表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/30

8 ガリ勉、威嚇する

 いよいよ期末考査が近づいてきた。僕も気合いの入れどころだ。

 だというのに学校にいると、ジェラルドのことが気になって仕方ない。気が散る。

 そのくせ僕は、僕の「教室」がないときは必ず、図書館へ行ってしまうのだ。ジェラルドも毎日来てるんだから、これってもしかして……。

 ルークに相談すると、「春ですね」とだけ言われた。なんだ、春ですね、とは。もう夏だぞ。

 僕は気が気じゃなかった。ジェラルドと僕に、特別な何かが芽生えかけている気がしてならない。

 だって毎日一緒になって、放課後に勉強しているんだ。その上、ジェラルドは、僕の努力する姿が好きらしい。これって……。

 ちらちらジェラルドを見ると、たびたび視線が合う。さっと視線をそらされて傷つくけど、よく見ると耳が赤いことに気づいた瞬間、叫び出しそうになった。


 やっぱり、そういう可能性を、考えた方がいいんじゃないか?

 毎晩ジェラルドのことを考えて眠れない。胸が高鳴って、身体が熱くなる。その結果、家での勉強すら捗らない。顔を見られたくないのにずっとジェラルドを見ていたいし、あの時みたいに抱きしめ合ってみたい。

 御託はよそう。つまり僕は、ジェラルドのことが、好きなのだ。

 まだ出会って半年も経っていないのに。新生活が始まって早速、僕は自分が惚れっぽい人間だと分かった。実りの多い生活だ。

 今日も、放課後に図書館で一緒に自習している。僕は眠いのと、どきどきするのとで、全然教科書のページが進んでいない。


「エリス。最近、顔色がよくないな」


 急に話しかけられて、慌てて背筋をのばす。ジェラルドは心配そうに眉間へしわを寄せて、僕の顔を覗き込んでいた。僕は悲鳴をのみこんで、「なんでもないよ」と首を横に振る。彼は「そうか?」と、怪訝な顔をしながらも引いてくれた。


「お前、無茶しそうだから、心配なんだよ」


 そう。あの一件以来、ジェラルドは僕のことを「お前」と呼ぶようになった。ちょっと特別感があって、いい。

 無茶と言われても、と唇を尖らせた。


「でも僕は、もっと勉強しないと。まだまだ努力が足りてないから」

「は?」


 ジェラルドは、信じられないものを見る目で僕を見る。なんだろう。


「エリス、お前。本気で言ってるのか?」

「うん。きみに勝ててないっていうのは、そういうことじゃないの?」


 だって、勉強は、努力すればしただけ結果が出る。

 いつかはジェラルドに勝てるはずなんだ。そのための努力が、まだできてない。

 ジェラルドは頭を抱えて、悩んでいるみたいだ。はっと我にかえる。たしかに、ライバル本人の前で言うのは、みっともなかった。


「ごめん、忘れて。気にしないで」


 慌てて取り繕ったけど、ジェラルドの顔はすっきりしない。僕をじっと見つめて、物言いたげな表情だ。


「なあ、エリス」


 ジェラルドが何か聞きかけたときだ。同級生のグループが、騒ぎながら図書室へやってきた。同じクラスの生徒たちだ。入学式の日に、僕へ挨拶に来た、推薦入試組だ。

 少し声をひそめてはいるけど、喋っている集団は目立つ。ジェラルドは一瞬そちらへ視線を滑らせた。すると彼らは、それに気づいたのか、こちらへずかずかとやってきた。


「きみたち。自習中か? テスト週間でもないのに、えらいね」


 彼らはジェラルドを見て、さっとあざけりを表情へ乗せた。僕へ、うやうやしく話しかけてくる。


「ライブラくん。あまり身分の卑しい者と交わってはいけないよ。高貴な者の言葉を、やすやすと下げ渡してはもったいない」


 僕は無表情になって、彼らをしげしげと見つめた。

 何が高貴な者だろう。

 何を理由に、ジェラルドみたいな立派な人を、貶しているんだろう。


「高貴な人間は、身分の低い者を馬鹿にしてもいいのかな」


 声は少し刺々しくなってしまった。同級生たちは顔を見合わせて、「違うよ」と諭すように僕の肩へ手を置く。


「僕たちはアルファとして、オメガのライブラくんを導こうとしているだけさ」

「階級があるからこそ、社会秩序が保たれている。それを乱す行いは、咎められるのだよ」


 くだらない。僕はふうと息を吐いて、彼らをにらんだ。反抗的な僕の視線に、彼らはわずかにたじろぐ。


「では、上流階級の優位性は、何によって保証されるんだ?」

「それは血筋だよ。だからこそ、僕たちは生まれに感謝して、自らの能力を磨かなければならないんだ」


 いよいよもってくだらない。僕は蔑む心を止められず、思ったよりも冷たい声が出た。


「じゃあきみたち、高貴な者としての努力が足りていないよ。上流階級のアルファなのに、オメガの僕、それから平民のジェラルドに、学業で負けているじゃないか」


 そう。僕たちは、学年の次席と首席。

 つまり彼らの成績は、少なくとも、僕たちより下。


「結果の伴わない自慢は虚しいだけだ。きみたちは誇りある高貴な者ではない。卑しくも、生まれを鼻にかけているだけの愚か者だ」


 僕が淡々と反論すると、彼らは呆れた顔をした。お兄さまたちも、時々同じ顔をする。オメガがそんな反論をするなんてはしたない、という顔だ。

 まるで話が通じていない。でも僕は、噛み付かずにはいられない。

 言わなければないのと同じ。それに、僕の好きな人を、彼らは貶したんだ。怒るべきだ。

 なおも続けようとする。ジェラルドは口を開いて「いいよ、エリス」と言った。

 驚いてそちらを見ると、なぜか彼は、苦笑していた。


「いいよ。こんな連中の言葉、俺には響かない」


 行こう、とジェラルドは立ち上がる。僕も慌てて立ち上がって、彼に続いた。彼らを振り向くと、ぽかんとした表情でこちらを見ている。

 外に出ると、強い日光が肌に触れた。暑くて手で顔をあおぐと、ジェラルドは木陰へ僕を連れていく。

 ジェラルドと、木の下で向かい合った。

 彼の緑の瞳が、優しく細められる。


「俺のために、怒ってくれたのか?」

「そりゃあそうだよ。怒って当然だ」


 悔しかった。ジェラルドはこんなに努力して、こんなに結果を出しているのに、身分が低いってだけで馬鹿にされる。

 僕が俯くと、ジェラルドの身体がわずかに僕の方へと傾いた。ジェラルドの表情は優しくて、なんでか熱っぽく見える。暑いからだろうか。


「エリスは、優しいな」


 どきん、と心臓が跳ねた。そんなこと、と顔をそむける。

 これまでたくさん、そういうふうに言われてきた。使用人に勉強を教えて優しいって。でもそれには、皮肉が混じっていることもあった。そんな卑しい人たちと交わるなんて、と思われているときもあった。

 でも、ジェラルドの「優しい」には、そんないやらしさが一切ない。ただ、僕を褒めるだけの言葉だ。


「そんなこと、ないよ」


 いつもよりずっと、弱々しい声になってしまった。ジェラルドは「そうかな」と、顔を離す。それが残念だと思う自分もいた。


「エリスはがんばってる。お前は、十分、やってる。がんばりすぎなくらいだ」


 ジェラルドは真剣な顔だ。でも、本当に、そうだろうか。

 僕は、違うと思う。

 ジェラルドと同じ結果を出せていない僕は、彼ほどがんばっていない。ましてや、僕はこれだけ恵まれているんだ。たぶんどこかで怠けているんだろう。


「全然、がんばってないよ」


 なのに声が、ものすごく甘えていて、びっくりした。ジェラルドは呆れたように笑って、「ほどほどにな」と囁いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ