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解決屋の日常  作者: A s
2/2

迷い猫

助手初日の朝。

俺は解決屋の事務所で、床に座っていた。


 進藤「・・・なんで床なんですか?」


 来屋「椅子一個しかないからや。」


 進藤「お客さん来たらどうするんですか?」


 来屋「そりゃお客さんに座ってもらうで?」


 来屋「それに畳やねんからそないに汚くはないやろ。」


自称綺麗好きな進藤は、事務所を見渡す。

机の上では、昨日買ったであろう、冷たくなったコーヒーの空き缶と、今日のコーヒーが共存していた。


 進藤「衛生観念どうなってるんですか。」


 来屋「人より汚いもんはこの世にそうそうないで。」


 来屋「その汚い人が生活してんねんからしゃーないな。」


 進藤「どういう理屈やねん・・・。」


理不尽すぎる理屈に納得しようとする自分が怖い。


ドアが控えめにノックされる。


 来屋「お、依頼人や。」


入ってきたのは、七十歳前後のおばあさんだった。


手には、使い込まれた猫用キャリー。


 おばあさん「すみませんねぇ・・・猫が、いなくなりまして。」


 進藤「迷い猫ですか?」


 おばあさん「ええ。十五年も一緒にいた子で、捨てられてたとこを拾いまして、とっても穏やかでかわいい子なんですよ。」


 おばあさん「どうか見つけてやってください。」


来屋が静かに頷く。


 来屋「名前は?」


 おばあさん「ミケです。」


 進藤「そのまんまですね。」


 おばあさん「ええ、拾った子は三毛でしたから。」


 進藤「(え。拾った子は三毛?他にも飼ってたのかな?)」


 来屋「武彦、早速見つけに行くで。」


来屋がおばあさんから電話番号を預かり、手ぶらで外に出る。進藤も来屋に付いていく。


 進藤「来屋さん、迷わず進んでますけどいる場所わかってるんですか?」


 来屋「勘や、あとは猫が呼んどる。」


 進藤「呼んでるって、どうゆうことですか?」


 来屋「あのおばあさん、拾った子は三毛やゆうとったやろ。」


 進藤「そうですね、他にも飼ってたってことじゃないんですか?」


 来屋「普通はそう思うやろな。」


 来屋「でもあれはそういうことやない、多分何匹か居った中で三毛猫しか飼われへんかったってことや。」


 進藤「いや、そんなん言葉の意味として、いくらでも捉えられるでしょ。」


 来屋「僕、猫が呼んどる言うたやろ?」


 来屋「飼ってもらえへんかったんかな、死んでもうた猫が手招きしとるんや」


 進藤「・・・どこにおるんですか。」


 来屋「僕らの3歩ぐらい前やね。」


 来屋「見えへんから分らんやろうけど。」


進藤が何も言えないでいると、来屋の足が止まる。


 来屋「おっ、着いたみたいやね。」


古びた団地が、進藤の目に入る。

二人は少し歩き、団地の裏に進む。

立ち入り禁止の柵。

その向こうは、取り壊し予定の空き棟。


 進藤「こんな場所あったんや。」


 来屋「まぁ、あんまり知らんやろうね、意識してみてる人なんかおらんやろうし。」


錆びた金網に掛かった、「立入禁止」の札が斜めにぶら下がり、風が吹くたびカタン、と乾いた音を立てる。

来屋は軽く金網を押し、緩くなった隙間から中へ入る。


 進藤「普通に不法侵入ですよね、これ。」


 来屋「普通やったらな。それにこんなとこ誰も入ってこんわ。」

 

 進藤「まぁそうですけど・・・。」

 

仕方なく進藤も後に続く。

足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

風が止み、外の生活音がすっと遠のく。

昼間のはずなのに、建物の影が長く伸びる。


 進藤「・・・なんか静かすぎません?」


 来屋「うん、ええ場所やな。」


 進藤「褒めるとこちゃいますよ。」


 来屋「あっ、猫ちゃん部屋入っていったな。」


 進藤「103号室ですか、入ります?」


 来屋「そらな。怖いんやったら入らんでもええで。」


 進藤「給料もらっとるんで行きます。」


 来屋「肝座っとるなー。」


来屋が扉を開ける。

奥から弱弱しい猫の鳴き声が聞こえる。

土足で部屋に入っていく来屋を見る。

一瞬躊躇うが、そのあとに進藤も続く。

三毛猫が部屋の隅で丸まっている。

小柄で、少し毛並みがくすんでいた。


 進藤「ミケ、ですよね?」


進藤がミケに近づく。


 来屋「ちょい待ち。」


 来屋「ミケは連れて帰らない。」


 進藤「は?何言ってんすか、おばあさんが待ってるんですよ?」


 来屋「ミケは何体かの浮遊霊に憑かれている。」


 来屋「だから今連れて帰れば、おばあさんにもとり憑いてまう。」


 進藤「前みたいに祓えないんですか!?」


 来屋「もちろん祓いはする、ただ、祓ったところで猫としての器がもたへん。」


 進藤「器?よくわかりませんけどなんとかならないんですか!?」


 来屋「要するに寿命だから、こればっかりは仕方がないんよ。」


 進藤「でもおばあさんに会わせるぐらいなら!」


 来屋「それは人間様の都合やろ?」


 来屋「それにミケは自分の意志に従ってここにおるんや。」


 来屋「ここまで案内してくれた猫も、ミケと一緒に行きたがっとる。」


進藤が言葉に詰まる。

開けたままの玄関から冷たい風が差し込む。

ミケは、じっとこちらを見ている。


 進藤「・・・じゃあ、俺たちは何をすればいいんですか。」


来屋がミケを撫でる。

尻尾が少し動く。

ミケの瞼がゆっくりと落ちていく。


壁に映る猫の影が増えた。


 進藤「来屋さん、あれ、影増えてません?」


 来屋「拾われへんかった子たちや。」


影だけの猫たちが、ミケの周囲に集まっていく。

鳴き声はない。だが確かに、気配だけがあった。


 進藤「死に様を隠そうとするなんて。」


 進藤「ミケはきっと、おばあさんと暮らして幸せやったんでしょうね。」


 来屋「どうやろな、人間のエゴで捨てられて、拾われて、最後ぐらいは本物の家族と行きたかったんかもな。」


 進藤「それ、おばあさんの前で言わんといてくださいね。」


 来屋「僕もそれぐらいは分かってる。」


来屋と進藤が話している間に、影は消えていた。


 来屋「ほんなら出よか。」


進藤が頷く。

2人が部屋を出た瞬間、音がなっているのに気づく。


 進藤「あれ、なんなんですかねこの音。」


作業服を着た男が2人に話しかける。


 作業員「コラコラ君たち、こんなとこに勝手に入ったらダメだろ!」


 進藤「す、すみません。でも、なんでこんなところにいるんですか?」


 作業員「なんでも何も、この空き棟を潰すのが早まったからだよ。」


 進藤「そんな、なんで!?」


 作業員「い、いや詳しくは俺も知らんが、この団地に住み着いてた猫が子供に怪我を負わせたらしくて。」


 進藤「・・・」


 作業員「その猫、子供を産んでたらしいんだが、生まれたばかりの子猫に子供が触ろうとして怪我を負ったらしい。」


 作業員「ほんならその親がうちんとこの責任者に激怒してな、ここを早くとり壊さんからあんなものが住み着くんやいうて来たんや。」


 作業員「そういうことやから、君らも早いとこ出ていくんやで。」


作業員の男は、念を押すように「早く出ろよ」と手を振り、別の棟へ向かっていった。


 進藤「・・・猫が怪我させた、ですか。」


 来屋「正確には“守った”やろうな。」


 進藤「・・・」


団地の奥から、重機のエンジン音が響く。

低く、腹の底に響くような音。


 進藤「まだほかにも猫がこの団地にいるんですかね・・・。」


 来屋「おるやろな、猫だけやなく行き場の失った動物なんかが。」


団地を出ると、入った時よりも空がくすんでいた。

さっきまでの重たい空気が嘘のように、子供の笑い声と車の走行音が混じる。

それが逆に、胸の奥をざらつかせた。


 進藤「誰かに声かけて一匹だけでも助けられないんでしょうか?」


 来屋「助けられへん。」


 進藤「・・・なんでですか?」


 来屋「“助けたい”言うだけで責任取らんやつが多すぎるからや。」


来屋は足を止め、団地の方を見た。


 来屋「拾う言うても金がいる。病院連れてく言うても金がいる。歳とったら世話しなあかん。」


 来屋「おもちゃみたいに替えのきくもんやない。」


 来屋「結局、最後まで面倒を見る覚悟がない。」


 進藤「おばあさんには・・・」


 来屋「良い様に濁して伝えとくわ。」


その後沈黙が続き、駅に着く。


 来屋「初日できつかったやろうし、明日は休んで明後日来てや。」


 来屋「時間はメールで送るわ。」


進藤と別れて、来屋は一人で事務所に戻る。

事務所に戻ると、同じ内容の留守電が四件入っていた。


『近所に猫の死骸があって』


『子供が怖がっている』


『お金はいくらか払うから』


『気持ちが悪い』


 来屋「・・・」


 来屋「ホンマに醜いなぁ、人間って。」


誰もいないはずの事務所で、聞こえないように来屋が呟く。

まるで自分が人間ではないかのように。

私が気づいていないミスがあるかもしれません。

あったらすみません。

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