05少しの変化
「今日のホームルームはちょっと特別だぞー!」
担任の明るい声が教室に響いた金曜日の午後。
中間テストが終わったばかりの空気に、どこか気の抜けた雰囲気が漂う中、教師の手にはカラフルなプリントが数枚。
「というわけで、クラス内イベント!チーム対抗クイズ大会をやるぞ!」
教室内がざわついた。
「やったー!」と喜ぶ声もあれば、「えー、めんどくさ」とボヤく声も混じる。
神谷光希はといえば、窓際の自分の席で小さくため息をついていた。
(こういうの、苦手なんだよな…)
内心そう思いながらも、担任の「全員参加だからなー!」という声が後押しとなり、逃げる隙もなくチームに割り振られていく。
「じゃ、チームはこれね。1組、柚月・清水・神谷・他2人!」
その瞬間、神谷の脳内に一瞬の静寂が走った。
(……なんで、よりによってあの二人と)
斜め前に座る柚月は、相変わらず明るく手を振って「よろしくね」と笑う。
その隣で翔太も「あー、光希も一緒か。これは勝つしかないな」と気さくに笑っている。
(悪い人たちじゃないけど……なんか、居心地がいいとは言えない)
そんな戸惑いを抱えたまま、クラスは体育館へ移動した。
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体育館では、簡単なパーテーションで仕切られた各チームの席が並んでいる。
白いボードに大きく「チーム対抗クイズ大会」と書かれていて、司会役の生徒が前に立つと、なんとも言えない本格的な雰囲気が漂いはじめた。
「ルールは簡単!早押しで正解したら10点、チームごとに答えてもOK!優勝チームには景品あり!」
「景品ってなにー?」
「ジュース券らしいよ!」
生徒たちがワイワイ盛り上がる中、神谷は椅子に座りながら無意識に深呼吸をしていた。
「神谷くんって、こういうの苦手?」
ふいに柚月が声をかける。
彼女はゲームが始まる前でも、どこか余裕のある笑顔で周囲を明るくしていた。
「……まあ、あんまり得意じゃない。」
正直に返すと、柚月は「だよね~」と笑った。
「でも、意外とそういう人が良い答え出したりするんだよ。ひらめきとか。だから、頼りにしてるよ。」
彼女のその何気ない言葉に、神谷の胸に微かなざわめきが生まれた。
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そしてゲームが始まる。
「第一問!“日本で最も高い山は何でしょう?”」
「はい!富士山!」と別のチームが速攻で答え、正解。
「第二問!“五円玉に描かれている植物は何?”」
神谷がふと口を開く。「稲、だと思う。」
「……それ、正解だよね?先生、答えます!稲!」と翔太が勢いよく手を挙げ、正解を取った。
「あ、やるじゃん!」
「おお、神谷ナイス!」
その小さな成功体験が、ほんの少し、神谷の表情を和らげた。
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「第7問。“太陽の次に地球に近い恒星は何でしょう?”」
「えーっと……なんだっけ?」
「え?知らない……」
クラス内に戸惑いが広がる。
そんな中、神谷が小さくつぶやく。
「……プロキシマ・ケンタウリ。」
すぐそばにいた柚月が、その声を拾った。
「先生、それで答えます!プロキシマ・ケンタウリ!」
「正解!」
歓声とどよめきが広がる。
驚いた表情のクラスメイトたちが一斉に神谷の方を向く。
「さすが神谷!すごっ!」
「なんでそんなマニアックなの知ってんの!?」
翔太が笑いながら声をかける。「あれか?科学者の息子ってやつか?」
「……まあ、親がそういうのばっか研究してるから、家で自然と耳に入ってくるんだよ。」
「かっけぇな~、なんか。」
神谷は少しだけ頬をかきながら視線をそらすが、その頬はわずかに赤く染まっていた。
そんな様子を柚月は見て、ふっと笑った。
「ちゃんと、話せば分かる人なんだよね、神谷くんって。」
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クイズ大会が終わり、クラスはひとしきり盛り上がった後、解散となった。
廊下に出た神谷は、いつもならすぐに自分の世界に戻るように帰るところだったが、今日は少しだけ足を止めていた。どこか、今までと違う空気が胸の中に残っていた。
「神谷くん!」
後ろから声をかけられて振り向くと、そこには柚月がいた。明るい笑顔の中に、どこか柔らかい優しさが滲んでいる。
「さっきの、ほんとにありがとう。プロキシマ・ケンタウリなんて、私絶対わかんなかったよ。」
「……別に。たまたま知ってただけ。」
神谷は照れたようにそっけなく答える。けれど、その視線は柚月の顔から離れなかった。
「でも、そういうのってすごいことだと思う。神谷くん、なんか頼れる感じしたもん。かっこよかったよ。」
その言葉に、神谷は一瞬だけ言葉を失った。
「か、かっこ……いや、そんな……」
「ふふっ。反応が可愛い。」
からかうような笑顔で柚月は笑い、それから少しだけ視線を落とした。
「……神谷くん、普段あんまり話さないから、ちょっと話しかけづらかったけど。なんだろう、こうやって話すと、ちゃんと自分の言葉で返してくれるんだなって思った。」
「……」
「私ね、人に頼られるのは好きだけど……自分が頼るのは、苦手だったんだ。」
それは、少しだけ心の中を覗かせるような言葉だった。
神谷は、そんな柚月の言葉を静かに受け止める。そして、まっすぐ彼女の目を見る。
「もし、辛いことがあったら……無理に笑わなくていいと思うよ。」
その一言に、柚月の目が少しだけ潤んだように見えた。
「……うん。ありがとう。」
二人の間に、静かな風が吹いた。
夕焼けが廊下の窓から差し込み、影を長く伸ばしていく中
神谷と柚月の距離は、また少しだけ近づいていた。