に俺の名前を知っていた理由を聞きそびれてしまった。
俺は、あのおばちゃんの言う「アズちゃん」ではないので、今後わざわざあそこに訪ねるわけにもいかない。
誤解が深まってしまう。良くない。佳くない。
第一、この先、いつ彼に会えるかも分からないので、もう関わることはないと思って良いだろう。
うーむ、解せない。
不完全燃焼だ。
家に帰ったあと、久々に晶に連絡をしてみる。
「今日、俺の街のお前が住んでいたアパートの通りを見にいったら、お前によく似たやつがいたんだが、何か知らないか」、と。
知っていたらそれはそれで怖いが、結果は未読スルーだった。
一向に既読がつかない。
寂しい。
謎は深まるばかりである。
***
3日後、高校でのこと。
どうやら、少し前に、1学年上の高2に転校生が来たらしい。
珍しい。
転校生なんて実在するんだなぁ、とまたしても神話として昇華してみる。
そんな中、何人かでその転校生を見に行かないか、という話になった。
……気にならなくはないが、とは言え年上の聖域に足を踏み込むのはかなり勇気がいる。
変な目で見られそうで怖い。
そう言ってはみたが、半ば強引に丸め込まれ、昼休みに、2年生の教室へ転校生を偵察しに行くことになってしまった。
動悸と震えが止まらない。
これが恋というやつですか。
昼休み、我らスパイは2年生の教室へ向かう。
俺は先行する奴らを盾にして、後ろからこっそり付いていった。
「あ、おい。あれじゃね?転校生。」
スパイの1人が指さす。
いや、スパイが標的を指さしちゃいかんだろ。
バレる気満々じゃねぇか。
そんなことを脳内で思いながら、友が指さした先に目をやると、
「…………ゆうはら!?!?」
思わず声に出してしまう。
結構大声を出してしまったらしく、かなり視線がこちらに集まっている。
怖い!
やだ怖い!
「え、湿江、あの転校生と知り合いか?」
「あー……、いやまぁ、ちょっと……?」
目を合わせたくない。
そう思いながら、先程友が指さしていた方をもう一度見てみると、もれなく例のゆうはらもこちらをガン見していた。
気まずい。
そして、こちらが彼に目を合わせるやいなや、彼はにやり、とニヒルに微笑んだ。
……怖い!
やだチョー怖い!!
やっぱり人怖い!!!
人嫌い!!!!
周りがまたワイワイガヤガヤ喋りだし、俺以外のスパイが全員本国へと帰還していく頃、俺はまだ2年生のフロアに突っ立っていた。
魂が抜けて力が出ない。
元から名前がもう既に湿っているので顔を替える必要はないが、もうなんかどうにも足が動かない。
足を取り換えたい。
そんなことを白っちゃけた体のまま考えていると、なんとゆうはら様がこちらに向かって歩いてきたではありませんか。
いきなり意識が戻り、逃げの準備を始める。
クラウチングスタートの姿勢をしたところで、首根っこを掴まれた。
おばちゃん――恐らく彼の母に似て、彼も力が強い。
「いやぁ、流くんもこの高校だったんだね。びっくりだなぁ。」
こっちの台詞だよ。
「先輩、高校生だったんですね。しかも1個上。」
「あぁ。最近引っ越してきてね。新居に近かったからこの高校に転入したんだ。……前に会ったときは、僕の母が申し訳なかったね。あの人、話を聞かずにとりあえず行動に移しちゃうところ結構あるからさ。」
「あぁ、いえいえ、そんな……、お菓子まで食べさせられ……食べさせてもらっちゃって。」
「へぇ、珍しいな。……あぁ、でもまぁ、人が人だから、というかね。」
「はぁ?」
「あ、名前言ってなかったね。申し遅れました。祐厡 虹って言います。ゆうはらって書いて、うはらって読むよ。よろしくね。」
オパールのように純白な肌で、どこか名前の通り虹色のオーラを放っている青年はそう言って俺にがっしりした手を差し出した。
おぅ、手……。握手か……。
「あの、はい。よろしくお願いします。湿江流です。」
俺は彼の手を取って、握り返す。
握り返せたか分からないけど、そうしたつもりではある。
「あはは、知ってるよ。流くん。」
はっ、そうだ。
なんで俺の名前を知っているのか聞かないと。
というか、他にも聞きたいことは沢山あるぞ、どれから聞けばいい……。
うーん、そうだ。
晶のことを知っているのかどうかをまず聞こう。
関わりがあるかどうかを探っておきたい。
「あ、あの、先輩」
「コウ先輩でいいよ☆」
「先輩は、」
「コウ先輩で……」
「先輩は、」
「頑なだねぇ、」
「その、知らなかったら知らなかったで全然気にしないんですが……、先輩は、俺と同い年の、玻璃……」
「ごめーん、コウ!ちょっとこれ手伝ってもらっていい?緊急でさ……、」
「あ、マジか。いいよ、ちょっと待ってて。ごめん、流くん。行ってくるわ。また聞くね!」
「ごめんねぇ、後輩くん。」
「あ、はい、すいません……。」
また聞けなかった。
畜生。
何なんだ、誰なんだ、彼は結局。
あれで・うはらって読むのか。
変わった名字だな。
にしても先輩、馴染むの早くないか。
ついこの前だよな、転校してきたの。
「凄いな……。」
そういえば俺、オパール好きなんだよな。
そう呟いて、俺は2年生の教室を後にした。
昼休み終了5分前のことだった。
昼食を食べ損ねた。
最悪だぜ。
***
「は!?!?!?!?」
信じられない。
夢でも見ているのではないだろうか。
「晶が……、帰って来る!?!?!?」
約2ヶ月後、年末のことだった。
あの日送った、既読のつかなかったメッセージを送信取消してからまた連絡は少し途絶えていたが、いきなり晶から「俺年末そっちに帰れることになった!!」という一報が入ったのだ。
え、すごい。
でもなんで急に?
3月の時の「もう戻らない」という口ぶりからして、こちらに親族などの寄す処もなさそうだったし、ウチに泊まるならまだ分からなくもないが、実は俺の母親と玻璃家の親の間には親交がない。
何がどうして帰って来て、どこに泊まっていくつもりでいるのか。
親友に久々に対面できることはこの上なく嬉しく浮かれているのだが、だとしても、浮かぶ俺の脳内には疑問も多く浮かんでいた。
「よぉっ、久しぶりだな。流。」
「晶……。」
あの日別れた通りで待ち合わせて、俺らは再会した。
言いたいことはいくつかあった気がするが、こう実際に会うと忘れてしまう。
何も言えなくなってしまう。
「いやーなんか、ちゃんと面と向かって報告したいこと、いっぱいあったんだけど……流に会ったら忘れちった。」
「……!!、俺も。」
なんだ、同じかよ。
「……そういえば、なんで待ち合わせをこんなとこにしたんだ?もっと、泊まってるとこの近くとか、晶のやりやすいようにしても良かったのに……。」
「お、あー、言ってなかったわ。こっちにできたのよ、知り合い。」
「は?」
「んーまぁ、できたっていうか、元からの知り合いが移動したっていうか。そうだ、紹介してやるよ。びっくりするぞ〜。」
「あぁ……?」
晶が歩き出したので、俺もよく分からないまま付いて行く。
俺よりほんの少し背が低い晶だが、なんだか、立派になったなぁ、としみじみ思う。
親目線だ。
微風が吹き、コチョウランの花芽が揺れ、知らない小鳥が飛んでいく。
道端の街路樹は、その戦ぐ葉に、あの時みたいに南西からの日光をちらちらと反射させていた。
「てか、なんかメッセージ送信取消してあったけど、どうしたんあれ。俺あんときスマホ没収されてたからさ。」
「あぁ、いや、あれはなんでもないんだけど……、」
「ほら、着いた。ここ。」
「え?」
あれ。これ、祐厡アパートじゃないか。
どういうことだ?
「えーと、道路側から左に1、2、3。ここか。」
そう言って晶は祐厡邸のインターホンを鳴らす。
「はーい。」
祐厡母の逞しい声がドア越しに轟く。
ドアは勢いよく開けられた。
玄関なので材質が材質だ、当たると痛いぞこれは。
「あらー、おかえりなさい、晶ちゃん……とアズちゃん!?、なんで?、2人って知り合いだったっけ?」
「え、違うよー叔母さん。コイツは流。俺の親友。」
「え、あ、そうなの?、じゃあ私が前アズちゃんだと思って家あげちゃった子って……。」
「あ、俺です……。」
「え?」
「えぇーーーー!?!?、ごめんなさいねぇ。やっちゃったわ、私ったらもぉ〜恥ずかしいわぁ。どうぞ入って入って。」
「ありがとー……、」「失礼します……、」
「「え、知り合い!?!?」」
「晶、お前、この人たちと知り合いなのか!?」
「いやいやいや、こっちの台詞!、なんで流が叔母さんたちのこと知ってんのさ!?」
「お、晶……と、流くんまで?、どうしたの?」
「コウ兄!」
「あ、先輩……、」
「え、先輩?……まぁ、先輩かぁ。」
「はは、本当に頑なだねぇ。」
***
「晶と、先輩が……従兄弟?」
「そう。従兄弟。」
「俺から見ると、コウ兄は、母の姉の子供?になるのかな。」
「どうりで似てるわけだ……。」
「あ、ずっと聞こうとしてたのって、もしかしてそれだった?」
「まぁ、それもです。そもそも、俺があの時連れ込まれて先輩に会ったのは、先輩が晶にとても似ていて、それで気になって付いてきちゃったせいなんで。」
「えぇ、流、お前俺のこと好きすぎじゃね?」
「黙れ、当たり前だろ。お前、俺のなかでどんだけ比重あると思ってんだ。」
「え、お、おぉ。たまにすごい素直だよな。」
「流くん結構ずっと分かりやすくない?」
「え、マジ?じゃあお前、変わったんだな。」
……そうか。
変わったのか、俺。
周りから見ても、なんか……嬉しいな。
晶に言われると。
「いやぁ。にしても、流くんの話は昔からなんとなく聞いてたからね、この街に居るってこともさ。まさか本当に会えるとは思わなかったけど。しかも、初対面が高校じゃないところでなんてね。」
「あ、だから知ってたんですか。俺の名前。」
「そうだよ〜、よーく話してたよねぇ。流くんって子がどんなことしてくれた〜、こんな面白いこと話してた〜、流くんがー、流くんがー、ってねぇ。」
「ちょ、コウ兄。いつの話だよそれ。」
「…………え〜晶、お前〜〜。」
便乗してイジってみる。
去年の俺にしてみればきっと激レアな行動だ。
「おい、流まで……。」
「ははは、……いいねぇ。」
ふと、先輩が悲しそうな、後ろめたそうな顔をしたことに気づいた。
「……先輩、何かあったんですか?」
先輩は、とても驚いたように、不意を突かれたように、その鶏卵のように白い両目を見開いた。
「え、あ、いやぁ……。まあ、ちょっとね。」
聞くと、どうやら先輩にも、俺でいう晶のような間柄の親友が居たらしい。
「アズマっていうんだけど。本当に、家族ぐるみで、ずーっと一緒に居るようなやつだったんだ。」
「そういえばコウ兄もよく話してたよな。」
「あぁ、じゃあ先輩のお母さんが言ってたアズちゃんっていうのは、」
「そう、そいつ。見た目も流くんそっくりだからさ、まあ間違えるのも無理ないよ。」
ということは、現実的に考えると、先輩が引っ越してきたのはここからそう遠くないところ、そのアズマって人が1人で訪ねて来れるくらいの場所なんだろう。
「そういえば先輩ってどこから引っ越して来たんですか?」
「北海道。」
「え?」
「北海道。」
「遠っ。」
「俺と交換留学したみたいな雰囲気だよな。」
「ほんとにね。僕もびっくりしたよ。晶がこっちに引っ越して来るっていうから、ウチに合流するのかと思ったら、僕の父親も転勤だってさ。しかもこの辺りに。」
「先輩も転勤族なんです?」
「ああ。そこそこね。晶の父親ほどじゃないよ。」
「……なら、そのアズマって人と俺を間違えるのは、結構無理があるのでは?だって、距離が距離ですし。」
「んー、実はね、約束してたんだ。あいつ曰く『俺がもし今後引っ越してしまったら、自分は必ず、すぐにその後を追って訪ねに行く』ってさ。」
無謀だ。
「無謀だな。」
「おい、晶、俺我慢したのに。」
「いいよ、実際無謀だし。でもまぁ、小学校低学年が言い出すことなんて、そんなもんだろう?中学上がってからはそこまでは言わなくなったけど、そんな約束をしてたことは、向こうの親にもウチの両親にも筒抜けでね。僕の母親なんかは結構本気で信じちゃう人だから、そのせいで、アズマに似てる君がいきなり現れて、確認する間も無く、ここに連れて来ちゃったんだと思うよ。」
「なるほど。じゃあ、いずれ訪ねて来るかもですね。楽しみですね……、」
「いいや、無理。絶っっっっっ対に来てほしくない。顔も見たくない。あんなやつ……どうでも良い。」
「…………それは、どうして。」
先輩は、深く息を吸って、軽くため息を吐いてから口を開いた。
「……喧嘩したのさ、そいつと。ここに引っ越して来る直前に。酷いやつをね。僕にも非は、今考えるとあったと思う。でもまあ、お互いにお互いに対して、誤解を生んでしまったのさ。自分でも、こんな別れ方、したくなかった。謝ったほうがいいことは、重々承知してる。……でも、嫌だ。会おうと思えば会えるし、謝ろうと思えばいつでも謝れる。けれど、嫌だ。僕が先に謝るのが嫌だ。僕だけがこんな風に、申し訳ない、とかずっと引きずってそうで嫌だ。こんな進まないことばっか考えてる自分が、嫌だ。」
時計の針が進む音だけが、3人の沈黙の部屋に流れる。
「あいつのことだから、もう今となっては何事もなかったみたいにけろっとしてそうで、だから、そうやって、相手はもう気にもしていないのに、僕だけがずーっと色々考えてて、それで、適当に許されるのも、流されるのも、嫌だ。僕ばっかりウジウジして、吹っ切れるにも吹っ切れなくて、新しい友達を作ってもいつでもそいつがチラついて、怒っても泣いてもどうせ全部無駄でなんにも変わんなくて、こっちはこんなに寂しいのに、離れたくなかったのに……!!!、もう、全部、あいつが嫌だ。嫌いだ。」
薄いカーテンが掛かった窓の外は、一面のオレンジ色だった。
今日も良き日である。
なんだろう、なんか、ちょっと前の俺に似ているな。
先輩は、好きなものを頑張って嫌いになろうとしている。
好きなのに、好きでいることは叶わなくて、好きだからこそ今の自分にとって不都合で、そう居続けることは不可能だから。
嫌おうとしている。
好きだった対象を、自分の中で軽蔑すべきものに引き下げようとしているんだ。
「……無駄じゃないです。涙も、悩みも、良い想い出も、悪い想い出も。忘れなかったら、絶対に。例えば、何をやっても変わらないときだって、ずっと同じことを考えちゃうときだって、過ぎてみれば、それが、今の自分のこの部分に繋がってるのかな、って思うことは意外とあります。逆に言えば、そうなってしまうともう変わりません。変えたい、変えなきゃ、と思ったその時点で動かないと、多分もうずっとそのまんまです、きっと。終わり方に後悔があるなら、今のうちに変えるべきです。っていうかそもそも、絶対会いに行くからね、って約束をしてるようなやつ、その人のこと考えないわけなくないですか?、だってそんな別れ方しなくたって、考えますよ?、俺を見てくださいよ。晶にすっごい似てる人がいるってだけで、そこまで付いて行っちゃうような人間ですよ、俺?……だから、大丈夫ですよ。向こうもきっと、謝るタイミングを確かめているんです。まだ、変えられます。」
「……流くん、」
はぁーーーー。
よっしゃぁ、やりきったぞ。
国語力皆無にしては、上手くいったんじゃないか。
俺の場合は、変えようと思って変えたわけじゃなくて、たまたま変えてくれるような出来事があったから、なんとなく変わったわけなんだけど。
だとしてもまあ、それについて考えるか考えないかでも、きっと未来は違うだろうからな。
心変わりした今でも、人嫌いの代償は残っているし、脳内で色々考えすぎるところはそのままだ。
それがもう変わらないところなのだ。
でもやっぱり、それが自分で、それはそれで大事で。好きで。
だからこそ、それを好きであり続けるためには、自分も前を向いて、自分を取り巻く未来を変えていかなければいけない。
後悔があるなら、その後悔が固まる前に消さなければならない。
石のようになってしまう前に。
後悔ごと自分になってしまう前に。
言いたいことは、言った方がいい。
やりたいことは、できる範囲ででも、やった方がいい。
少しの水をやって、枯らさないようにした方がいい。
なんかまとまらないけど、大体そんな感じのことを思うようになった。
にしても、最初先輩に会ったとき、睨まれたのはそういうことだったのか。
そんなに似ていたのなら、よく先輩は俺がアズマってやつとは別人だって分かったな。
やっぱ凄いな……。
「……なあ、流。」
「……どうした、翔?」
「お前、ほんっと変わったな。別人?」
「まあ確かに、自分でも思う。」
涙のおかげだな。
やっぱり、無駄じゃなかった。
「……でもまあ、戻ったのか。俺が初めて逢った頃のお前に。やっぱすげーな、お前。」
「ぁ……、ありがとう。……逆にお前は、変わんないな、何にも。」
「おいそれどういう意味だよ、褒めてんのか?」
「五分五分。」
「台無しだよ、お前。これでも身長は多少伸びたんだぞ、ひれ伏せ低身長。」
「いやまだお前の方が低かったろ。」
「……っはは。いやぁ、ほんと。2人見てると羨ましいなぁ、元気出てきたよ。」
先輩の顔が心なしか清々しい。
オパールの肌はさらにツヤツヤに、虹色のオーラもなんだかゴテゴテになった気がする。
「ありがとう、流くん。とりあえず、アズマに連絡を取ってみるよ。」
「……はい!、それが良いです!」
「……ところでなんだけど、晶。」
「なんだいコウ兄。」
「君の今住んでる北海道の家って、まだスペースある?」
「え、まぁ。俺の部屋なら少しは。」
「2人泊まれる?」
「あー、……多分いける。」
「……そっか。流くん。暇?」
「え、いつですか?」
「年明け。暇?」
「え、まぁ。特には。」
「晶たち、1月2日には北海道戻るんだよね?」
「おうよ。」
「……よし、流くん。一緒に北海道行くよ!!」
「……は?」
こうして、俺の寝正月は、北海道強制連行に掻き消されることになった。
俺、祐厡家に連行されすぎじゃない?
冬休みは結構短い。
宿題をやり損ねそうだ。
最悪だぜ。
登場人物紹介
・湿江 流 : 高校1年生。母子家庭。人嫌いで卑屈だったが、中学卒業と同時期、親友の引っ越しを巡る涙の中で、自分が本来 人が大好きであることを自覚し、性格や考え方が劇的に明るく変わる。高校生活も良好。
・玻璃 晶 : 流と同じく高校1年生で、流のかけがえない親友。転勤族。中学卒業と同時期に父親の仕事の都合で北海道へと引っ越す。基本裏表のなく快活な、水晶のように清々しい性格。
・祐厡 虹 : 高校2年生。晶の従兄弟で、晶にかなり似ている(特に後ろ姿)。一人称は他のキャラと違って「僕」。彼もまた転勤族であり、最近、晶と交代するようにして北海道から引っ越してきた。その際、親友と喧嘩別れをして来ている。
・アズマ : 虹と喧嘩別れをした親友。北海道に住んでいる。
・湿江 門喪 : 流の父親。感情の起伏が激しい性格。現在の行方は分からない。
・鳰辺 和音 : 流の母親。
・祐厡 流砂 : 虹の母親。肝っ玉母さんらしい豪快な性格。少し思い込みで突っ走るところがある。




