今日はお疲れ様と夜の高尾山
ムササビカフェ食堂に戻ると高男さんが紅茶を淹れてくれていた。
寒い外から帰ってきたわたし達三人は紅茶を飲み身体の芯からぽかぽかほっこりと温まった。
「真歌さん今日はお疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「明日もよろしくお願いします」
「はい、明日もよろしくお願いします」
高男さんがカフェの外まで出てきて挨拶をしてくれた。
「では、気をつけて帰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ムササビとミケも出てきて、「真歌ちゃんまた明日ね」、「真歌ちゃん、また明日にゃん」と言って手を振ってくれた。
わたしは「また明日ね」と言って手を振り返す。良い職場が見つかり幸せ者だなと頬を緩ませ歩きだしたところであることに気がついた。そうここは高尾山だった。
カフェの前は街灯があったし山から見える夜景はとても綺麗でうっとり眺めていたのだけれどここは山の中なのだ。
そう、山の中なんだよ。しばらく歩くと辺りは真っ暗ではないか。漆黒の世界だよ。ケーブルカーは終了しているので歩いてこの暗闇の中を下山するしかないのだ。
「うわぁ~こんなに暗くなるなんて知らなかったよ~」
わたしは思わず叫んでしまった。
そして、背負っていたリュックを下ろしファスナーを開けごそごそし懐中電灯を見つけ取り出す。
ほっとしたわたしは「良かった~懐中電灯あった~」と声を上げ懐中電灯をつけた。
すると、ぱっと周囲が明るくなり何がぽわんと浮かび上がった。
「え!? 何?」
目の前には懐中電灯の光に照らされた四体のお地蔵さんと二体のお稲荷さんがぽわ-んと浮かび上がっているように見えた。
「わっ、こんなところにお地蔵さんって居たっけ!」
わたしはびっくりして思わず声を上げてしまった。
夜の高尾山は真っ暗な闇に包まれ登山客が行き交う昼間とは違う世界を見せつけてくる。これは懐中電灯がないと怖すぎる。
そして、虫の鳴き声やガサガサと動物が動くような足音が聞こえてくる。
その時、ブルルルー、ブルルルーと動物の鳴き声が聞こえてきた。
「あ、この鳴き声はムササビだよね?」
わたしは、生い茂る木々や星が輝く空を眺めながら言った。でも、あの『ムササビちゃん』ではないと思う。
その時、飛膜を広げて空を飛ぶムササビが視界に入る。きっと、あの人間の女の子の姿に化けるムササビの仲間だろう。
「うふふ、なんかカッコいいな~わたしも空を飛べたらな~」
ムササビが木から木に飛び移るその姿を眺めわたしは呟いた。自然はこんなに近くにあったんだな。
今までのわたしは目の前のものしか見ていなかったのかもしれない。それに興味もなかった。だけど、こうして澄んだ空気の山道を歩いていると神秘的な世界に出会え幸せな気持ちになれる。
この高尾山にやって来たことはこれからの人生のプラスになるだろう。
わたしは真っ暗な山道を足下に懐中電灯の光を照らし大きな歩幅で歩いた。
わたしは川のせせらぎを聞きながら身体にマイナスイオンをたっぷり浴び癒されながら歩いた。ここまで来るともうすぐ高尾山の入り口にたどり着くだろう。
あと少しだよ。頑張れわたしと自分を励まし大股で山道を歩く。それからしばらくすると遠くに明かりが見えてきた。
ほっとして体の力が抜けそうだ。あと少し、頑張れ頑張れわたし。心の中で自分自身を応援し一歩一歩確実に前に進む。すると、その時、シャッターの下りたお土産街が見えてきた。
「ああ、やっとたどり着いたよ~」
わたしは両手を上げてバンザイをした。「戻って来たよ~」
ただ、山を下山しただけなのにこんなに嬉しいなんてなんだかおかしくなりクスッと笑ってしまう。
でも、嬉しいんだもん。仕方がない。
そして、高尾山口駅の明かりが見えて来た。さあ、家に帰ろう。
「また、明日会おうね、高尾山~」
わたしはニンマリと笑い電車に乗った。今日は不思議で楽しい一日だった。さあ、家に帰ってゆっくり休もう。
最寄りの駅に着くとわたしは笑顔を浮かべ歩きだした。なんだか体が軽やかだ。




