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90 強い味方


「…?!」


「…ヨルアさん…?」


イトリアの件は一切知らない風のグエン側から接触のあったウェスラーとその部下達と一緒に対応について打ち合わせしていたヨルアが、その最中に急に黙り込んでしまう…


「…今、ラフェン経由でレベンの呼び掛けが……彼の近くにはやはりイトリアさんはいます。…彼等の正確な現在の位置も……ああやはり…二重三重の仕掛けで居場所を隠してた訳ね…ちょっと失礼。タニアちゃん、続きをよろしく…」


そう言って後の説明をタニアに託し、ウェスラー達から離れながら耳に手をやるヨルア…


「え?…あ…えっと、その場所はどうもテイホの軍事関係の施設っぽいのですが、私達能力者の対策が凄くて…?…何?これ…分身…?イトリアさんの気配が複数…」


「分身…?訳が分からん…」


「…確かなのは、今現在もイトリアさんは生命に別状はありません。奴等は彼女を殺める意思は無さそうなのですが…彼女の精神状態がちょっと…心配な状況です。」


「…救出の具体策は…?」


ラフェンの意識を通してイトリアの居場所に意識を集中しようとするタニアに詰め寄るウェスラーだが…


「あ、ソフィア?ラフェンはもうマリンちゃんのいる場所に着いたみたいだけど、彼は今レベンからイトリアさんの情報を受け取ったわ。…その説明は後でね。で、計画変更で悪いけど大至急でマリンちゃんのいる場所にあなたも行って欲しいの。ラフェンにはイトリアさんの事には構うなと…こちらに任せて今はマリンちゃんの問題に集中してって説得し続けて。じゃないと…いや、とにかくお願いね。」


と、言いたい事だけ畳み掛けるように言って通話を切ったヨルアが、そのままウェスラーに近付き、


「ウェスラーさん…先程も言いましたが、これからグエン側はあらゆる方法で揺さぶりをかけて来ます。イトリアさんの捜索と保護には私達は全力を尽くしますので…あなた様はとにかく、今メクスムを背負う者として常に冷静さを失わずに思考して頂きたく、お願い致します。…もうすぐ強力な援軍が来ますから、どうか…」


「…強力な援軍?君等よりか?冷静さが大事なのは分かっているが、今はさすがに厳しいな…だが向こうのつけ入る手段なら国家元首として死守せねばならないな。」


苦悩を滲ませながらも、そう言ったウェスラーだが…


彼の今の精神状態が見えてしまうヨルアとタニアは、過去の忌々しい事件が幾度となくフラッシュバックしている彼に限界が訪れる前に、早くイトリア達を救い出す必要に迫られている事をヒシヒシと感じてしまうのだった。


「……」


そして、側に控えているデュンレも…


本来ならウェスラーをしっかり支えるべき立場だが…彼の心労もかなり深刻な状態だ。


そして何より…


ウェスラーと同じトラウマを持つ今のイトリア自身の精神状態が深刻で…


既に崩壊へのカウントダウンを始めてしまっている事が、ヨルアとタニアの2人を酷く焦らせていた。





「…なぜここにいるんだ?」


「一緒に連れて行って欲しいからに決まってます。」


儀式を終えハンサに軽く目配せして抜け出し、そのままこっそり駐車場に向かったナクスが不機嫌そうに問うと、車の側で笑顔で待ち構えていたゼリスは悪びれもせずに即答する。


「早く戻りなさい。ダメに決まっているだろ?君は…」


「…セレスの長です。ハンサさんやイレン様の支えがなければ現状は力不足過ぎる…ね。それに、今はティリの長であるあなた様に言われても…です。何より、セダル様も望まれているからあの時、貴方様と一緒にあの方の部屋に呼ばれたと私は理解してましたが…?」


「……」


さて、このじゃじゃ馬娘をこれからどうやって振り切ろうと真剣に思案し始めるナクスだが…


だがあの時…


なぜゼリスを同席させたかのセダルの意図をナクスはずっと計りかねていたのも確かで…


セダル様…これは貴方様のご意思なのですか?


ナクスとしては、出来る事ならゼリスを危険な場所に連れて行きたくはない。


だから、彼女がイレン様と話し込んでいた隙を見てやっと抜けて来たのに…


「ナクス様。私は一度セダル様を疑い…結果としてあの方に欺くような事をしてしまいました。だから…あの時にあの方も仰っておられましたよね?原始の頃は別として、ミアハの歴史の中で今ほど我が種族の原始に近い能力の発現者が現れた記録はない、と…それはこの民だけでなく、アリオルムがそれだけ深刻な状況に置かれていると言えるのかも知れないとも…。だから私は授かったこの能力もきっと意味があると思うのです。」


「俺は行かせたくないんだよ。君に何かあったらおばちゃんは…」


いや、おばちゃんだけじゃない…


なのに…


ナクスはゼリスの真っ直ぐな視線に抗えないモノを感じ、思わず目を閉じる…


「どうかお願いです。ご一緒させて下さい。きっとお役に立って見せますから…」


ゼリスは自分と目を合わせようとしないナクスの側に駆け寄って、彼の両腕を掴み懇願する…


「…どうか…」


…初めて会った時、


この娘はとても不安気で…どこか思い詰めている感じが常にあって…


出会った時から放って置けない存在だった。


だけど、一方で彼女の話を聞くのもおばちゃんの為という義務感も正直あった。


なのに…


豊かな才能ゆえに妬まれ、先輩からは任務に関してのプレッシャーを強くかけて来られて、師であるイレン様以外に心を開いて話せる人が作れないままずっといたゼリス…


その様子はまるでいつかの俺…


[泣かないでナクス…あなたのその力はかつてのティリの偉大な力なの。女神様に選ばれし存在なのだから、誇りに思うべきよ。]


力のコントロールが上手く出来なかった幼い頃は、自分の能力をバカにしてくる近所のガキ大将に何も言い返せずに泣いていた自分を、いつも優しく励ましてくれたのはあの人…


美しく、いつも自信に満ち溢れていた人なのに…


深く愛した男に自分の能力を恐れられ…遂には拒絶されてしまってからは、様子がすっかり変わってしまっていた。


そんな彼女をなんとかしてあげたかったけれど…


彼女は生き急ぐかのように、愛の狂気に身を任せて…


何も出来なかった。


「……」


幸い、今のゼリスの側にはイレン様がいた。


だが頼りたい師であるイレン様も対人関係に関しては不器用な一面もあったりで…


そんなゼリスは、話をじっくり聞いてあげるだけでとても嬉しそうな顔をして…会う度に表情が和やかになり明るくなって行ったように見えてホッとしていたが…


彼女と接している内に、どこか義務感で接していた自分自身にも変化が起こっていた。


ゼリスとの会話を普通に楽しんでいる自分がいて…


やがて、無意識に彼女の姿を探してしまっている事にナクス自身は気付き、戸惑っているのだ。


「…君のその気持ちは分かるんだ。だけど……!…」


「…お願いです…私を置いて行かないで。私はヌビラナへは連れて行ってもらえなかった。当時は女神様からも信頼されてない状態だったから仕方ないとは思うんです。でも…ヨハ君はあんな状態になってまでミアハを守ろうとしているのに…タニアさんだって…ミアハを思う気持ちは従兄弟達に負けたくないんです。どうか…」


いきなり抱きついて懇願し、尚も自分を見ようとしない彼を悲しそうに見上げているゼリスを、ナクスは観念したように複雑な表情で見下ろす…


「…そうだな…それを言われてしまったら俺も同じ思いだ。…ったく…下手に単独で動かれても困るしな…」


それに…


まだ早朝とはいえセレスで…然もミアハは今、実質既に喪中に入っているのだ。そんな状況で男女の長同士が抱き合ってるなんて噂がもしも立てば、今のミアハにもこの子にも悪影響しかないと危惧したナクスは、強引にゼリスの身体を引き剥がした。


「いいかゼリス、これから全て私の指示に従うと約束してくれ。それが君を連れて行ける条件だ。」


「はい!勿論です。ありがとうございます。」


ナクスの了承に涙を零しながら破顔し、ゼリスは強く頷いた。





「…ご理解頂けましたでしょうか?」


「…はい。これでも私はリクシュの母のつもりです。あの子が私のお腹にやって来てくれた時から…どこかで覚悟は決めていました。」


つい1時間前にアネセケルの地下神殿で重要な儀式を終えたティテヌは、儀式の主役であったリクシュ等を応接室で待たせて、自身の書斎にヒカを呼んで折り入った話をしていた。


…そう…ヨハと結ばれるという事は、普通の人とは違う面でいずれ様々な覚悟を迫られるのではないかと…


ヒカは心のどこかで思っていた事だ。


それが早いか遅いかだけの事で…


けれど感情面で全てが整理出来ている訳でなく…


ヒカは込み上げて来る様々な思いを必死に飲み込んで、対面に座すティテヌに努めて平然と答えた。


「ヒカさん…貴方様は今までもこれからもリクシュ様のお母上です。ヨハさんと3人で穏やかに過ごせる時は必ずやって来ますから…いや、その日を引き寄せる為に、今しばらく私達は踏ん張らねばなりません。それに…リクシュ様はもう…今のミアハの状況を把握し、ご自身の役割を理解されているご様子です。今は亡きセダル様の声を聞きながらあの方が動き出す事を、どうか止めないで差し上げて下さいませね…」


ティテヌの話を聞きながら、堪え切れず溢れ出すヒカの涙を…彼女はそっと腕を伸ばしてハンカチで優しく拭った。


「あ…ありがとうございます。はい、リクシュはこんな私を母に選んでくれたのです。私は親として最後まであの子を信じて守り抜きます。」


そうだ。


そもそも、命懸けでミアハを守り、こんな私を愛してくれたヨハの気持ちにも報いたい…


泣いてる暇なんて、私にはないのだ。


「ではミアハに戻ります。戻って、リクシュと共にあの方を起こします。」


ヒカは自身の袖でも涙を拭い、勢いよく立ち上がった。


「はい、よろしく頼みましたよ。リクシュ様のお陰で我等がアリオルムの女神の泉にも、女神ユーソンニとの約定のエネルギーを頂く事が出来ました。エルオの女神様には久しくこの地に留まって頂けますよう、私共も全力でミアハの民を応援して参ります。」


ヒカの言葉の中に前向きなエネルギーをしかと感じたティテヌも嬉しそうに立ち上がり、ヒカの方に回り込んで彼女を抱きしめた。


「はい、頑張ります。こちらこそ…心強いお言葉をありがとうございます。」


ヒカもその言葉に応えるように、ティテヌを強く抱きしめ返した。






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