三毛猫のぬいぐるみ
それからも暇な時間が続き三人で更衣室兼休憩室でトランプをしたりどこから持ってきたのか輪投げなどをして遊んだ。
夜行性のムササビは眠たくなってしまったようでテーブルに突っ伏しむにゃむにゃと寝ている。可愛らしい寝姿だ。
「ムササビちゃんは寝てしまいましたね」
「遊び疲れたみたいだね」
高男さんは棚から毛布を取り出しうたた寝をするムササビに毛布をかける。
「さて、俺は真歌さんの労働契約書でも作ってこようかな」と言って大きく伸びをした。そして、「お客さんが来るまではゆっくりしていてくださいね」と言って部屋から出ていった。
高男さんが居なくなると寝ているムササビと二人きりになり室内はシーンと静寂に包まれる。
わたしはしばらく頬杖をつきぼーっとした。寝ているムササビを見ると気持ち良さそうなのでわたしも寝てしまおうかなと思ったその時。
カタンと音がした。え!? 何だろうとわたしはちょっとびっくりして椅子から立ち上がる。そして、何気なく棚に視線を向けると三毛猫のぬいぐるみと目が合った。
大きなイエローのキラキラと輝く綺麗な目がわたしをじっと見ているように感じドキッとした。その目に惹き寄せられるかのようにわたしは、気がつくと棚の前に立っていた。
「三毛猫ちゃん……」
わたしは、三毛猫のぬいぐるみの頭に手を伸ばしそっと撫でた。すると、三毛猫のぬいぐるみが気持ち良さそうに目を細めたような気がした。
「え!? 三毛猫ちゃん今、目を細めた?」
なんて尋ねてしまった自分に「何を言っているんだか」と突っ込みそんなわけないよねと苦笑する。
だけど。え!?
今度は、三毛猫のぬいぐるみが口角を上げてニヤリと笑っていた。ウソでしょう。三毛猫のぬいぐるみが笑うなんて信じられないよ。
そうだ、これは目の錯覚だ。わたしは、両手の手の甲で目をゴシゴシ擦る。そして、目を開けもう一度三毛猫のぬいぐるみを見た。
「や、やっぱり笑っているよ!!」
そうなのだ。ニヤリニヤリと三毛猫のぬいぐるみがわたしの顔を見て笑っているのだった。
「どうして笑っているのよーー!」 とわたしは声を上げ、「 ねえ、ムササビちゃん見てよ」と振り向きテーブルで突っ伏し寝ているムササビに声をかけた。けれど、ムササビは寝息を立ててスヤスヤと寝ている。
その時。
「ムササビちゃんは一度寝るとなかなか起きないよ」と可愛らしい声が聞こえてきた。
まさか、この声は……。わたしは振り返るのが怖くて寝ているムササビをじっと見る。けれど、起きない。
恐る恐る振り返ると棚に飾られている三毛猫のぬいぐるみが「こんにちは」と挨拶をした。
「こ、こんにちは……」
わたしは思わず挨拶を返した。だけど、三毛猫のぬいぐるみが喋るなんて信じられない。
「やっと目を覚ますことができたにゃん」
三毛猫のぬいぐるみは肉球のある小さな手を口に当ててふわわぁーと大きなあくびをする。わたしは、その可愛らしい仕草に胸がキュンとする。しかもにゃんだって。って呑気にキュンとしている場合ではない。
「ど、どうして喋るの? それに動いているよね」
「はいにゃん。わたし眠りから覚めたにゃん。お目覚めだにゃん」
そう言ったかと思うと三毛猫のぬいぐるみは棚の上からぴょーんと飛び降り見事にスチャと着地した。
「わっ! カッコいい着地だ~」
わたしはパチパチと拍手をしてしまう。
「にゃはは、目覚めたとたん褒められたにゃん」
三毛猫のぬいぐるみは得意げに胸を張った。それに二本足で立っている。
「あ、あなたは何者かな? ムササビちゃんの仲間かな?」
「う~ん、ムササビちゃんとちょっと違うかな。まあ、似たようなものだけどね。 ムササビちゃんは普通のあやかしだよ。わたしはつくも神のあやかしだにゃん」
三毛猫は首を橫に傾けながら言った。
「はぁ? つくも神って何かな?」
「つくも神は長い年月を経た物や道具に宿った精霊だにゃん」
「長い年月を経た物や道具に宿った精霊?」
わたしは意味がわからず首を傾げる。
「簡単に言えばわたしはこの三毛猫のぬいぐるみ宿った精霊だにゃん」
わたしは得意げな表情の三毛猫のぬいぐるみをじっと見て「それってそのぬいぐるみに取り憑いているの?」と尋ねた。
「ち、違うにゃ~ん!
つくも神らしい三毛猫のぬいぐるみはぷりぷり怒りわたしを睨む。可愛らしいけれど、その顔はちょっと怖いよ。
「わたしは百年間大切にされていたこの三毛猫のぬいぐるみに宿ったつくも神なんだからにゃん」
「はぁ? そうなんだね。どうもレトロなぬいぐるみだなと思っていたら百年間経ってるんだね」
「そうだよ。わたしレトロ可愛いでしょ?」
三毛猫のぬいぐるみはえっへんと胸を張る。
「うん、可愛いね……それでどうして可愛らしいつくも神さんは今目覚めたのかな?」
「わかんにゃいけどあなたが起こしてくれたんだにゃん。お姉さんお名前は? わたしはミケだよ」
そう言ってミケはぺこっとおじきをした。やっぱりその姿はとても可愛らしい。
「わたしは花宮真歌です。ミケちゃんよろしくね」
わたしもぺこりとおじきをした。
「真歌ちゃん起こしてくれてありがとうにゃん。さあ、はりきって暴れるにゃん」
「え! 暴れるって……」
わたしはびっくりして身構えてしまう。
「うにゃ、この世界で楽しむってことだよ」
ミケは不思議そうに首を傾げきょとんとする。
「なんだ、暴れるなんて言うからびっくりしたよ」
わたしはほっと胸を撫で下ろした。