14 ガリ勉、ときめく
とうとうテストの日がやってきた。
僕は朝早くに起きだして、念入りに身支度を整える。
登校すると、ジェラルドはもう教室にいた。一瞬目がかち合って、すぐに逸らされる。少しだけ、胸が苦しく、冷たくなった。
だけどこれも、テスト返しの日までだ。僕は今回のテストで、ジェラルドに勝って、前と同じように接してって頼むんだから。そもそも、こんな賭けに乗ってくるくらいなんだから、きっと僕のことが嫌いになったわけじゃないんだろう。
それに、今回のテストは、かなり自信がある。ジェラルドにだって勝てるはずだ。
テスト用紙が配られる。紙を裏返して、時計を見つめた。
「はじめ」
先生の号令とともに、紙を裏返して名前を書く。
そこから先は、無我夢中で問題を解いた。
解ける。大問を解きながら、確信した。今回は、これまでの中で、一番よく仕上がっている。なんなら、これまでの人生でいちばん、できがいい。
僕は全身全霊で、テストを倒す。そしてジェラルドに勝つ。勝てるビジョンが見えた。
今回こそ、僕は、学年一位を取る。
テストの日は、またたく間に過ぎた。最後の試験が終わって、僕は深く息を吐く。
隣のジェラルドをちらりと見ると、ジェラルドもこちらを見ていたようだった。ばちり、と視線が合う。
思い切って、話しかけてみた。
「……どうだった?」
「まあまあかな」
ジェラルドは肩をすくめて、頭をかく。その様子が気安く見えて、すこしほっとした。
少なくとも、テスト前より、ずっと自然な態度だ。
彼はうろうろと視線をさまよわせてから、ちらりと僕を見る。
「エリスは、どうだった?」
「よかったよ」
声がちょっとだけ弾んだ。ジェラルドは「そうか」と頷いて、黒板の方を向いた。
「……めちゃくちゃ、がんばってたもんな」
ちょっと低いその声に、どきどきした。
高鳴る胸を押さえて、僕も前を向く。テスト返しが、楽しみだ。
どきどきしながら、一週間、そのときを待った。
その間にもあいかわらず、図書室での勉強会は続けられていた。だけどお互い、無言だった。雑談は、あんまりしない。
気まずさとは、ちょっと違う。僕はなんだか恥ずかしくて、ジェラルドの顔を見られないのだ。これが終わったら、ちょっと恥ずかしいけど、仲良くしてって頼む。その覚悟を、決めないといけない。
あと、ジェラルドは、ときどきこちらを見るようになった。あんまりにも視線がうるさいから、「なに」と睨みつけるふりをする。
「いや。別に……」
言葉を濁された。まったく、何なんだ。
だけど、こういう空気は、なんでか嫌じゃない。居心地はよくないのに、ずっとここにいたいとすら思う。
それでジェラルドも、同じ気持ちだったらいいのに。そんなことを思いながら、また、ちらりと彼を見た。
僕たちの間に、言葉はなかった。だけど、一緒にいた。
ヒート明けで最初に会ったとき、ジェラルドはすごくぎこちない態度だった。だけど今は、ちゃんと自然体で、僕と一緒にいると思う。
僕の方も、ジェラルドがいつお腹を減らしてもいいように、クッキーを持ち歩いた。実際に、分ける機会は何回かあった。
そのときも、ほとんど無言だった。ベンチで並び合って、クッキーをかじる。座るときは、木陰になる場所を、いつも譲ってもらっていた。
「そういえばさ」
ジェラルドは陽の光に目を細めながら、不意に口を開いた。なに、と返事をする代わりに、目配せだけする。
彼は「その」と口ごもった後、ぼそぼそと尋ねてくる。
「お前、俺に何を頼みたいんだ? 俺にだって、できることと、できないことがあるからな。そこは一応、考えとけよ」
クッキーを丁寧に噛み砕いて、飲み込む。
できることと、できないこと。どうだろう。
少なくとも、ジェラルドの心ひとつのことだ。
「まだ、ないしょ……。でも、無理ではないと、思う」
こそこそ呟く。ジェラルドは呆れたみたいに「お前なぁ」と笑った。
「できないことだったら、俺は普通に断るぞ」
「うん。その時は、別のやつを頼むよ」
でもお願いしたいことは、もう叶ってしまったのかもしれない。
ジェラルドはまだ、ちょっと態度がぎこちない。だけど、ずいぶんマシになった。今の距離感も、悪くはないと思っている。
前と同じように仲良くしてって言わなくても、この調子だったら、あの頃に戻れる……それどころか、もっと近づける気がしていた。
今だって、こんなにたくさん話せているんだ。前ほど口数は多くないけど、ずいぶんと関係が回復したはず。
そしたら、どうしようかな。別のお願いを考えた方がいいかもしれない。
例えば、一緒に出掛けたいとか……。デート、したいな。
待ち合わせをして、二人で街を巡るとか。ちょっとしたお店へ遊びに行くとか。
僕だって、そういうのに、憧れはある。僕が勝ったら、それに付き合わせても、いいだろう。そういう約束なんだし。
そんな甘ったるい妄想で胸を膨らませながら、ジェラルドを見つめる。その視線に気づかれて、一瞬、視線がかち合った。
緑の目が、ゆるゆる細められて、こちらを見つめる。口がへの字に曲がって、拗ねたみたいな顔になった。
「見んな」
ちょっと乱暴に言って、ジェラルドはそっぽを向いた。僕の視線を掌で遮って、「まったく」とかぶつぶつ言っている。
僕は「見てない」とむくれたふりをして、こちらもそっぽを向いた。ちょっと、心臓がどきどきしている。危ない。見とれているのが、バレるところだったかもしれない。
それから、この一週間は、すごく平和だった。エネメラ先輩とか、クラスメイトみたいに、ちょっかいをかけてくる人もいなかった。みんな、テスト後の解放感で、浮かれているんだろう。ほとんど遊びに出かけたり、スポーツをしたり、勉強以外のことをしている。
テスト週間明け直後から、図書室にこもっているのなんか、僕とジェラルドくらいだ。
だからこそ、僕は正直な話、ちょっと浮かれている。
ジェラルドの本心がどうかは知らないけど、テスト後に遊び回ることより、こっちを……僕を、優先してくれている気がして。
穏やかな毎日は、あっという間に過ぎる。週末の休日を挟んで、登校日がやってきた。
いよいよ、テスト返しが始まる。
僕は指折り、全教科の答案用紙が返ってくる日を、数えた。




