ムササビの正体
わたしは、ムササビの真っ直ぐ見つめてくるその目に吸い込まれそうになる。
「真歌ちゃんはムササビは見たことがあるじゃない」
ムササビの大きな黒目がキラッと輝く。これはなんだか嫌な予感がする。わたしは、その答えを聞きたくないのに「それってどういう意味?」と尋ねてしまった。
「うふふ、それはもちろん目の前にムササビが居るからだよ」
ムササビはさも当然という顔をした。
「……それは、名前がムササビちゃんってことだよね?」
「うん、 わたし名前もムササビだよ」
「名前も……」
「そうだよ、名前もムササビだからありきたりと言ったんだよ」
ムササビは口を尖らせている。
「ムササビちゃんは何を言ってるのかな?」とわたしは尋ねた。
「それは、わたしがムササビって動物だからだよ~」
ムササビはそう答え胸を張った。
「あはは、ムササビちゃんってば冗談言わないでよ」
わたしは、あははと笑ってみせた。けれど……。
「おい、ムササビ、もう正体をバラしたのかい」
高男さんがやれやれという表情で肩をすくめた。
なんてまさかの言葉が高男さんの口から飛び出した。
「えへへ、ちょっと早かったかな~」
そう言って照れたように頭をぽりぽりと掻いたムササビは……ってちょっと待ってくださいよ。これは一体どういうことなのだろうか。だって……。
「ム、ムササビがーーーーーー!! いる~!」
わたしは、大声を上げて叫んでしまった。だって、目の前で頭をぽりぽり搔いている生き物はリスやモモンガを大きくしたようなムササビだったのだから。
「ん? 真歌ちゃんそんな大声を出してどうしたの?」
ムササビは首を横に傾げきょとんとしている。なんかめちゃくちゃ可愛らしい姿ではないか。なんて、キュンとしている場合ではないよ。
「あ、あ、あなたはムササビちゃんなの?」
「うん、そうだよ」と人間の女の子の声で即答されてしまった。
「人間の女の子じゃなくてムササビだったの?」
そんなバカなことがあるなんて信じられないけれど、目の前にいる動物はもふもふなムササビの姿をしているのだから仕方がない。
これが現実だと受け止めるしかないようだ。
「うふふ、ムササビの姿も可愛らしいでしょう?」
なんて言って照れたようにムササビは笑った。動物なのに表情豊かだ。
「ムササビちゃんは人間の姿に化けていたの?」
「ちょっと、それじゃあ化けムササビみたいじゃな~い」
そう言ってムササビはもふもふなほっぺたをぷくっと膨らませた。
「だが、本当のことだよな」
高男さんはククッと可笑しそうに笑いぷくっとほっぺたを膨らませているムササビの頭を優しく撫でた。
わたしは、ククッと笑う高男さんとぷくっと膨れながらも怒っているわけではなさそうなムササビのやり取りをぼーっと眺めた。
不思議なカフェ食堂に来てしまったというのにわたしの心は和みぽわっと温かくなっている。
「あの、このカフェ食堂は二人でやっているんですか?」
わたしの問いかけに高男さんとムササビはほぼ同時にこちらに振り向き、「そうですよ」と高男さんが答え、「でも、時々お友達がお手伝いに来てくれるよね~」とムササビが言った。
「そうなんですね」
お客さんもそんなに多くなさそうだし二人で切り盛りしていけそうだよねと思った。
「でも、真歌ちゃんがわたし達のカフェ食堂を見つけてくれたことは意味があるのかもしれないね」
「うん、たしかに。このカフェ食堂を見つけてくれた人は少ないからね」
ムササビと高男さんは顔を見合わせ頷き合っている。
「ここは高尾山で山登りのお客さんが大勢来る場所だと思うんですけど、そんなに閑古鳥が鳴いているんですか?」
わたしは大きな窓から見える自然と大勢の登山者が行き交う様子を眺めながら尋ねた。
「う~ん、視える人が少ないからね」
「そうなんだよな……」
ムササビと高男さんは困ったように言った。
「見える人?」
首を傾げるわたしにムササビが「このカフェ食堂は普通の人間はなかなか視ることができないみたいなんだよね……」と言った。
これは、なんだか雲行きが怪しい。