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82 最後の告白


「…これからはそちらとあの子達の交流は増えて行くでしょうから…いえ、先ずは始まらないとですな。…勿論です。彼はその点に関しては申し分ありません。後は……そうです。私は見届ける事は出来ませんが…2人の事は、どうかくれぐれもよろしくお願い致します。…では、失礼致します…」


通話の相手にそう告げると、セダルはゆっくりと受話器を置いた。


「…もう…通話も一苦労だな…」


分厚い手袋に包まれた自身の両手をセダルは悲しそうに眺める…


…まあ…


後はあの子を手助けする為の力さえ残っていれば…


気付けば室内はいつの間にやら薄暗くなって来て…窓は薄っすらオレンジ色に変化していた。


…最後に見る空は夕焼けか…


と、


感傷に浸り切る前に自室に灯りが点り、同時にこちらに近付いて来る足音が…


…ああ…


もう足音で分かるくらい…君との付き合いは長くなっていたんだな…


苦笑いするセダルの部屋の前で、やはりその足音は止まった。


「…セダル様…」


「……」


ここで彼の呼ぶ声を聞くのは最後だと思うと、キツく閉ざしたはずの感情の扉の鍵が一気に脆くなって行く…


…ああいかん…


と、セダルはグッと気持ちを引き締める。


「ハンサ、日が沈み切るまでにはまだ少し早いだろう…」


「その…ご挨拶がしたくて…お時間を少し…よろしいでしょうか?」


「…そのまま入って来てくれ。」


「…ありがとうございます。では失礼致します。」


ドアを開け、ゆっくりと入って来た彼の独特な佇まい…


それはいつも通りではあるが、その表情は…今まで見た事がないくらいに強張っていて…


「ハンサ、君のその顔は…なんとかならんのか?」


「は?…そう言われましても生まれつきのモノですから……長老こそ…なんだか怖い顔をされていますよ。」


「…そうか?」


いつの間にやらコイツも…こんな軽口をサラッと口に出来るくらいに…


「…笑わせようとされてますか?…ますますお顔が…」


…大分誰かに似て来たという事か…


「ハンサ…ちょっと来い。」


「?…失礼致します。」


いつもの距離感でやり取りしていたハンサだが、セダルは彼にもっと近くへと手招きする。


そして、側まで来たハンサに向かって両手を伸ばし…


「…すまない…軽くでいいから…ハグをさせてくれ。」


僅かに感情の扉が開いてしまったセダルは、やや歪んだ笑顔でハンサに抱擁を求めた。


「……はい…」


ハンサは…表情をかえず、椅子に座っているセダルのすぐ目の前まで行き、少し屈む。


お互いに厚い手袋と特殊な生地の防護服を着ていたが、


「…すまないね…」


と、ハンサの背中にゆっくりと手を回しながら、セダルはもう一度彼に謝った。


「…光栄な事です………長い間…本当にありがとうございました。」


ハンサも彼の背中に手を回しながら、感謝を告げた。


「……」


「………」


「………」


そのまましばらく沈黙の時間が流れ…


ハンサの身体は時々小刻みに震え…


やがて鼻を啜る音が…


「…私こそ…君には感謝しかない…今までありがとう…ありがとう…」


「うっ…く……」


身体を震わせ…堪え切れずに嗚咽を漏らすハンサ…


「……」


「………」


またしばしの沈黙が流れ…


「…私こそ、感謝しかありません。至らない事は数々あったと思いますが…あなたは部下としての私の行いを全て受け入れて下さった。あなたの下でミアハやセレスの為に仕事が出来た事は…私にとっては誇りであり、かけがえのない時間でした。」


「……私もだよ…ハンサ……君と仕事が出来て幸せだったよ。…後を頼むな…」


「…はい……」


涙声の中…互いの訥々としたやり取りがあって…


「……」


回した相手の背中をポンポンと軽く触れながら、先に相手から身体を離したのはセダルで…


最初の距離感にハンサが戻っても、涙腺崩壊状態になっているお互いの顔の状態には触れる事はなく…


「…間もなくリンナが迎えに来るんだったな…」


とセダルが呟くと、ハンサが返事をする間もなくリンナは現れて…


彼女が2人をマナイの塔まで運ぼうとする寸前、


長老セダルは唐突に呟く…


「…かつて君にメリアの事は話したと思うが…私はね、亡くなっていて例え姿は見えなくとも、彼女と共にいたかったから結婚しなかったんだ。長老だからじゃない。」


「…え…?」


聞くとはなしに聞いていたハンサは、セダルの顔を思わずまじまじと見てしまう…


不意打ちの言葉に驚いたように自分を見つめるハンサに、セダルは悪戯の後のようなウィンクをして…


2人はリンナと共にその場から消えた。






「…大丈夫ですか?」


「ああ…問題ないよ。」


マナイの結晶の上…


そこでの様々なミアハの儀式の為に平面に削られた広場の中央部には、ヒカが眠るドームがあり、その隣にはヨハの瞑想の為のドームと…


彼のドームのすぐ側には長老の…


既に手足に石化の兆候が現れている彼でも座位が保てるように、特殊な形状になっている椅子が形作られていて…


リンナはその上にセダルを静かに下ろし、直後にハンサが彼の体制の細かな微調整を行ったのだった。


そしてハンサがセダルの側を離れると、背後に控えていた長達とゼリスが、代わる代わる長老セダルの前に来て跪き最後の挨拶をして、分厚い布を隔てた彼の手に触れて…


元の位置に下がって行く…


その4人全てがそのやり取りを終えると、セダルを側で見守っていたヨハがそれに続いた。


「…皆んな…私の力不足で、最後の最後まで戸惑わせてしまい…本当にすまない。……後は頼む。…ミアハに幸あらんことを…」


セダルはそれだけ言葉を発して彼等を見渡し、ゆっくりと目を閉じた。


「……」


それは長老として最後の挨拶となり…


暗黙の流れで長達とゼリス、そしてハンサとヨハは、セダルに向かって片膝を付き頭を垂れ…


やがてゆっくりと向き直ると、長達とゼリスは広場の方へ戻る階段の手前で深く一礼し…マナイの塔から去って行った。


「では…失礼致します。」


長達の退場を確認すると、セダルの少し後ろで控えていたハンサは彼の身体を覆っていた分厚い服と手袋をゆっくり脱がせて行く…


「……」


もう…殆どの指や足首の辺りまで石化が進んでいて…こんな不自由な状態で彼は、長老として最後まで任務をこなしていたんだと、ハンサは改めて感じ…思わず手が止まる。


「手伝いましょうか?」


と、様子を見守っていたヨハが近付こうとするが、


「止めてくれ。何かあったらどうする…」


石化の始まった人の身体に触れると石化が伝播してしまうケースが度々あり、セダルは防護の為の服や手袋を身に付けていないヨハの動きを素早く制した。


自然発生の石化は痛みはないが、第三者に伝播した場所の石化はかなり苦痛が伴い、それは部分的なモノで止まるらしいが、一度石化した部分は元には戻らないのだ。


「だが…私の今の状態はセレスの能力者の殆どが辿る道だ。よく見ておくのはいいだろう。これは我々の能力の分化を推し進めた段階でセレスのみに起きるようになった現象と文献では伝わっている。現段階の研究では石化は止められないし…この現象を神聖視する者までいるが…能力の分化は自然の流れで起きたモノではないからね。まあ、生物に興味を持ち、初めて地上に降り立った我々の先祖というか、源の存在は、エルオの女神ようにまず岩のような形態をとったからね。これは原型に戻ろうとする途中の姿にも見えなくはないが…エンデ君やタニアによると、彼のイウクナの系列の同族の最後はそういう状態にはならなかったように見えるそうだし、あまり好ましい状態ではないと私は思う。それを踏まえて、今、私に起きている事は、君達には深く考えるきっかけになってもらえたなら嬉しいよ。」


「…僕の近い未来の姿でもあるかも知れないですしね。」


ヨハは悲しげに呟く…


「いや、これは能力を多分に使ったセレスの能力者が寿命を終える段階で出ると言われている。…君の使う力は派生した稀な力だから…多分違うと思う。不慮の事故や流行り病等で亡くなるセレスの能力者には石化は出ないしね。それに、そもそも君は…ここで終わったらダメなんだよ。」


セダルは俯くヨハの顔を覗き込むように説明する。


そんな会話をしてるうちにハンサは既に作業を全て終えていて、セダルから剥がした分厚い服を1つにまとめて、準備していた袋に入れ終えていた。


「私は一旦、本部へ行き…外の時間で30分後にここに戻ります。それまではリンナがここに控えていますから…何かありましたら伝えて下さい。…では…」


そう言って、ハンサはミアハの正装の姿となった長老セダルに深く一礼し…


次にヨハの所まで行って、彼を強くハグした。


「…きっと君は赤ちゃんをその手で抱けると僕は信じている。その為に僕等は出来る限りの事はするから…希望を持って頑張るんだよ。…君を心から誇りに思う。」


「…ありがとうございます。」


ヨハもそれに応えてハンサをハグし…


「僕は最善を尽くします。…けれど、もしもの際はくれぐれも…」


「…それは何度も確認済みだろう?僕を信じてくれ。今はとにかく、何も心配せずに自分の任務に集中するのが君の最善だ。必ず…新しい朝でヒカちゃん達と一緒に君を待っているから…」


「…寝坊しないように…全力を尽くします。」


「…うん、そうだよ。そうしてくれないと…皆んな…困るのだからね。」


抱擁の中で交わされた言葉は囁くように小さく…


けれどもそれは、例え小さくとも心の底から絞り出すような切実な響きをもって、お互いの耳に届いた言葉であった。


そして自然と抱擁は解かれ…


ハンサは階段の手前で2人に向かって再び深々と一礼をし…


とうとう彼もその場を離れて行った。


「……」


「………」


辺りは大分暗くなって来ていて、ここにずっと眠っているヒカの為を思い長老の許可をを得てヨハが数カ所に設置した間接照明の存在感がどんどん大きくなって行く中…


少しの静寂の後で、


最後にもう一度とヒカの様子を見に行くヨハに、セダルは話しかける。


「ヨハ、間もなく日没だ。そろそろドームに入りなさい。」


「…はい…」


相変わらず目を閉じたままのヒカの顔を確認すると、ヨハは長老の指示通りにドームへと入る…


長老セダルは、そのヨハの様子を背後に感じながら、


「…君が瞑想に入り、力を引き出し始めた気配を感じ次第…私はすぐにそのサポートに入るから、私の事は気にせずに自分のリズムで瞑想に入りなさい。」


「…分かりました。」


既に彼はドームに入り、体制が大体整ったらしく…少し籠った声の返事が返って来た。


「……長老…」


「なんだ?」


「…重複致しますが……今まで…本当に、ありがとうございました。僕はあなたと出会えて、あなたの弟子にして頂けて…とてもとても幸せでした。」


「……」


「…私もだよ…君に出会えて幸せだった…」


「……」


「……僕は…今までもこれからも…あなたが大好きです。」


「……」


「……」


「……私もだ…」


「……」


「………またいつか……」


「……」



「……」



「………」



そこで2人の会話は完全に途切れ…


やがて2人から立ち上がって来る、青い霧状の光がエルオの内部を満たし始めると…


深い沈黙が…2人を優しく包み込み…


上へと続く階段の入り口で、ずっと様子を見守っていたリンナは、悲しげに目を閉じ…


その場から姿を消した。




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