密入国者か正義のヒーローか 1
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
見知らぬ人が声を掛けながらハットの体を揺する。
そっと目を開けたハットの目の前には女性警察官のほかにも、数人の住人らしき人がハットを覗き込んでいる。いったいここはどこなのだろう。辺りを見渡すがどこなのかはわからず、小さな突堤の横の砂浜に横たわっていることだけがわかった。着ていたお手製のウェットスーツは脱がされ、毛布で何重にも体が包まれている。
「あ、はい……、僕、生きてますよね?」
救急車が到着するとストレッチャーを使って乗せられた。
ボーっとしてはいるが受け答えができる状態だと確認されたからか、救急車に同乗した警察官は、
「救急車で病院へ運びます、様態が安定しドクターの許可が出れば事情聴取を行います」
そう宣言され、警察病院へと搬送された。
低体温症ではあるが重篤な状態ではなく、点滴を受けるなどの治療を受けるために入院し、三日目の朝のドクターの検診で特に問題はないということで退院し警察署へ護送されたハット。
取調室に入ると早速事情聴取が始まった。ハットはすべてを素直に話した、脱獄したことも、なぜ捕まったのかも、そしてオルダヤの洗浄党の実態も。
取り調べを担当した警察官によると、今いる場所はオルダヤの隣国のヒカルゴ連邦の首都アレグム市にある中央警察署で、ヒカルゴのすべての警察署を取り仕切る本庁と呼ばれている場所らしい。
ガルドラ刑務所から、ハットたちが打ち上げられたアレグム市の海岸までは直線距離で数キロしか離れておらず、湾になっているため比較的穏やかな海域でサメを見掛けることはほとんどないという。
地図を見せてもらうとガルドラ刑務所はオルダヤの大きな港からは船で三〇分ほどの距離で、場所を誤魔化すために数時間ほどガルドラ島の周りをぐるぐる旋回していたのではないかということ。その大きな港からガルドラ島は肉眼でも見ることができるはずだが、ハットたち一般人は国の重要施設だとしてこれまで立ち入ったことがない。だから護送されるときは目隠しまでされていたのだと、ここまでの説明でその理由が理解できた。
オルダヤは国外からの情報流入を阻止するために、国家がSNSをはじめすべての通信や通話を監視している疑いをヒカルゴとして持っていたが、ハットが逮捕された理由と疑いが合致するなど、オルダヤ人として知らなかった事実を次々に教えられた。世界と繋がっていると思っていたSNSなどインターネットが実は国外とはほぼ繋がっておらず、一般人はオルダヤ国内だけでのやり取りで終結していることも初めて教わった。
「ハット君、昨日夜に事情聴取をしたブル君が話した内容とほぼ差異はない、後はまだ入院しているペト君から事情を聞き最終的に判断することになるが、今のところは密入国者として扱わせてもらう。しばらくの間はここの拘置所に入ってもらうことになるので了解してくれ」
流れ着いたとはいえ、勝手に国に入ってきた今のハットたちは密入国者として扱われても仕方がない。
「通常は出入国管理庁が審査のうえオルダヤへ強制送還するのだが、ちょっと外交的に問題があってそれもままならない状態なんだよ」
オルダヤとヒカルゴとは隣国どおしで元々は仲の良い国だったが、オルダヤでの洗浄党の台頭によってヒカルゴの現政権とは外交上の意見の相違が目立つようになり、上手くいっていないとも聞かされた。
中央警察署の拘置施設に入れられたハットは、目の前の檻に入れられた人物と目が合うと声を掛けられた。
「ハット、無事だったか!」
「ブル! 無事だったんだね、良かった…… ペトはまだ入院しているって聞いたけど」
「心配しなくても大丈夫さ、明日には退院してここで事情聴取を受けるらしいぞ」
警察署内の拘置施設に入れられたハットとブル。鉄格子の檻の中だけど意外と扱いは悪くはなく、警察官の応対は密入国者を扱う感じはない。まるでグッズをたくさん購入して自由に話ができる権利を得たファンが、推しのアイドルにドキドキしながら質問をぶつけている感じだった。
「オルダヤでは洗浄党に逆らうと生きていけないって本当なのか?」
「党の首脳たちが実質的に独裁を行っていると言うが、実際に住んでいてどんな感じなのか?」
「オルダヤで暮らしていて、これは本当に困ったっていうエピソードがあれば教えてほしい」
目の前の檻にいるブルと警察官を交えてずっと話をしていた。隣国だけどお互いの国の真実をお互いに知らないからワクワクしながら未知の世界へと足を踏み入れていく、そのような感じで会話が繰り広げられた。
ただしワクワクしているのは警察官だけで、ハットとブルは自国の状態がいかに酷かったのかを痛感させられていた。
翌朝にはペトも退院してこの警察署へ運ばれ事情聴取を受けたが、三人ともがほぼ同じ供述をしていること、話している内容に矛盾点はないことなどが確認されたため警察署への拘留は解かれた。しかし警察署から解放されて自由にしても良いとは当然ならず、出入国管理庁に身柄を送られた。




