不思議な三毛猫のぬいぐるみ
「わたしずっと、この棚に飾られていたんだよ。楽しそうに笑うムササビちゃんや高男さんが羨ましかったにゃん」
ミケはそう言いながらスヤスヤと寝息を立て寝ているムササビに視線を向けた。その表情は少し寂しそうだ。
きっと、あの棚からみんなの笑顔を長い年月見つめ続けていたのだろう。
「そっか、だったらこれからおもいっきり遊んでね」
「はいにゃん! わたしおもいっきり遊び働くにゃん」
ミケはにゃぱーと幸せそうな微笑みを浮かべた。その笑顔はとてもキュートで切なげでなんだかジーンとしてしまう。
それはそうとミケはこのムササビカフェ食堂にずっと飾られていたのだろうか。
わたしはミケを抱っこして厨房へ向かった。すると、ちょうど高男さんがもう一つある小部屋から出てきたところだった。
「真歌さん、雇用契約書が完成しましたよ。あれ? そのぬいぐるみ」
高男さんはわたしが抱っこしているミケに視線を向けた。
「この子棚に飾られていたんですけど……いつからこのムササビカフェ食堂に居るんですか?」
わたしは気になっていたことを尋ねた。
「う~ん? わからないよ。誰かの大切にしていたぬいぐるみだろうなと思って捨てることが出来なかったんですよ」
「高男さんのぬいぐるみじゃないんですね」
「ああ、俺がこの店に初めて来た時にはもうあの棚に飾られていたんだよ」
高男さんがそう答えたその時、わたしに抱っこされていたミケが、「わたしはずっとここに居たよ」と言った。
「え? わっ!? 今、誰が喋った?」
高男さんは目をぱちくりさせている。かなり驚いているようだ。
「この子だよ」とわたしは抱っこしているミケを指差した。
「にゃはは、わたしだよ。ミケだにゃん」
ミケは明るい声で言った。
「え~!! ぬいぐるみが喋ったよ。どういうことだよ」
高男さんがこんなに慌てるなんてちょっとびっくりした。だって、もっと冷静沈着な人だと思っていたから。
「にゃはは、わたしはこの三毛猫のぬいぐるみに宿っているつくも神だにゃん。真歌ちゃんがわたしを目覚めさせてくれたにゃん」
ミケはそう答えながらわたしの腕からぴょーんと飛び降りスチャとまたまたカッコいい着地をした。
「うわぁ~ぬいぐるみが動いているよ」
高男さんは目を大きく見開き手をぶんぶん振り回した。
「あら、びっくりしてるにゃん?」
「高男さんってムササビちゃんが喋ったり人間の女の子の姿に化けているのは当たり前のように受け入れてるのにね」
わたしとミケは顔を見合わせて言った。
「そ、それはそうですけど……ずっと、棚の上にちょこんと座っていた三毛猫のぬいぐるみが喋ったり動いたりするなんて思ってもいなかったので」
「似たようなものだと思いますけどね」
わたしは口元に手を当ててくふふと笑った。その隣でミケも口元に手を当ててにゃははと笑っている。
「それは、だって、ムササビのことも最初はめちゃくちゃ驚きましたよ。ちょっと真歌さんもえーっとミケちゃんも笑わないでくださいよ」
高男さんは頭をぽりぽり搔きちょっと照れているようだ。
「だってね」
「だってにゃん」
わたしとミケの声は揃った。
「なんか息の合った二人ですね」
高男さんはわたしとミケの顔を交互に見て言った。
「あはは、わたし三毛猫のぬいぐるみと息が合っているのかな」
「息が合ってるはずだにゃん。だって、真歌ちゃんがわたしを眠りから覚ましてくれたんだもんにゃん」
ミケがわたしを見上げている。その目はキラキラと輝き大きくてめちゃくちゃ可愛らしい。もう胸がキュンとするじゃない。
「ミケちゃん可愛い~」
わたしは、しゃがみミケの頭を優しく撫でた。ああ、柔らかくてもふもふで本物の猫みたいで癒される。
その時。
「ちょっと騒がしいね。お客さんでも来たのかな?」
ムササビが眠そうな目を擦りながらこちらにやって来た。
「あれ? その子棚の上の三毛猫のぬいぐるみだよね。動いてるよ~」
ムササビはミケに気づき指差した。
「あら、ムササビちゃんこんにちはにゃん」
「わぁ! 喋ってる~しかもわたしの名前知ってるの」
ムササビは目を大きく見開きびっくりしているけれど、高男さんほど驚いていない。やっぱりムササビ自身が変わった生き物だからだろう。
「うん、あの棚の上からずっとムササビちゃんのことを見ていたにゃん」
「わぁ、わたしってばずっと見られていたんだ。これはびっくりだよ」
「これからよろしくね。わたしはミケだにゃん」
ミケはあたふたするムササビを尻目ににゃぱっと笑い肉球のある可愛らしい手を差し出した。
「あ、ミケちゃんよろしくね」
ムササビは差し出されたミケの手をムギュッと掴み握手をする。ムササビの姿でないのがちょっと残念だ。
「よし、新しい仲間がまた増えてこのムササビカフェ食堂に活気が出てきたぞ」
高男さんはにっこりと笑い腕まくりをした。なんだかやる気満々でちょっとクスッと笑いそうになる。
「ねっ、真歌ちゃんにミケちゃんが増えたもんね。でも、お客さんは居ないけどね」
「おい、ムササビ余計なことを言うんじゃないよ」
高男さんがムササビをギロッと睨んだ。
「だって、本当のことじゃない」
ムササビはそう言って舌をぺろっと出した。そんな二人のやり取りにわたしはなんだかほのぼのとした。