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新しいお客さん

こちらに向かって来る人の姿が見えた。山なので登山客がいるのは全然おかしくはないけれど、その人はこのムササビカフェ食堂に足を向けているようなのだ。


「あ、お客さんがやって来たみたいですね。まだ、開店前なんだけどな……」


「あら、お客さんですか? 楽しみです~」


真昼さんは楽しそうに箒をくるくる回しながら落ち葉をかき集める。


「初のお客さんですもんね」


なんて話をしているとその人はどんどんこちらに近づいて来る。


どうやら女の子の姿になる前の真昼さんと同じくらいの年齢の女性のようだ。赤のセータに黒のパンツを穿いたおばあちゃんだ。ってちょっと待って!


「え!? ウソでしょう」


わたしは目を見開きそのおばあちゃんをじっと食い入るように見てしまった。


「真歌さんどうしましたか?」


「あ、あの人」

「え? あの人ってこちらに向かって来てる女性のことですか? ごく普通の女性に見えますけど?」


真昼さんは不思議そうに首を横に傾げわたしの顔を見た。


「だって、あの女性は……」


そうなのだ。あの女性は……。


「わたしのおばあちゃんなんですもん!!」


わたしは思わず大きな声を上げてしまった。


「え? 真歌さんのおばあちゃんなんですか?」

「はい、そうですよ。でも、どうしておばあちゃんがこのムササビカフェ食堂に来るのかな?」


と、そこまで言ったところでこちらに向かって来るわたしのおばあちゃんと目が合った。おばあちゃんも目を丸くしている。どうやらわたしと気づいたようだ。


そして、おばあちゃんは「真歌ちゃんだよね?」と言いながらわたしの目の前に立つ。


「お、おばあちゃんどうしてここに来たの?」


「突然高尾山に登りたくなったのよね」


わたしの問いにおばあちゃん頬に手を当てて答えた。


「え! 突然っておばあちゃんは大阪に住んでいるよね。旅行してるの?」


「はて? 旅行中と言うか気づくと新大阪から新幹線に乗り東京へやって来たのよね」


おばあちゃんは不思議そうに首を横に傾げている。自分の行動がわからないなんてまさか……いいや、そんなはずないよ。おばあちゃんはしっかりしているんだもんね。


「真歌ちゃん?」


「ねえ、おばあちゃん東京駅に到着後すぐに高尾山に向かったの? 軽装で大きな荷物を持ってないけど……あ、ロッカーに預けたのかな。うん、そうだよね」


わたしは、小さな手提げカバンしか持っていないおばあちゃんを眺め勝手に推理し納得した。だって、そうじゃないとおかしいじゃない。




「ロッカーになんて預けていないわよ」

「へ? 預けていないってその小さなカバンだけ持っておばあちゃんは東京にやって来たの?」


わたしはおばあちゃんのお弁当箱が入るサイズの小さなトートバッグをじっと眺めながら尋ねた。


「そうみたいね……」


おばあちゃんは、まるで他人事のように返事をする。


「ねえ、今日はお父さんとお母さんの家に泊まるんだよね?」


おばあちゃんが東京こっちに来るなんて両親から聞いていないなと思いながら尋ねた。


「う~ん、あら、わたしどうしたのかしら?

記憶にないわ。どこに泊まるのかしら……」


おばあちゃんは困ったように眉間に皺を寄せる。


「ああ、 もうおばあちゃんってばどうしちゃったのよ。まあ、いいや、わたしここで働いているから中に入って」


わたしは木製の扉をガラガラと開けながら言った。


「うふふ、真歌ちゃんはここで働いているんだね。なんか良い雰囲気のカフェ食堂だね」


おばあちゃんはニコニコと笑いながら店内に足を踏み入れた。 その後に真昼さんも続く。


「いらっしゃいませ~ムササビカフェ食堂にようこそ~」

「ようこそ~」


高男さんとムササビは両手を横に広げ満面の笑みを浮かべた。その隣でミケは天狗焼きを大きな口を開けて食べている。


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