80 御伽話
いつも拙い文章をお読み下さり、ありがとうございます。
都合により、次回の更新は1週間後となります。
もしかしたら、年内は週1回の更新が多くなるかも知れません…
予定よりもボリュームが出てしまった後半ですが、(あくまで漠然とした目標ではありますが)年内の完結を目指しております。
よろしければ最後までお付き合い頂けなら幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
貴古由
昔々…遥か昔…
この世界を産んだ御方は、星々を作って間もない頃に、生命をたくさん育む賑やかな星を望まれ、一部の星々に向かって水と共に命の息吹きを放たれました。
やがて芽吹いた命が微かに囁き始めた頃…
宇宙を統べる御方より新たに産まれ出た、癒しの光を放つ青き存在…
彼等は元は1つであったが、超新星爆発に遭遇する度に巻き込まれ何度も分裂し…
見た目は箒星のようだが核的存在も実体も持たず、通る空間や星々のエネルギーを整えながら、果てのない旅を続けていたのでした。
ある時、その中の存在の1つが、星の命の騒めきに興味を惹かれ始めました。
彼等がその賑やかな星の周囲を何度も周回するようになると、彼等の小さな騒めきが優しく変化して行くのが分かり…
その青き存在達はとても嬉しくなり、生命の息吹き溢れる星達に更に興味を持つようになって行ったのでした。
やがてその小さな存在の中の1つのある種族が丈夫な住処を作ったり、複雑で奇妙な声や音を立てて仲間達と交流したり歌って楽しんだり…
だが時には、お互いを傷付ける細工の物を沢山作って喧嘩したり…その争い規模が大きくなると、集団ごと滅ぼす事もしたり…
戦いに勝利した側も、その戦いによって一時的に勝利に酔い満足はするも、疲弊したり嘆いたりしていて…
行動や知恵、そしてそれらから受ける刺激により発達して行く脳や神経の反応も複雑になって行き…
青き存在は、ずっと飽きもせず彼等の様子を見ていて感心したり、時には嘆いたりもしますが…
生きる事や子孫を残す以外の事で、時には争って傷付け合い、お互いその事に後悔もしたりする彼等がとにかく興味深く…
そういう存在をもっと理解し、彼等の肉体的な痛み以外の苦痛もなんとか出来ないかと願うようになって行きました。
そうしている内にその青き存在は、星に宿る意識と意思疎通が出来るようになり…
彼等の…いや生命のもっと側に行ってみたいという彼の願いを、その惑星の意識が受け入れると、星を保護せしエネルギーが一瞬力を弱め…
青き存在は惑星の大気の中に吸い込まれて行くのでした。
全く未知の状況に、青き存在は咄嗟に大気に接する面を岩のような硬い質感のモノに変化させてエネルギー体を守り、地上に降りた…というか、落下したのでした。
辺りを見ると、落下の衝撃で地は震え…周辺の木々は衝撃波で薙ぎ倒されていて…
自身が実体を持って重力に逆らわずに降り立った事により、多くの木々がダメージを受け、降り立った場所の地殻も突如加わった力の影響を受けている事に気付き、青き存在は慌てて調整のエネルギーを放つのでした。
地下の方はいつもの感覚でダメージを処理出来ましたが、木々に関しては自力で移動しないタイプの生命のようで、物理的に元の状態に戻して上げないと生命活動が終焉してしまうと分かり、まだ生きている木々を起こし、出来るだけ近隣に立っている木々と近い状態に戻したのでした。
その様子を見に来ていた、この星で一番知能の発達している二足歩行の生物にその様子を目撃され、彼等は青き存在による直後手を触れない物体の移動に驚き、酷く混乱してしまっているようでした。
彼等は軽いパニックになり…
結局そのまま逃げ出し、しばらくはその岩周辺に近寄ろうとはしませんでした。
それから少し時が経ったある日…
巨大な岩の如く変化した青き存在の近くに、この前の知的生物達と同じような姿で小型の…いわゆる子どもがヒラヒラと空中を飛ぶ小さな生物を追って通り掛かったのですが、その子は途中で転んで手足を傷付けてしまい、目から液体を流して悲しんでいるようでした。
なんとかしてあげたいと思ったその存在は、まず傷付き出血している手足の傷の箇所に向かってエネルギーを放ちました。
するとみるみる痛みが取れ、傷自体も消えて行く様子に、その子はただ呆気に取られてしまいます。
その後、じわじわとその子の混乱と不安が伝わって来たので、その青き存在は慌てて先程の生物を引き寄せ、その子の指にその綺麗な虫を止まらせてあげたのでした。
その子は最初少し驚きましたが、次第に笑顔になって、その虫を捉えようとしました。
けれどもそれはスルッと子どもの指を避けて飛んで行ってしまい…
子どもは少し落胆しましたが、再び笑顔が戻り立ち上がって、ヒラヒラ飛んで行った生物の方へ行ってしまいました。
「……」
青き存在はなんだか嬉しくなりました。
子どもに笑顔を戻してあげられた事は、彼にとっては特別に嬉しい体験になっていたようです。
それから少しして、その子はまた岩石のような姿の青き存在の側まで来ました。
1人ではなく、お腹を押さえ辛そうな大人と一緒に…
その子は岩に向かって一生懸命に声を発し、何やらお願いをし始めました。
それは言葉というその生き物の交流手段で…その大人は子どもと遺伝子が近しい関係であるようで…どうやらその大人の苦痛を取り除いて欲しいようでした。
青き存在は、その2人の求めるままに喜んで大人のお腹に向かってエネルギーを送ってあげました。
するとその大人は、苦痛の表情が消え元気になって、不思議そうに自分のお腹を撫でながら、子供と一緒に喜んで帰って行きました。
すると…
次の日にはその仲間が沢山やって来て、それぞれ身体の問題を起こしている箇所を指差し、前の2人のように治して欲しそうに声を発してお願いしていました。
岩石のような青き存在は、自分の力を心から必要と必死で訴えて来るその生物達の気持ちがダイレクトに伝わって来て、嬉しくて嬉しくて…
望むままに自身のエネルギーを与えて行きました。
そして、その治癒の力を求めて来る彼等の仲間は更に増えて行き…
瀕死の人とか…その状態によっては治せないケースも時々ありましたが…
とうとうその青き存在は、崇高な岩として崇められるようになりました。
でもそれは、その青き存在にとってあまり居心地の良い状態ではありませんでしたが…
それでも、自身のエネルギーで彼等が喜ぶ姿は嬉しかったのでした。
…けれど…
その知的生物の集団は他の地域にも複数あり、それぞれ集団で暮らしていて…
その岩を崇めてくれている集団は、そのうちに他の集団の1つと諍いを起こし始めてしまいました。
そして岩に、他の集団との戦いに勝つ為のエネルギーを要求するようになって行き…
間接的でも命を奪い合う行為に手助けすることは、本来の力の使う理由ではなく…困ってしまいました。
その上相手の集団は、とても数が多い上に特殊な武器を持っていて…彼等が勝てる集団ではありませんでした。
青き存在は、彼等の怪我や病気を治し元気にすることは出来ましたが…出来れば傷つけ合う事はやめて欲しかったのです。
けれども、その気持ちは伝わらないまま…彼等は戦いに負けてしまい…いなくなってしまいました。
その代わりに、勝った方の集団がその岩の周辺にも住むようになりました。
彼等は負けた方の集団から話を聞いていたのか…彼等も岩に向かって色々とお願いをするようになりました。
けれども、以前の集団よりもその大きな集団のお願いはより複雑になって…彼等の願いに応えるべく、その岩は生きる為に必要な食べ物である植物に力を与えて実りを豊かにする事や、彼等の身体の繊細な部分の理解を深める事で心の痛みもある程度は癒す事が出来るようになったのですが…
個々のエゴに関する複雑な願いに関しては、応えられない事が増えました。
ただ…彼等の暮らす場所の地殻の動きの安定や、気象に関する願いはある程度は叶えてあげる事は出来ました。
しかしながら、それに関しては…
その青き存在が降り立つ事を許可してくれた大地…この惑星の意識から忠告を受けてしまいました。
『…この惑星に生きるモノは彼等だけではありません…一部の存在の願いに囚われてしまうと、星全体のバランスを崩してしまう事があります。特に気象はその影響は小さくないので注意して下さい。』
…確かに…
星々のバランスを整える使命を持つ者としては、恥ずかしい事を指摘されてしまったと反省はしつつも…
青き存在はその時点で大きな事を学習をした事を自覚したのでした。
「……」
「………」
そこでその青き存在はしばし考え…
彼等と同じ姿になって、彼等の視点の体験をしてみたくなりました。
自身の一部を千切り、それに息吹きを吹き込むと…それなりの形はなんとか出来上がりました。
今まで彼等が色々と願いを訴えて来る時に発していた言葉は、なんとなく意味が分かり始めていたので…見よう見真似で彼等に接触してみました。
すると…
なんとか意思疎通は叶ったのですが…
何か違和感があるらしく…
上手く交流は出来ませんでした。
けれども、身体を持ったその存在は、彼等が崇める岩から出入りしている様子が何人かに目撃され…
彼等は、その不思議で異様な者は崇高な存在の化身と理解し…
向こうから接触して来るようになりました。
…どうやらその化身は自分達と同じ事をしてみたがっている事を知り、彼等の不調を治したり植物の成長を助けたりする代わりに、彼等の言葉や生活の様子等…色々な事を教えて上げたのでした。
すると、ゆっくりではありましたが、彼等との交流から色々と教わり様々な事を見聞きする事で、より彼等に近い姿を真似る事が出来るようになったのです。
その経験の数々は、その化身の好奇心を大いに満たし、楽しい毎日でした。
そんなある日…
彼等の暮らす場所に大きく凶暴な獣が現れました。
それは彼等にとっては恐ろしい存在であり、時には食べ物にもなる存在です。
けれどもそれは大きく凶暴な為、彼等は怯え逃げ回ります。
そして、その中で逃げ遅れた老人に獣が襲いかかろうとした時、
化身はその老人の前に立ちはだかります。
彼は獣の心に
「ここを立ち去って下さい」
と伝えますが、
「お腹が空いているから嫌だ」
と心へ直接返事が返って来ます。
それを聞いた化身は、ならばと自分の身体を植物の姿に変えて、美味しそうな果実を実らせ獣に差し出します。
それを見た獣は、喜んで実を受け取り食べますが…
まだ足りないまだ足りないと、沢山の実を食べた挙句、
「やっぱり肉が食べたい」
と訴え、木陰に座り込んで一連のやり取りを見ていた老人を再び襲おうとします。
化身は咄嗟に獣と似たような…いや、その獣より倍近く大きなモノに変化し、その獣を追い払ってしまいました。
「……」
そのやり取りを物陰からずっと見ていた集団は、驚きながらも大層喜び…
化身を讃えます。
その化身も、彼等が喜んでくれた事にとても満足感を覚えたのですが…
その後の彼等は同類の他の集団との揉め事に関しても、化身に怪物になって奴等を追い払って欲しいと頼んで来るのです。
「争うのではなく、話し合って皆で仲良く暮らしてはどうか?」
と、彼等に提案してみるのですが…
「…食べ物や水はここで奴らと分け合ったらすぐ足りなくなるだろうから、それは難しい。」
と言われてしまい…彼等は納得しません。
「……」
その化身は悩んだ末に、対立する相手の集団の所に行って、この対立集団の栄養になりそうな植物を探してはエネルギーを送り、自らも美味しい実のなる木となって彼等に食べ物を与えます。
そして、
「しばらくは大きな嵐や地面が崩れるような災害が来ないようにしますから…栄養となる植物をたくさん育て食べ、仲良く暮らして下さい。」
と彼等に提案します。
すると彼等はその化身を最初こそ恐れ、不審にも思っていましたが、化身の行いに感謝し提案を受け入れます。
この化身の行動により、しばらく争いは避けられましたが…
化身はここである事に気付きます。
星の中で生命を宿したそれぞれの存在は、食物連鎖の理の中で生命を維持していて、その理の外で生命を維持するのは難しいという事を…
そもそも青き存在は、この世界を作られた御方から直接に力を得て存在を許されているのですが…
彼等の命は…エネルギーは…生まれ育った惑星にほぼ全て依存しているのだと…
進化し叡智を得た存在になれば或いは…違うあり方も叶うのかも知れないと考えますが…
『…個々の小さき命に干渉するという事は、精妙なバランスが必要になります。皆それぞれが一生懸命に生きていますから…』
『…そのようですね…』
『今、あなたが姿を真似ているあの種族は…おそらく植物や木の実を食べるだけでは栄養は足りないです。彼等と似たようなタンパク質を持つの動物が有する栄養が必要です。植物の実に関しては、それを実らす植物自身があえて食べて欲しくて良い香りを放ち甘く美味にしていたりしていますが、彼等に食される存在の殆どは命を失わなければなりません。』
『…そうですね…私は少し困ってしまったので、とりあえず空へ戻ります。』
新たな大きな壁にぶつかった青き存在が、悲しそうに大地にそう告げると、
『分かりました。』
と、すぐに返事が返って来て…星の大気に小さな穴を開けてくれました。
『色々と我が儘を聞いてくれてありがとう…』
と、青き存在はその星にお礼を告げて、宇宙へと戻って行きました。
…けれども…
…やはり……
その青き存在は、惑星の命達の事がどうにも気になってしまい…
再び、実体を持ってその星に降り立つ許可を惑星から得て…青き存在は降下します。
今度は重力のまま着地して地殻に負担をかけないようにそっと…
この星全体の営みを邪魔しないよう…前回のような不用意な関わり方はしてはいけないと…
青き存在は、まずは以前と同じように大きな岩のドームのような姿になり、その中に生命の種を沢山取り出し、それに向かって澄んだ水を吹きかけました。
すると少しして、その一粒一粒が以前の記憶の知的生物にかなり近い姿形に変化し、それはみるみる大人の姿に成長して行きました。
「……」
前よりもあの知的生物によく似せて出来上がったので、青き存在はちょっと誇らしく嬉しくなりました。
しかし…
彼等はみんな完璧な複製のように姿形がそっくりだったので、周辺に住んでいた以前と同種の知的生物に恐れられ…生活も同じような形態で出来ていなかった為に、やはりあまり上手く交流出来ず…
青き存在は仕切り直そうと、こっそり場所を移動しました。
その時…
『彼等は命を維持する為、子孫を残す為にエネルギーを必要とし、口から様々な栄養を摂取して、それをエネルギーに変えるのですよ。そして、あの生命達は子孫を残す為に生まれた時に既に雌雄を分けられていて、それぞれの持つ子孫の元を受精させて雌が子を産んで、雌雄で協力して子孫を育てるのです。彼等と本当に同じ心境になってみたいならば、あなたの身体をそこまで近付けてみる必要があるのかも知れません』
という…この星の意識からの更に細かな助言が…
『たくさんの助言をありがとう…』
お礼を言った青き存在は、星の意識の助言に従い、再び彼等と似た存在を作り始めました。
すると今度はかなり上手く行き…
まずさ自身の岩のドームをかなり大きくして、自身が彼の種族に似せた雌の姿に化身し、自身の身体を通して雄を5人雌を5人の計10人の子を産み、丁寧に…必要に応じて星の意識からアドバイスを受けながら、彼の種族に似せたやり方で子育てをしました。
そして、その10人が大人になると、それぞれの雌雄をカップルにしました。
彼等は見事に新しい生命を身籠り、それぞれ元気な赤ちゃんを産みました。
化身は彼等の子育てを直接手伝います。
そして子供が少し成長するとまた子を産み…化身の子達が10人になって、岩の中が少し賑やかになって来た頃…
『…えっと…あなた方は彼等に近い姿で生きることを経験したいのですよね…?』
『…ええ…お陰様で大分上手く行っております。』
化身は星の意識の問いかけに誇らしく答えました。
『…彼等は老いますし、寿命があるのです。仕方ない事かも知れませんが、あなた方の時間の感覚はここに暮らす生命達と結構なズレがあるようです。…おそらくそれは、あなた方がこの地上の物を食し、出来る限りこの地上の物を使用して生活する事で、彼等に更に近い体験が出来るでしょう…あなたの子孫がある程度増えたなら、徐々にそうして行ってみてはいかがでしょうか?』
『分かりました。ありがとうございます。』
不意にアドバイスをもらった化身がお礼を言って、子孫達にミルクをあげに行こうとすると、
『あ…それから、彼等が親が子に乳を飲るのは生まれて1歳前後までです。もう少ししたら最初のカップルの家族ごとに分かれ、それぞれ少し離れた場所で徐々にこの星の一部になるべく、それぞれが違った環境で体験をして行ってはいかがでしょうか?』
と、追加のアドバイスと提案をされます。
『分かりました。…徐々にですね…』
そうして、化身は星の助言に従って更に子孫を増やし…最初の雌雄の子孫がそれぞれ30人近くになったタイミングで岩のドームから出て、適当な場所を見つけ始めた彼等にそれぞれ岩のドームを作ってやり、化身の子孫達は大きく5つに分かれて新たな環境で暮らし始めたのでした
それから少し時は経ち…過酷な環境に上手く適用出来なかった2つのグループは、半数ぐらい命を失ってしまい…残った彼等も痩せ細ってしまっていたので、元のドームに戻って青き存在に吸収されてしまいました。
一方、他の3つのグループは、なんとか外の環境に適応して、現地の知的生物とほぼ同種の存在として、徐々に交流も深くなって行きました。
そして、この星が恒星の周囲を廻り終えた日にはいつも、普段分かれていた3つの子孫達は集まって情報交換をし再会を喜び、その異なるグループ同士で新たなカップルも成立し…そこから新たな命が生まれると…
その子達はより星の一部という感覚が強くなり…寿命も現地の知的生物にどんどん近くなって行ったのでした。
その状態まで行くと、1つの種族として周辺の現地の民との交流も普通に出来るようになり、青き存在の望む通りの状態になって行きました。
けれど…
「はい、ちょっと長くなってしまったから、今日のお話しはここまでにしましょう。」
そう言ってマリュが分厚い本を閉じると、
「え〜もっと聞きたい〜」
子供達には少し難しい内容かな?と読み始めの最初こそ心配したが…
今は5歳未満の子がいない為か、皆んな割と真剣に聞いてくれていて…
そこまでおやつを食べながら真剣に聞いていた子供達のブーイングの嵐を聞きながら、マリュは少しホッとしていた。
「続きはまた明日お話ししますよ。さあ、これから皆んなでブルーベリーを摘みに行きましょう。」
「…うん。」
これから摘みに行くブルーベリーは、以前レノの長が村へ多数プレゼントしてくれたもので…今夜のデザートか、明日のおやつの材料なのは分かっているし、少しくらいなら摘み食いしても怒られないので、子供達は不満ながらも徐々に脳内がブルーベリーの映像でいっぱいになり、ミアハの歴史をお伽話風にしたお話しの事は、皆あっという間に忘れて行く…
「マリュ…」
子供達と外に出ようとしていた彼女をナランが呼び止める。
「あ、はい?」
と、マリュが振り向くと、
「…ブルーベリー摘みは私が変わるわよ。まだ準備もろくにしていないのでしょう?」
心配そうにマリュを見ながらナランは、ブルーベリー摘みの交代を申し出てみる。
「そんな…向こうの育児棟のスケジュールをあれこれやり繰りされた上、で私の代わりの助っ人に来て頂いているのだから、そこまで甘える訳には行きません。」
マリュはいつもと変わらない笑顔でナランに答える。
「…私だけじゃないわ…引退したベテランアムナもここを手伝って下さっているし、勉強関連はティリやレノの学校の先生も手伝いに来て下さっているのよ。それに最近は農業学習は村の方々も喜んで協力して下さっているのだから…それに子供達も…」
…そう…
マリュがここに赴任して来たばかりの頃にいた子達は…セジカ達のように家族の所に無事帰れた子も半分くらいいて…
様々な事情で引き取れない状況の子も数人いたが、幸い能力が高い子達だったので、ケイレやジウナのように優秀な能力者集団に引き取られたり…中には村人との交流の中で養子にとポウフ村で引き取ってくれる人も出て来て…プレハブ時代の子は誰もいなくなり…現在はここで暮らす子は5人なので、育児面のフォローは今はさほど大変ではない。
ただ…生活指導を含めた教育面の方が…
ポウフ村にはそもそもそういう施設がなく、ある程度余裕がある家の子だけがなんとか都市部の初等教育レベルの課程まで行けるという状況だったので、識字率もあまり高くなく…授業には年齢を問わない村人がかわるがわる来る状況になって来ていて…
少し前には村全体のお茶会の会場ともなり…
希望の棟は多目的な場になりつつあった。
受け入れてくれている村の人々との交流の場にもなっている事も有り難い状況で…
その中で、しかもミアハ全体が大変な時に…
マリュは一大決心をして、ある事の為に明日の仕事を終えたら3週間…この村を離れて休暇を取る予定なのだ。
「支度は夜の時間を使ってなんとでもなりますから。ただ…」
マリュはナランに向かって深々と頭を下げる…
「我が儘を通して、本当にすみません…」
「…マリュ…どうか頭を上げて頂戴…」
ナランは困ったように笑み…マリュの身体を起こし、
「…成功したら、あなたはセレスの女性の希望となるわ。是非…私としては頑張って欲しいのよ。」
と言って、マリュを抱きしめた。
「…そう言って頂けると…救われます。」
「マリュ…私は本気で言っているのよ。あなたはまず大きな一歩を進めたのだから、後は前進のみよ。あなたの成功は私達の光…そう思って、こちらの事は私達に任せて頑張っていらっしゃい。」
「…ありがとうございます…この千載一遇のチャンスを、私は絶対に逃しません。」
ナランに強く抱きしめられながら、マリュの声は震えていた。
「なら、あなたは無理せずに…これから出発の為の準備なさいな。いいわね?これは元上司の絶対命令よ。」
ナランはゆっくり身体を離し、マリュにウィンクしながら子供達の方へと去って行った。
「…本当に…ありがとうございます…」
マリュは涙を拭いながら、ナランに向かってもう一度…頭を下げた。




