懐かしい匂いと料理
「そうなんですよ。この菜っ葉の煮物もお好み焼きも田舎の母の料理を思い出す味なんですよ」と答えうふふとお客さんは微笑み浮かべた。
「お母さんの料理をですか」
「はい、母の味を思い出しました……この菜っ葉の煮物は少し苦味があるけど油揚げと良く合っていてとても美味しいです。でも、子供の頃は美味しいけどにが~いって言ってたんです」
お客さんはそこで緑茶を一口飲み喉を潤してからまた、話し始めた。
「この懐かしい思い出の味定食は何気なく注文したんですが味もさることながら家族で囲んだ食卓を思い出しました。それで久しぶりに田舎に帰ろうかな~と思いました」
お客さんはにっこり笑い、「それとこのお好み焼きも母が一枚一枚家族の為に焼いてくれたのを思い出しました」と食べかけのお好み焼きに視線を落とし言った。
「偶然の不思議な料理との出会いですね。わたしもこの菜っ葉の煮物を食べたんですけど田舎のおばあちゃんが作ってくれた味を思い出しましたよ」
わたしはそう言いながらさっき知っていると感じた味はおばあちゃんの菜っ葉の煮物だったんだと答えが出た。
「店員さんもこの菜っ葉の煮物を食べておばあちゃんを思い出したんですね!」
お客さんは目を見開きわたしの顔を見た。
「はい、わたしも菜っ葉の煮物苦いよ~って言って食べていたんですよ。でも食べてるうちにクセになる美味しさに変わったんです」
わたしはおばあちゃんの笑顔と菜っ葉の煮物にそれから懐かしい匂いを思い出していた。
「なんだか不思議な偶然ですね。わたしも店員さんも懐かしさを感じる料理だなんて」
「はい、そうですよね。この料理を食べるためにわたし達はここにいるみたいですね」
もしかするとわたしもお客さんもこの『ムササビカフェ食堂でごゆっくり』にこの料理を食べるために引き寄せられたのかもしれないなと思った。
「うふふ、案外そうかもですね」
お客さんは楽しそうに笑いながら菜っ葉の煮物に箸を伸ばした。
「では、ごゆっくりどうぞ」
わたしはにっこり笑い厨房に戻った。
「真歌さん、お客さんと話が弾んだんですか?」
厨房に戻ったわたしに高男さんが聞いた。
「はい、お客さんと思い出の懐かしい味で盛り上がっていました」
「やっぱりお客さんも真歌さんもこの料理が懐かしいんですね。あ、冷めないうちに早く食べてくださいよ」
「え? やっぱりって……」
わたしは小さな椅子に腰を下ろし首を横に傾げる。
「高男さんは人の食べたいものを感じ取る能力があるんだもんね~」
ムササビがニヒヒと笑い高男さんとわたしの顔を交互に見る。
「まあ、そんなところかな? あのお客さんと真歌さんは雰囲気は全然違うけど何となく食べたいものとか似たところがあるのかなと思ったんですよ」
高男さんはふふっと笑った。
「そうなのか。だからわたしもあのお客さんもこの不思議なムササビカフェ食堂にたどり着いたのかな?」
わたしは菜っ葉の煮物とそれからお好み焼きを頬張りそうなのかもしれないなと感じた。




