26 いちゃいちゃ
職員室のすみっこにうずくまりながら、ジェラルドに、しがみつく。頭を撫でて、抱きしめて、とおねだりした。ジェラルドは、なんでも叶えてくれた。
僕が彼の首筋に顔を埋めても、何も言わなかった。ただ僕を抱っこして、背中を叩いてくれた。
最終的には職員室から移動して、保健室の隅っこにスペースをもらった。ベッドに座って、そこでくっつき合う。心が安心しきって、身体から力が抜けていった。
ぎゅうぎゅうして、撫でてほしい。おねだりすると、ジェラルドは優しい手つきで、僕の思い通りにしてくれた。
やっと、怖いのがなくなった。胸に安心感と、よろこびが満ちる。
「ジェラルド」
何度も名前を呼んで、頬と唇を彼へ寄せる。肌に吸い付いても、彼は怒らなかった。それどころか、もっと強く抱きしめてくれる。
うれしい。深いところまで触れ合いたい。服が邪魔だけど、さすがにそれはまずいと判断できるくらいの理性はある。
だってここには、保健室の先生がいるから。先生が出て行ってくれるか、僕たちがどこかに行くなりしないと、二人きりにはなれない。
「ね、どっか、ふたりきりになりたい……ここ、出ようよぉ……」
「さすがにダメだろ、それは」
ダメらしい。僕はすっかりジェラルドへめろめろになって、彼へ一生懸命に引っ付いているのに。
不満を訴えようと、首筋へ噛みついた。汗ばんでいて、ちょっとおいしい。
「けち」
舌なめずりをしていると、ジェラルドに後頭部を撫でられた。そのまま手がうなじを通って、脇の下へすべる。身体を引きはがされて、目と目が合った。
「お前、ちょっと落ち着け」
そんなの、全然聞けない。首を振って、手を剥がした。彼のたくましい首筋に鼻をつけて、すんと嗅ぐ。スパイシーな、ジェラルドのにおいがした。落ち着く。
もっと嗅いでいたくて近寄ると、彼は身じろぎをした。するりと、僕の剥き出しになったうなじを撫でる。それが気持ちよくて、変な声が出た。
そのまま首根っこを掴まれて、ちょっとだけ強引に引きはがされる。
嫌だったんだろうか。ちょっと不安になって、ちらりと見上げた。
「ジェラルド、これ、いや……?」
「いや、っていうか。あのなぁ」
顔が真っ赤だ。呆れているのか怒っているのか、いまいち分からない。だけど、それ以上、僕を引っぺがすことはしなかった。
甘えたくて、ひとつになりたくて、たまらない。もう一度すり寄って、ジェラルドの手をとった。
シルエットがふくれるほど、分厚くガーゼと包帯が巻かれている。痛々しくて、親指の腹で、手の甲を撫でた。
「いたそう。ごめんね」
僕を守ろうとして、怪我をした。申し訳なくて、だけどうれしくて、目元が熱くなる。
ジェラルドは、僕を抱きしめて、背中を叩いた。
「全然痛くない。お前は何も悪くないんだし、気にするな」
僕を守ってくれた手だ。傷に障らないように、片手を掴む。その手の甲を何度も撫でた。
ジェラルドの腕の力が抜けて、指が、ぎこちなく絡む。手を握りあった。
目と目が合う。じっと見つめ合った。このまま、時間が止まればいいのに。
きっとジェラルドも、そう思っているんだろう。熱っぽい緑の目で、僕を見ていた。夕日は沈みかけて、保健室のすみっこは、ちょっと薄暗い。そんな中でも、その瞳が光って見えて、頼もしかった。
先に口を開いたのは、僕だ。
「ありがとう、ジェラルド。来てくれて、うれしかった」
「……ううん。こっちこそ、遅れてごめん」
ジェラルドに、強く抱きしめられる。その力が嬉しくて、僕は笑った。
そんなの、気にしなくていいのに。
だって、十分、間に合ったから。
久しぶりに会えて、嬉しいし。今の僕は、すこぶる上機嫌だ。
「ふふ、ん……きもちいい……」
「エリス。もうちょっと、そういうのは控えてくれ」
なんの話だろう。僕が首を傾げると、「まったく」と、彼は毒づいた。
「こっちの気も知らないで……」
それでも、僕を抱きしめて、背中を叩いてくれる。掌の傷が、痛いだろうに。
うっとりしながら、彼の身体を堪能した。あたたかさ。息遣い。におい。心臓の音。
全部が、僕を安心させてくれた。
もっと味わいたくて、少し汗ばんだ首元へ顔を寄せる。脚まで絡めて、身体をぴったり密着させた。
お互いの鼓動が、心地いい。
もっともっと、味わいたい。
「もっと」
ぎゅう、と抱き着く。ジェラルドは呆れたみたいだったけど、ため息をついて、僕を抱きしめ返してくれた。きもちい。
「あ、ん……ふ……」
「だから勘弁してくれって」
ジェラルドは、ずっと何か文句を言っていた。だけど、僕を引きはがさないから、こうしていても構わないみたい。
「ジェラルド……」
そう、僕は、彼のことが好きなんだ。好きな人に甘やかされて、心も身体もぽかぽかしている。
高い体温が嬉しい。ここまで許してもらえて、ほっとする。しっとりした首筋を食むと、びくっとして面白い。
「あんまり、からかわないでくれ」
「んー?」
うめいているけど、なんでそんなに頭を抱えているのか分からない。
もしかして、僕が一方的に遊んでいたのがよくなかったんだろうか。
たしかにそれは、不公平だったかもしれない。僕は身体を離した。目を丸くするジェラルドの前で、首元から、シャツのボタンを外していった。第三ボタン辺りまで開けて、肌をさらけだす。これくらいだったら、いいだろう。
ジェラルドの喉仏が、大きく上下するのが見えた。
「吸っていいよ」
「お前、お前、お前」
ジェラルドは、血相を変えて僕のボタンを締めにかかった。誘惑されてくれないみたいだ。
「俺をあいつと同類にさせるな!」
「うん……ジェラルドなら、いいよ」
「そういう問題じゃねぇよ。分かってねーな」
荒っぽく舌打ちされる。そんなところもかっこよくって、胸とお腹がきゅんきゅんした。
今の、なんだろう。お腹をさすっている間に、ジェラルドは僕のボタンを締めてしまった。
「あ、もう。せっかく開けたのに。いやだった?」
「いやっていうか……。俺たちにはまだ早いだろ、そういうのは……ったく、告白どころじゃない」
告白。そうだ、彼は、僕に言いたいことがあるんだった。
じっと、彼を見つめる。ジェラルドの目が、優しくたわんだ。僕のことが大事なんだろうか、と思うくらい、甘いまなざし。
「なんだ? エリス」
「ん。なんでも」
今この瞬間、とびきり甘やかしてくれるのが嬉しい。僕はますます近づきたくなって、あっと声をあげた。
「ねえ、ジェラルド。ひとつになりたい」
「は、はぁ!?」
ジェラルドは押し殺した声を上げて驚いた。そんなの気にしないで、下腹部をジェラルドへ押し付ける。腰をずりずりと寄せて、「うんしょ」と体重をかけた。何度も、股間でそこを押す。
「うん。うん。あれ……なれない……」
「そりゃあ……なれないだろ……」
呆れているのか、疲れているのか、よく分からない声でジェラルドが言う。どうすればいいのか分からなくて、僕は途方に暮れた。
だけどジェラルドは、僕を離さなかった。ずっとあやすみたいに背中を叩いて、側にいてくれた。
「焦らなくていいよ、エリス。俺はここにいるし、今できることなら、なんだって聞いてやるから」
そうなんだ。
ちゅーしたいって言ったら、聞いてくれるかな。でも僕たち、付き合ってないしな……。
でもここまでやって、付き合ってないは、さすがに嘘だろ。この状況がもう既成事実では? つまり、おねだりしてもいいのでは?
そんな、ふしだらなことを考えていたときだ。荒い音を立てて保健室の扉が開いた。
飛び込んできたのは、リチャードお兄さまだ。




