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88 目覚めぬ父と喋らぬ子

お知らせ


いつも拙い文章をお読み下さり、ありがとうございます。


この88話で年内の更新は最後となります。


年内の完結を予定しておりましたが、物語のボリュームが予想以上になってしまいました。


ここまでお付き合い頂いた方々には本当に感謝の気持ちしかありません…


来年の更新は10日以降を予定しております。


もしもご興味がありましたら、完結までお付き合い頂けたなら幸いです。



貴古由


「ヒカ、起きて。支度しないと…」


「あ……はい…」


研究所に移動した翌日…


未明の時間帯にエイメに揺り起こされたヒカは、慌てて起き上がるも…


「……」


軽い眩暈に思わず額を押さえる。


「…大丈夫…?」


慌ててヒカの上半身を支えるように手を添えたエイメ…


エルオの丘の中ではおよそ急がされる事がなかった生活だったが…時間を意識して支度しようとする感覚に懐かしさすら覚えるヒカだが…


身体がやけに重い…


と、


誰かがそっと手に触れて来る感触に、ヒカは改めて目を開く…


「…リクシュ…」


ヒカと目が合うと、リクシュは彼女の手をギュッと握りながらニコッと笑いかける…


「…リクシュはちゃんと時間前に起きていて、自分でパジャマを脱いで私が着替えさせるのを待っていたのよ。あなたは本当にお利口さんね…」


エイメは愛おしそうにリクシュの頭を撫でる…


そんなエイメをリクシュも嬉しそうに見つめていた。


…あれ…?


「おはよう…お母さん、リクシュ…」


ヒカはそう言ってベッドから足を下ろし、一旦そこに腰掛ける。


…身体が軽くなった…


それに眩暈も治った…?


「…体調は…大丈夫そう…?」


「…リクシュが私の手を握ってくれたら楽になった…かな?」


心配そうに見つめるエイメに、ヒカは笑顔で答えた。


「そう…良かった。リクシュは凄いね…ママ元気になったって。」


安心したように微笑むが、どこか複雑な表情のエイメ…


「…あ…早く着替えないとハンサさんが来ちゃうね。寝坊してごめんなさい…」


「あら大丈夫よ。私もリクシュに起こされたようなモノだから…じゃあ支度しちゃおうか…」


時計を見ながらすまなそうに立ち上がるヒカに、エイメも意識して笑顔で会話する…


「はい。」


ヒカはまず洗面する為に歩き出した。


「……」


…似たような場面が以前…


あの時はヨハがエイメの立ち位置で…ヒカの世話をあれこれ焼いてくれていた…


「……」


エルオの丘の内部は既に外と同じ時間の流れに戻り、既にハンサや長達がごく普通に…そして頻繁に出入りしているようだった。


こちらに戻った時点でヒカは、長老セダルの崩御を初めて知らされた。


リクシュを産んで1ヶ月が過ぎようとしても、セダルは一向に姿を見せず…


その不自然さを誰も指摘しない事で、ヒカはなんとなく…それは感じていたかも知れない。


それにマナイの塔の上に1人眠るヨハの経緯も…ヒカ自身から尋ねるまでは、誰も彼の話題は避けていた気がする。


つまり…


ヨハの安否はそれだけ深刻さを孕む故に…周囲は自分の悲観的な反応を恐れているのだと、ヒカは程なくして察した。


毎日フィナが彼の心音を確認していたが…リクシュが生まれてヒカ自身が動けるようになってからは、それはいつの間にやらヒカの担当になっていた。


…そして、未だ彼は目覚めず…


こんなにも長くヨハの声が聞けないのは生きて来て初めてで…


ヒカの懸念はあまりに深刻過ぎて、泣く事も出来ないでいた。


「…ヒカ…?」


こうして…


ふとヨハの事が頭を過ぎるとヒカはいつも、少しの間だけ思考や行動が停止してしまうのだ。


またか…という感じでエイメが声をかけると、


「あ、…ごめんなさい…大丈夫です。着替える服は…そうだ、隣の部屋に掛けてあるんだった。じゃあ着替えて来ます。」


ぎこちない笑顔をエイメに向け、ヒカはミアハの正装の服に着替える為に元の自室へと移動した。


「あ……」


手伝おうか?と声をかける隙も与えず1人で移動してしまうヒカに、エイメは苦笑するしかなかった。


「……」


そんなエイメの隣に来て、今度は彼女の手をギュッと握るリクシュ…


彼に視線を落とすと、何もかも分かっているかのように微笑みかける彼に、


「…あ…私は大丈夫よ。リクシュは本当に優しいね…」


膝を折り、リクシュに目の位置を合わせるように言葉をかけ…


エイメは気がつくとリクシュを抱きしめていた。


間もなく3歳の誕生日を迎えようとしている愛しい初孫…


首が座り…やがてハイハイをし出す辺りまでは泣く事もあったが、その後は夜泣きすらなく…


とても穏やかで育てやすい子で…


よく笑う愛らしい子で…


皆に愛され…


だが……


未だ言葉を発せず。


それでいてこの子は大人の状況を把握しているがごとく、絶妙のタイミングで人に笑いかけたり手を握って来たりする子なのだ。


エイメにとってリクシュは、それはもう…可愛くて仕方ない初孫だ。


特殊な体質とか…厄介な運命を背負って生まれたが故に一度死にかけた娘が…特殊な状況下で授かった子だけに尚更…


けれども…


リクシュ、あなたはその親以上に特殊過ぎてどこか捉え所がなくて…


そのうちに私達の元からすり抜けて行きそうで…


「リクシュ…あなたはヒカの息子で、私はあなたのお祖母ちゃんなの。この先何があっても…それは忘れないでいてね…」


エイメはそう言って、更にリクシュをキツく抱きしめた。


「……」


リクシュは、そんなエイメの不安に「心配しないで」と伝えるかのように、ギュッと抱きしめ返してくれた。


「…あなたは…きっと分かってやっているのよね?ありがとう…」


ずっとヒカの前では表面に出せなかった思いが、この瞬間に一気に込み上げて来て…堪らず涙してしまうエイメだった。


…おそらくあの子はあの子で…


自分の為に集まった私達を困らせたくなくて、日々膨らみ続ける不安を上手く吐き出せずにいるような気がする…


ヒカ…あなたも優しい子…


だけどそんな我慢は…返って私達を淋しくさせるのよ…


「…支度は出来たかしら?」


ノックとほぼ同時に入って来たフィナの声に、エイメはハッと我に返ってドアの方を見る。


「あ、おはようございます。今、あの子は隣の部屋で…ちょっと様子を見て来ます。」


フィナに気付かれぬよう涙を拭いながらエイメが立ち上がると、


「あ、じゃあ私も行くわ。軽くバイタルチェックしておきたいから…あ、それからね…」


そう言って、フィナは出て行こうとするエイメの袖を軽く引っ張る。


「…やっぱりというか…あまり驚きはなかったんだったけど、能力の発現が…全て基準値以上だったみたい。」


事務的な口調でフィナは、リクシュから見えない位置で彼を一瞬指差しながらエイメに告げた。


「…そうですか…」


…エイメもフィナと同じく、驚きはなかった。


リクシュはヨハの容姿をほぼ写したような見かけだが…


セレスとティリとレノの全てにおいて高い能力を有している可能性を示す結果に、エイメ自身リクシュにまつわる不思議な場面を時々見かけていたし…おそらくそれは彼女だけではないだろう…


「…会うなりなんだけど、儀式の前にあなたとヒカちゃんは知っておくべきと思ったの。でね…」


自身が感じる範囲では、リクシュからは発育不全のような状態のエネルギーは全く感じないので、発語の遅れの原因は他の理由があるようだとも付け加えた。


「勿論、あまり楽観的な事を安易には言いたくないんだけど…私ね、あそこで長く過ごしたからなのか…以前よりそういう感度が鋭くなっている気がするのよ。そういうエネルギー的な面からいうと、この子はやはりヨハ君に近いというか…それ以上に何か持ってる感じがするわ。…だからね、要はあまり心配し過ぎないでって言う事よ。」


エイメのエネルギーからも何か思う所があるのか…フィナはそれを付け加えるように言って、エイメと共に部屋を出た。




「う〜ん…特に変なところはないと思うよ。カッコいいよ…」


廊下に出ると、既に着替え終えたヒカの服装をハンサが色々チェックしてるところのようだった。


そう言うハンサも既に着替えを終えていて…


「あ、おはようございます。…もうあの方も到着されておられるようなので、ここからは僕が…あ、リクシュ君もカッコいいね。じゃあ…行こうか…」


正装しているせいか…いつもより硬い表情のハンサはそう言ってリクシュを抱き上げ、ヒカには目で促しながら、エイメとフィナに会釈した。


「…よろしくお願いします。」


エイメもまた硬い表情で、歩き出したハンサの後ろ姿に向かって一礼をした。


フィナもそれに続き、ゆっくりと一礼をしたのだが…


「…あ…バイタルチェック…」


顔を上げたタイミングで思い出し…呟くも、ハンサ達は既に階段を降り終えて見えなくなっていた。





「…ここからは僕がリクシュ君を背負って行くよ。」


エルオの丘に入り、マナイの結晶の塔へと降りる階段を前にして、ハンサは予め用意していたおんぶ紐でリクシュを背負おうとした…


その時、


「え…?」


微かな風を感じ…


気付くと景色が変わっていて、3人はマナイの塔の上に立っていた。


「あら、リクシュ君…始めまして。あなたはもうそんな力が使えるのね…」


キョトンとするハンサとヒカの間に立ってニコニコしているリクシュを見て、嬉しそうに駆け寄って来た女性がいた。


「ティテヌ様。お会いするのは初めましてですね…お待たせしてしまい申し訳ございません。」


ハンサは慌てて居住まいを正し、リクシュを抱きしめているティテヌに挨拶と謝罪をした。


「あら…私も今来たばかりですよ。ハンサ様はもう今はイレン様と共にミアハの長老代行のお立場なのだから…今後は謝罪するのも慎重にね。」


「…はぁ…その…」


慣れない立場になんとも居心地の悪さを感じ…ハンサはカリカリと頭を掻く。


いや、実質的には彼は…という言葉は飲み込んだが、ハンサに積極的にアドバイスをしてくるその人は…


テイホ国の地下に隠されたある神殿の神官で…本日はある大事な使命を帯びてミアハを訪れていた。


既に彼女の背後で控えている3人の長達とイレンと、たった今到着したばかりのハンサとヒカとリクシュ…そしてドームの中で未だ眠るヨハの計7人の前でその人・ティテヌはニコッと笑み…


「では、これより始めさせて頂きます。」


と宣言し、長達によって既にセッティングされていた祭壇の前に立った。






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