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13 ガリ勉はがんばりたい

 こうして、僕の新たな猛勉強生活が幕をあげた。

 これまでも、もちろん本気で勉強していた。でもこれから次のテストまでは、一段と気合を入れなければいけない。

 身体を壊すと周りへ心配をかけることは、もう学習した。だから質を上げるために、早寝早起きを心掛けた。

 僕も、そこまで馬鹿じゃない。もうルークや家族に、余計な心労はかけないって決めた。それにジェラルドだって、僕が勝負のために身体を壊したら、気にするだろうから。

 完璧に勝たなければ。身体のコンディションを維持して、学力をあげる。テスト範囲はちょっとだけ苦手な分野も入っていたけど、だからってそれがなんだ。

 僕は絶対、ジェラルドに、「また仲良くして」ってお願いするんだから。そのために、できることは、なんでもやる。


 図書室での勉強会は、相変わらず開かれている。ジェラルドはちゃんと来てくれていた。

 まだ会話はぎこちないけど、少しずつ、前みたいに戻りつつある。だけど、僕は、ジェラルドともっと親しくなりたい。

 だから、ジェラルドに勝ちたい。


「エリスさま。お休みください」


 なのにルークは、僕を止めた。なんなら、これまでよりも、ちょっと強く。

 僕の部屋で開く、いつもの教室の後。ルークは、僕にジュースを出さなかった。持ってきたのは、僕がいつも寝る前に飲んでいるお茶。

 疲れた時は、甘いものがないと、僕は頭が働かないのに。


「どうして。ちゃんと寝てるし、ちゃんと食べてる。これまでより、ずっと休んでるよ」

「だからこそ心配なんです。無理が見えにくくなっているだけです。エリスさまはこう言われるのお嫌いでしょうけどね、がんばりすぎなんですよ。そんなに無理しなくていいんです」


 心臓が、胸の奥へ引っ込むみたいに脈打った。分かってる。ルークは、僕を心配してくれているだけだ。

 だけど僕はちゃんと寝ている。ご飯も食べてる。本当だったら勉強へ費やすべき時間を、ちゃんと休養へあてている。

 でもルークは心配そうな顔をやめない。僕は「無理してない」と、むきになって言った。


「無理なんかしてない。心配しないで。僕はもっとやれる」

「あなたは十分、やっています。十分すぎるくらいだ……」


 ルークの声が上ずって、苦しそうになった。僕は「ルーク」と、彼を見つめる。彼は怒っているのか、顔を歪めていた。怯んで、声が出ない。

 彼は僕に向かって、荒っぽく言った。


「何のために、あなたは、勉強しているんですか」

「僕のため、だよ」


 しどろもどろになる。ルークは「そうでしょうとも」と、もどかしそうに唇を噛んだ。目元を少し険しく細めて、拳を握っている。


「そんなことしなくていい。もう十分だ。あなたは勉強なんかしなくても……」

「今、勉強なんかって言った?」


 反射的に、かちんときた。でもすぐ、はっと我に返る。ただ心配してくれているだけのルークに、なんてことを。

 謝る前にルークは僕をにらみつけて、「言った」と頷いた。


「エリスさま。あなたは勉強なんかしなくていい。もっと遊んだほうがいいし、もっと楽しいことをするべきだ」


 お兄さまたちみたいなことを言う。僕は唇を噛んで、「いやだ!」と吠えた。


「いやだ。遊んだら、勉強しなかったら、成績がよくなかったら、僕はただのオメガだ。お嫁に行くしかなくなる、誰も僕の言うことなんか聞いてくれない……!」


 ルークが、ちいさく「エリスさま」と呟く。さっきまでの剣幕は、もう、僕たち二人ともになかった。

 ゆっくりと、ルークが、僕へ手を伸ばしてくれる。その華奢な手が、僕の腕をさすってくれた。でも、僕の心はすっかり冷えている。きっとルークにも、それは気づかれているんだろう。そして、ルークの心も、冷えているんだろう。

 悔しい。僕はこんなに勉強ができて、成績優秀だ。なのに家族は、オメガの僕がお嫁に行くのが楽しみだって言う。仕事に就くとか、地位を得るとか、そういうアルファだったら当たり前のことを期待してくれない。

 僕はこの家の落ちこぼれ。たったひとりのオメガ。

 努力しなかったら、みんなはもっと、僕のことなんか見てくれない。

 ルークは「ごめん」と呟いて、僕を抱きしめた。僕はその身体を抱きしめ返しながら、申し訳なさでうつむく。酷いことを言ってしまった。でも。


「分かってほしい」


 鼻を首筋へと寄せる。すん、と息を吸い込んだ。


「勉強は、僕の支えなんだ。とりあげないで……」


 もう一人の兄みたいな人。いちばんの理解者。甘えて身体を押し付けると、ルークは「分かりました」と僕の頭を撫でた。


「俺はもう止めません。でも、覚えておいてください」


 ぽんぽんと軽く僕の頭を叩いて、ルークがぎゅっと抱きしめてくれる。こんなの、何年振りだろう。それこそ、中学受験に失敗した時以来かもしれない。


「俺はあなたのことが、大好きです。あなたに意地悪したいわけじゃないし、傷つけたくないんですよ」

「分かってるよ。ルークだけは、違う」


 そんなことしなくてもいいって言う両親と、お兄さまとは、違う。ルークは僕を、ちゃんと応援してくれているんだ。

 それを、僕は。


「ごめん。ごめんね、ルーク」


 怒ってごめんなさい。言うことを聞けなくてごめんなさい。ルークの思いやりを、受け入れられなくてごめんなさい。

 僕の言わなかったことを、ルークが分かってくれたかは知らない。でもルークは「いいんですよ」と優しく言って、僕の身体を離した。


「……でも、根を詰めすぎないようにしてください。今より睡眠時間が短くなったら、俺は無理やりにでも止めますからね」

「うん。そうして」


 僕の言葉に、ルークはあいまいに笑った。

 そしてお茶を置いて、部屋を出ていった。少し冷めたお茶をすすっていると、しばらくして、また扉が開く。

 てっきりルークがジュースを持ってきたのかと思えば、リチャードお兄さまだった。身体が大きいから、お盆も、ジュースの入ったコップも、ルークが持ってくるよりちょっと小さく見える。

 驚いて瞬きをすると、お兄さまは気まずそうに「ケンカしたのか?」と尋ねてきた。誰と、とは聞かれなかったけど、心当たりならある。


「……お兄さまとは関係ありません」


 だけど、それを言ったら余計に面倒だ。

 なんでかは知らないけど、リチャードお兄さまは、ルークに強く出られない。僕とルークがケンカみたいなことになったら、絶対ルークの肩を持つ。

 申し訳ないけど、僕はこの件について折れる気はない。黙秘だ。

 口をつぐむ僕を見て、お兄さまは眉間にしわを寄せる。


「ルークが心配していたぞ。エリス、何度も言うけど、無理をする必要はないんだ。もっとのびのび生きて、自由に楽しく……」


 何度も聞いた。首を横に振る。口がへの字に曲がった。


「僕がやりたくてやっていることなんです。僕より、もっと自由にしているお兄さまから言われたくありません」

「それは、私がアルファだからだよ。アルファには、その優秀な能力を磨く義務があるんだ。オメガや、ベータを守るためにね」


 そこから先を聞きたくなくて、僕はそっぽを向いた。お兄さまは「エリス」と呆れたようにため息をつく。そんなの知ったことじゃない。

 お兄さまたちにはくだらない意地でも、僕にとっては譲れないプライドなんだから。

 アルファに能力を磨く義務があるのだとしても、それは僕の努力を妨げる理由にならないはずだ。お兄さまの意見には、納得できない。


「ジュースはここに置いておくけど、無理はしないようにな」


 黙り込む僕に微笑みかけて、お兄さまはコップを机に置いた。僕の肩を叩いて、扉を開ける。


「それから無理して、ルークをあまり困らせないように」

「お兄さまには関係ありません」


 つんと跳ねのける僕に、「意地っ張りめ」とお兄さまは肩をすくめた。

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