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手のひらに宿る奇跡

 ぼくの住んでいるセロ村では、魔法は珍しくない。朝になると、洗濯物を干すために〈風送り〉の魔法を使うし、夕方には〈明かり種〉を灯して道を照らす。

 魔法っていうのは、キラキラしたすごい力じゃなくて、多分、パンを焼いたり服を整えたりするのと同じくらい、生活に溶け込んだ“便利なこと”。この村では、そういうふうに使われてる。


 村の広場では、毎朝パンの香りが漂い、噴水のまわりでは子どもたちが魔導具で遊んでいる。家ごとに使う魔法や道具は違うけど、それぞれの暮らしの中に、小さな魔法が息づいてる。


 ぼくも、いちおう魔法は使える。火の玉とか、水の輪とか、みんながやっている基本の魔法は練習した。でも上手じゃない。うまくいかないことも多いし、魔素の流し方もときどき変になる。


 けれど、不思議と困ったことが起きても、どうにかなってしまうことが多い。


 まるで、目に見えない“誰か”が助けてくれてるみたいに。それを「魔法」と呼ぶのか、「運」と呼ぶのかは、ぼくにもよくわからない。


 この前も、ちょっとだけ変なことがあった。先生が魔法用の空中チョークで、宙に魔法式を書いていた。半透明の魔法文字はふわふわと浮かんでいて、まるで本のページが空中に現れたみたいだった。でもその日は風が強くて、線がゆらいで読みにくかった。


 ……けれど、ぼくがノートを開いた瞬間、風がぴたりと止んだ。


「偶然よ」と先生は笑ってたけど、隣にいたユリくんが「まただ…」と小さくつぶやいたのを、ぼくは聞いてしまった。たぶん、他にも似たことがあったんだろう。でも、ぼくは気にしないことにしてる。きっと気のせいだ。

 世界は、たまにやさしいことをしてくれるだけなんだ。






 今日は、母さんと一緒に森に行く日だった。〈風鈴草〉と〈銀葉の根〉、それから〈光籠ベリー〉。薬屋のおじさんに頼まれた材料を集めるために、精霊の森の入り口まで歩く。

 朝のうちは陽が差していたけど、森に近づくにつれて空気がひんやりしてきた。土の匂いと葉の匂いが混ざっていて、ぼくはそれがちょっと好きだ。


 森の中は静かで、少し冷たい。木々の間には光の粒が浮かんでいて、ときどき、それが小さく笑う声を立てる。多分それは〈森付き〉の精霊。あいさつをしておけば、害はない。森では礼儀が大切だと、母さんに教わってきた。


「こんにちわ、光のひとたち。今日は少しだけ、通らせてください」


 そう言って、手をひらひらと振ると、光たちはすうっと道を開けた。いつものことだけど、なんだかやっぱり不思議な感じがする。母さんも精霊にあいさつするけど、ぼくのときだけ、精霊たちは嬉しそうにきらめくような気がする。前に村の人が「イディスが来ると、精霊がよく笑うね」って言っていたことがあった。あのときは照れくさくて返事をしなかったけど、本当のところ、ぼくにも理由はよくわからない。


 森の奥で、母さんは〈風鈴草〉を摘んでいた。ぼくは少し離れて〈光籠ベリー〉を探していた。ベリーは光る粒のような実で、木陰のなかでもわかりやすい。でも採れる数はいつもバラバラで、熟していないこともある。

 だけど今日は、不思議なくらい簡単に見つかった。熟している実が、ちょうど六つ。


 薬屋のおじさんに頼まれていた数と、ぴったり同じだった。

(なんで“ちょうど”なんだろう?)


 そう思ったけど、考えてもわからない。たまたま、だよね。風が優しく吹いて、ベリーの枝がふるふると揺れた。ひとつひとつ袋に入れていると、木の上から、コロコロと小さな笑い声が聞こえた。見上げると、葉の影に小さな光の粒が浮かんでいた。

 帰り道、母さんがぽつりと言った。


「イディスと一緒にいると、ほんとに物事がうまくいく気がするわ」


「それ、ぼくが“お手伝い上手”って意味?」


「ううん…そうね、もしかしたら、それ以上かも」

 そう言って笑った母さんの顔は、なんだかちょっとだけ、不思議そうだった。けど、すぐに「おやつにしよっか」と言って、話題は終わった。





 パン屋さんで買ったハーブパイを、ぼくたちは半分こした。草の匂いが混じった甘い味がして、ぼくはなんだか眠くなった。

 帰り道、森の風が、ぼくの髪を撫でていった。葉っぱが揺れて、日差しがチラチラと顔に落ちる。遠くのほうで小鳥の鳴き声がして、空にはゆっくりと雲が流れていた。

 今日も、いい日だった。そう思いながら、ぼくは母さんの手を握った。

 きっと明日も、いい日になると思う。

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