鉄くずの丘で、ワタシは貴方(たい焼き)を待ちました。
『たい焼きが世界を救う』改稿ver
ワタシは、ジャンクの丘に座っていました。
廃棄されたロボットさんや、錆びついた家電などが、積もっています。
潮の匂いを含んだ風に吹かれながら、お利口さんなワタシは――。
とても躾の良い犬のように、マスターの帰りを待っています。
「……食べたいなぁ」
ワタシは、空を見上げて呟きました。
ホログラムプロジェクタが、まっさらな青と、昼に浮かぶ月を映し出しています。
「マスター……。早く帰ってこないかなぁ――」
ワタシは、足をぶらぶらと動かしました。
機械のお墓の下で、野良猫さんがニャーと鳴きました。
ワタシと同じく、お腹を空かせてるようです。
ぐぅぅぅぅ……。
怒りの感情が、お腹の奥から響きました。
マスターは一体、何をしているのでしょう?
だんだん、腹が立ってきました。
用事があるとか言って、女性と戯れているだけなのではないでしょうか?
本当に、スケベな独身オトコです。
いつもいつも、こうなんです。
"リルの面倒を見なさい!"
ワタシは、心の中でそう叫びました。
……そして、少しだけ、黙りました。
…………
……
「たい焼き――」
ワタシはぽつりと、愛を告白しました。
修理屋であるマスターの特技は、たい焼きを焼くことです。
気が利かなくて、普段はボケっとしてますが、
たい焼き作りにおいては神様の域です。
寝癖だらけの銀髪に、だらしない服装。
でも顔は……ギリギリ、リルのマスターとしては合格ラインです。
リルは理想が高いので、これはとても名誉なことなのです。
「たい焼き……食べたい」
ワタシはまた、ぽつりと呟きました。猫さんは、不思議そうに首をかしげていました。
―—海辺に、レモンの木が見えます。
ワタシは、レモンは特に好きではありません。
レモンが好きなのは――
(あれ?誰だっけ……?)
その時でした。
「悪いな、リル! 遅くなった!」
独身オトコが、帰ってきました。
「……たい焼き!!」
ワタシは、少しだけ語尾に怒りを込めて、丘のてっぺんから
ちょこんと降りました。
「は?」
「マスター。早く帰って、たい焼きを食べましょう!」
ワタシはぷいっと横を向きながらも、視界の端にマスターを捉えていました。
「朝食ったばかりだろぉ?また、作らないといけないのか?」
マスターは、片手に工具袋をぶら下げたまま、困ったフリをしていました。
たい焼き作りのプロフェッショナルが、それを苦にするはずがありません。
食べさせろ、たい焼き!
(落ち着け、リル。ワタシは……もう、レディだろ――)
ハカセの言葉を思い出します。
気持ちを落ち着けます。深呼吸して――。
ワタシは堂々と、自身の権利を"宣言"します。
「大丈夫です。リルは、お腹が空いてますから」
「そういう問題じゃないだろっ?!」
マスターは、芸人さんのように、わざとらしくずっこけてみせました。
ワタシは、猫さんにペコリと頭を下げました。
ごめんね。ワタシには、主がいるんだ。
―—今度、美味しいたい焼きを持ってきてあげます。
瓦礫の坂を、すたすたと降りながら、
ワタシは前を見つめました。
二年前。この廃棄場でマスターに拾われた私。
あの時は、この世界との別れも覚悟しました。
途中で、様々な困難がありました。
でも、今ではこんなに前を向いて生きてます。
ハカセが、命を賭して……最後にワタシを守ってくれたこと。
ワタシは決して、忘れません。
おかげで、あんなに出来の悪かった私も、今では一人前の"レディ"です。
人は、別れを経験して強くなる。AIも同じです。
ハカセのおかげで、今日もたい焼きが食べられる。
……少しだけ、潮風が目に沁みました。
『人間がなぜAIを守るのか?』
ハカセのしたことは、人間の世界では、とても理解されることでは
ありませんでした。
それでも――私だけはこう言うのです。
ありがとう、ハカセ。(ありがとう、たい焼き。)
ワタシは裾で、そっと顔を拭いました。
海水が瞳のパーツに、飛んできたからです。
「ニャー」
ごろごろ。
猫さんが心配そうに、私にすり寄ってきました。
(猫さんは優しいね。)
でも……これは海水です。
リルは今日も元気に生きて、前を向くのです――
ワタシは、なにかの気配がして
……ふと空を見上げました。
空には、白い羽根の海鳥が、羽ばたいてました。
人工の空、人工の海。
そんなことには、彼らは……気づいてすらいないでしょう。
ワタシも、生まれ育ったこの偽物の美しい世界が――
唯一の故郷なのです。
ワタシにも、彼らにも、ずっとそれが本物であり。
作られたものかどうかは、関係はないのです。
これは、"レプリカの命"を守ってくれた、ハカセから学んだこと。
ワタシの、小さな矜持なのです――
廃棄場を一歩、踏み出す。
ハカセが褒めてくれた、ワタシ自慢の長い銀の髪が、ほんのりと強い潮風に
さらさらとなびきました。
ここは、ジャンクとレモンの町。
フォステタウン。
すべてが始まり、すべてが続く場所。
レモンの少女へと……、ワタシはその命をつなぐのです。
いつか――、本当の世界が始まりますように。
願いを込めて。
――――――
こちらは、本編『ポンコツAI、拾いました。―光の機体と奈落の果実』
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