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78 民、集められし後



「なんだか…今日はいつもより警備の人がやたらいたなぁ…」


「あぁ…今日はあれだろ?」


「…何かあったか?」


「ウチらは直接関係はないけど…ミアハから村に来た人達は長老から何か大事な話があるって…全部じゃないけど、神殿の人やマリュさんとか…あとカシル君もかな?…ミアハに行ってたみたいだよ。」


「あ、それで…村の警備が手薄になるから、中央の警察だかがやたら来てたんだ。」


「テイホ国が最近やたらミアハを目の敵にしてる件で…ここは昔からミアハの民とは交流があったからね。いくらなんでもメクスムの領土にまで下手な事はして来ないだろうとは言っていだけども…」


「…だから、前より警備関係の人が大分増えた訳じゃないか…こんな状況になる前にメクスムに吸収されていて、ほんと良かったよな…」


「それはエンデのお陰とも言われてる。この問題もきっとあの子達の力でなんとか…って思ってるがな…」


「…だといいな。またあんな恐ろしい火の海に巻き込まれるのはごめんだよ。」


「そうだな…」


「にしても、長老の大事な話って…」


「…彼等がここからいなくなるとかじゃなきゃいいが…」


「以前、メクスムとの併合直後にレブントの奴らがここに流れて来て、移り住むとか何か施設を建てるからとか言い出して土地の買収を企んで俺達を追い出そうとした時は本当に焦った。ユントーグ時代の都市部の奴らはこういう農村部を見下してたし、政治の腐敗も結構酷かったから…都市部からここに流れて来た連中は皆信用出来なかった。あの時はメクスムの役人が上手く対応してくれたからよかったが…」


「…その時に役人に働きかけてくれた大臣が、今やメクスム国の元首様だからな。この村の防衛に関しては期待したい所だが…村長が、ミアハでは長老がわざわざ国民を1つの場所に集めるのは滅多にない事だと言っていたらしい。今日の話はなんだったのか…気にはなるな…」


「…だな…」


物々しい警備とか、何か緊張感のあるミアハに関係のある人々の動きとか…


違和感だらけの落ち着かない1日が終わろうとしていて、いつもの作業を終え農具を片付けて一休みしていた、代々ここで暮らす村人は…


これからミアハの国が大きな決断をし、その準備に入ろうとしている気配をどこかで感じ…


心がざわついているようだった。






「…どうしました?今日はいつものように威勢は良くないようですね。」


夕食後のバイタルチェックに来たミリに、ノシュカは少し面白がるように問いかける。」


「……あなたね、そうやって意地悪な質問をして来なければ私は……まあ確かに、今日はちょっとあって…あまり元気ではないです。」


いつも担当医師であるミリの仕事の様子をノシュカは具に見ていて…なかなか鋭く嫌な質問をしてくるのだ。


どうやら彼の父親は長年軍医をやっていた人らしく…彼も途中までは軍医を目指して医師となり、数年は父親の部下として働いていたらしいが…彼の父がアイラの元部下だった縁で彼との接点も多くなり…更に若干のテレパス能力もあり、アイラのやっている事に感銘を受けたノシュカは、今は彼の元での諜報活動が仕事のメインになっているらしいのだが…


バフェム救出の際に怪我をして、ティリの大病院に運ばれ…


特別室でミリ担当の患者となってからは、毎日同業者目線の彼のやや意地悪な質問責めが始まったのだった。


「ふ〜ん……あなた方も難儀な事ですね。でも、あの政権は長くは持ちません。きっとアイラさんがなんとかしてくれますから…」


…コイツ、また思考を盗み見てるな…


「あの、」


と、ミリが抗議しようとすると…


「…大分落ち込まれているようだったから…許して下さい…」


そう言ったノシュカは、気味悪いくらいの優しい笑顔をミリに向けた。


「……あ…りがとう…でも、無断で人の思考を見ることは…」


「ええ…必要な時以外はもうしません。」


彼なりに深く落ち込んでる私を本気で…


「…必要な時でも…無断はダメです。その…感情が…」


…分かっている…不意打ちが困るのではなく、今の彼の異様な優しさが…どうにも涙腺を刺激して来るのだ。


「…僕にとって必要な時というのは緊急という意味です。そういう状況にならない限りは、もうしませんよ…」


「……」


…ああ…なんで私はこんな日に当直で…こんな…特殊能力の人の担当なのだろう…?


今日の長老のお話は色々重過ぎて…


「…これも運命です。」


「はぁ…?」


またコイツは…


見るなと言っているのに…


「…見えるのではなく、私の場合は聞こえるのですよ。あなた方は未来にもっと希望を持って選択するべきだと思います。この国の味方はたくさんいるのですよ…どうか悲観的に考えないで…」


「……」


もう…そんな言葉をかけられたら…


「…私はもう朝まであなたを呼ぶ事はありませんからどうか…今夜は穏やかに過ごされて下さい。」


…ああ…もうダメだ…涙が…


「ごめんなさい、失礼ます…」


ミリはなんとか言葉を紡ぎ、顔を伏せ涙が落ちないギリギリのタイミングでノシュカに背を向け、そのまま退室した。





同じ頃、ポウフ村では…


「…3年…か……」


夕食後にタニアが運んで来たお茶を一口飲みながら、エンデが呟く…


「約定の証が無事に花開くか、ヨハの命が持つかのギリギリのタイムリミットなのよね…」


「君は…その…」


辛そうな表情のエンデが、探るような視線をタニアに向けると…


「…もう、分かっているでしょ。そんな質問はしないで。とにかく、あの子が籠るまでの1週間を大事に使いましょう。…でも実際はあの子の時間の流れに干渉する力がエルオの丘の内部に満たされたなら…その力の影響を受けない範囲にいる者達にとっては一晩…丘の内部ではその間に3年が経っている訳で…。それまで私は出来るだけ、長老様やヨハやヒカちゃん、そしてこれから彼等を3年間支えて行く人達の力になりたい。今はそれしか考えられないわ。」


「…不安でつい…変な確認をしてごめん。僕も…僕に出来る事を精一杯頑張るよ。」


「………」


…同じテーブルを囲み、2人のやり取りに耳を傾けるでもなく…どこか虚ろな目で宙を見つめているタヨハ…


1週間もすればヨハは、エルオの丘の地下にあるマナイの結晶の塔の…彼の為に作られた瞑想用のドームの中へ籠る。


ミアハの民の究極の選択を避ける為に、ヨハは命をかけてその為の時間を作らなくてはならない。


その為に必要な時間はおよそ3年…それは約定が結ばれた事で得られた力が芽吹く為の時間…


そしておそらく…


なるべくヨハの負担を減らす為にあの人は…長老は、最後の力を彼の為に使うのだろう。


ここ1か月あまり、可能な限りの長老の仕事を元老院やハンサに託し、最後の力を温存していたのだから…


彼はヨハを助ける為にマナイの塔に降り…そのまま長い生涯を終えるつもりなのだ。


間もなく寿命を終えようとしているセレスの優秀な能力者に出る独特の兆候…


それが長老セダルに出ている事は既に何人も目撃しているので…


彼の生涯がもうすぐ幕を閉じるであろう事は、今日の長老の様子や話の内容から、ミアハの全ての民はもう…察している。


勿論、タニアもエンデも…そしてタヨハも…


彼等は大分前に知っていた事だが…


だがそれでもタヨハは…


彼が幼少期の頃には既にセレスでは家族という血縁の小さな集団はほぼ崩壊状態で…今の学びの棟の前進のような環境で育った彼だったが、利発で多少お人好し過ぎる面はあったが、能力の発現も早くその力も強かった事から、当時は長だったセダルに見出され可愛がられ…そのままの流れで彼等は師弟関係を結んだのだ。


ミアハ内がゴタゴタし、その煽りで思わぬ事に巻き込まれて長への道が絶たれた後も、長老セダルはタヨハを影になり日向になり支えてくれた…


彼にとってセダルは、かつてのル・ダという言葉では語り切れない存在なのは間違いない。


…その彼が…


「……」


タヨハ自身は既にここ…ポウフ村を守護する女神と契約を交わし、神殿の守り人となっている為…


彼はエルオの丘に籠る長老やヨハに対しては、直接の手助けは現状何も出来ない。


例えそれを…より早くセダル本人から知らされていた事だとしても、辛さは何も変わらない…


「パパ…」


タヨハの気持ちがダイレクトに伝わって来るタニアやエンデも…


ミアハの偉大な存在やかけがえのない身内の事ゆえ、そして特殊能力を持つがゆえに…タヨハの思いには否応なしに共鳴してしまう。


「パパ、パパには私が…私達がいるからね。」


あまりに辛過ぎて感情を失いかけているタヨハに、タニアは思わず背後から抱きつく…


「パパとエンデと私で力を合わせて、ここで出来る事を精一杯頑張って行こうよ…」


「タニア…」


タニアの声に我に返り、タヨハの強張った心が少しだけ緩む…


「タヨハさん、以前あなたに言って頂いた言葉をそのままお返しします。タニアちゃんがいない夜に2人で星を見ていた時…君が今まで努力して来た事が、これからは君を色々助けてくれる気がする。きっとなんとかなるって…あなたは僕に言いました。あなたには僕達が、子供達が…村の人達がいます。悲しみはなるべく分け合いましょう…きっとなんとかなります。」


エンデもタヨハに近寄り、そう言いながら彼の腕にそっと触れる。


「…2人に聞きたい……あの子は…ヨハは目覚められるのかな…?生まれて来る子を連れてヒカさんと3人で遊びに来てくれるって…あの子は言っていたんだ。…君達はあの子達の未来は見えるかい?」


「……」


前を見つめたまま…タヨハはタニアやエンデの方を見ずに淡々と答えづらい質問をして来て…背後で2人は困ったように顔を見合わせる。


口を開きかけたエンデを軽く制し、タニアが…


「私が…今見えているそのままを話すわ。ヨハが力を限界まで放出した瞬間から真っ暗になって…その先は何も見えないの。でも今の時点で分かる事は、ヨハの力の及ぶ範囲での時間で3年後…外部の時間で一夜が明ければ…きっとその後の世界は色々クリアに見えるようになると思うの…」


訥々と彼女が話し終えると、


「…僕も…僕の場合はヨハ君のいる辺りから青いモヤがかかり出して広がって行き…全く見えなくなる感じです。今の時点ではなんとも…」


エンデも同調するように続けて説明をした。


「…そうか……」


「こんな肝心な事は見えなくて…ごめんね…」


タニアはタヨハを背後から抱きしめる力にぎゅっと力を込める。


「いや、いいんだ。それは仕方ないかも知れない。青いモヤというのは…きっとエルオの女神の計らいでもあるような気がするんだ。あの子もこれから命懸けで頑張るんだ。私達も希望を持ってやれる事を頑張るしかないんだよな…明日…明日からまた頑張るから…」


そして、抱きついたままのタニアの手を軽く握り、


「ありがとう…君達が居てくれて本当に良かった。今夜はもう…早めに休ませてもらうよ…」


そう言ってタヨハは立ち上がる仕草をすると、


「あ、うん…」


と、タニアは反射的にタヨハから身体を離し…彼女も一緒に立ち上がる。


けれども依然…彼から漂う悲しみは深くて…


「パパ…おやすみなさい。」


タニアは思わず、いつもより声を大きくしてタヨハの後ろ姿に声をかける。


「ああ、おやすみ…」


顔だけ振り向いて答えてくれたタヨハだが…無理して笑ってくれている彼も切なくて…


ドアが閉まると、堪らずタニアはエンデに抱きつく…


「…初めてよ。パパのあんな…こんなに深いパパの悲しみが伝わって来るのに…私は何も…」


溢れる涙を拭いもせずに無力を嘆くタニア…


「…僕は2度目だよ。笑顔が戻りかけたタニアちゃんが変な男に絡まれて…ここに連れて来られた時より酷い状態になってしまった時、打ちひしがれる彼にかけられる言葉なんて…無いに等しかったから…」


「……」


…いいえ…


あの時のエンデの励ましには、パパはとても感謝しているわ…


「…師であり、育ての親と言ってもいい程の存在である長老の最後には、タヨハさんは側にいられない。それは立場的にも状況も、仕方ない事なんだけど…それでも、そんなタヨハさんの側にタニアちゃんがいるといないとでは受けるダメージはかなり違うように思うんだ。だからさ…」


エンデはタニアをぎゅっと抱きしめて、


「君は君らしく、いつも通りに笑顔で日々を過ごしていれば、タヨハさんも釣られて笑顔になって行くんだよ。そういう意味でも、僕達の出来る事を頑張って行こうよ…」


「…そうね…ねぇ、エンデ…あの……」


タニアはおずおずと顔を上げ、すまなそうにエンデを見る…


「…分かっているから…そんな顔をしないで……」


そんなタニアの額に、エンデは愛おしそうに唇を落とす…


「…ごめんね…」


2人は…はヌビラナで約定が結ばれ全員が帰還出来た段階で、既にヨハやミアハの民に何が起こるのかが具体的に見えてしまっていた。


…だから…


ヒカのお腹の子が無事に産まれて来るまで…そして、ミアハの民の危機を回避出来るまでは、自分達の事は後回しにしようと決めたのだ。


約定の証の子であるヒカのお腹の子が…なんらかの希望を運んでくれる気配は、既に2人は感じている。


それが何かを見届けてから、2人のこれからを具体的に考えて行こうと決めている。


「君が謝る事じゃない。僕もそれがいいと思ったからね…」


そう言って、今度はタニアの唇へ自身の唇を重ねた。


「……」


長いキスであったが、名残惜しそうに2人は離れ…


「だから、お楽しみはとって置かなくちゃ…」


「…バカ…」


恥ずかしそうにタニアは俯き、エンデに再び抱きつく。


「ありがとう…エンデ…大好きよ。…だから…だから…いなくなったりしないでね。」


「…しないよ。僕は…君が思ってくれているより何倍も君が大好きだから…その愛しい人にそんなこと言われたら…出来る訳ないじゃないか。」


エンデは泣きそうになりながら、タニアを再びぎゅっと抱きしめ直した。


「私は諦めが悪いって…パパからも聞いたでしょう?もしあなたが消えても、私は必ずあなたを見つけるから…私に捕まった哀れな子うさぎと思って諦めてね…」


「……」


自身の腕の中に収まりながら、ちょっと怖い事を言うタニアにエンデはドキドキしながら、


「…君を食べ尽くす狼かも知れないよ…」


と囁くように言って、タニアに髪に口付けするエンデ…


「…バカ…」


と…


「あ、ごめん…トイレ…我慢出来なくて…」


カタンという物音に反射的に離れる2人に、音を立てた主がすまなそうに言う。


「あ、あの…そろそろ私達も明日に備えて寝ようって…言ってたの。」


「…そうか…夜はまだまだ長いからね…君達はまだ急ぐ必要はないよ。おやすみぃ〜」


気まずそうに言い訳するタニアをなんだか嬉しそうに見ながら、タヨハはトイレに入って行く…


「もう、パパのバカ…」


気恥ずかしそうにタヨハの方を睨むタニアを、エンデが背後から優しく抱きしめる。


「でもなんだか…さっきより明るいタヨハさんだったよ…」


エンデはホッとしたように呟く…


「…そうね…」


そして2人はタヨハがトイレから出る直前でやっと離れ…


間もなくやって来る辛い未来を否応なく感じた1日は、やっと終わろうとしていた…





そして翌朝…


ノシュカが書き置きと入院費を入れた封筒だけ残して、ティリの病院から姿を消した。




更に…


「やはり行くのですね…」


早朝にひっそりと退院し出国しようとしていたバフェムは、手続きに気を取られ背後にジウナが来ていた事に気付かず、唐突な彼女の声に思わずビクンとなる。


「…こんな早朝に…なぜ分かった?」


ジウナはちょっと寂しげに微笑んで…


「…親しくなった人の心の機微には特に敏感なモノで…あなたはきっと院内の職員から、長老が私達にお話しになった内容を探られるだろうと思いました。そして内容を知ればあなたは… ミアハでの事故で負った怪我の恩を返そうと動かれるように思いました。」


「…今回の件の恩もあるよ…けど、君は本当に鋭いね。」


必要な書類を書き終え、感心したように改めてジウナを見るバフェム…


「…幼少期の後悔を繰り返したくはないので…私は自然とそうなって行ったのでしょう…」


過去の悲しみを必死に見ないようにして、ジウナは努めて普通に答える…


「あ…辛い事を思い起こさせるような質問してごめんね。今まで本当に色々ありがとう。君がちょこちょこ様子を見に来てくれたお陰で、予想外に楽しい入院生活だったよ。」


「…私こそ…ヌビラナでの事、あの時の映像を危険を承知でヨルアさんに見せて下さった恩は返さなければなりません。…これで返し切れたとは思っておりませんが…」


ジウナ自身、どこかでバフェムとの会話を楽しみにしていた部分に照れながら、無意識に恩返しの部分を強調して話していた…


「ですので…これはほんの気持ちで申し訳ないのですが…」


と言って、微かに赤面しながら小さな紙袋をバフェムに渡す…


「あ、ありがとう…こんな事…気を使わなくていいのに…」


と言いながら受け取る。


「き、木苺のパイです。パイと言ってもそれ程繊細な生地には仕上がっておりませんが…私達の生活域にある林には野生の木苺が群生していまして…姉弟子がよく作ってくれたのを見よう見真似で…これは私が唯一作れるお菓子なのです。お口に合うか分かりませんが…」


説明しているうちに真っ赤になって行くジウナを、バフェムは嬉しそうに眺めながら…


「そうなんだ…実は僕は甘いものが大好きなんだ。嬉しいよ…ありがとう。」


「そうですか…よかった…」


「……」


真っ赤になったり、心からホッとしている今のジウナは、いつもどこか張り詰めた空気を纏い、努めて自分の気配を消すように佇む影の薄い子ではなく…


年相応の愛らしい少女だった。


そんなジウナに、バフェムは小さく息を吸ってから…


「…ねぇ、今度会えたらさ…一緒にセヨルディに行ってくれないかな?」


「え……」


全く予想していなかった展開に、ジウナは思い切り目を丸くする。


「い、一緒って…だ、誰とですか?」


バフェムはジウナの問いに本気で面白そうに笑い…


「君と僕に決まっているだろう?他に誰がいるんだよ。…前も話したけどさ…以前に初めて行った時、楽しくてテンションが異常に上がっちゃって友達と戯れあった際にベンチの角に太ももぶつけて大袈裟してるんだよね。だから今度行く時はちゃんと楽しんで最後まで良い思い出にしたいって思ってたんだ。だから…俺とじゃ嫌だ…?」


ジウナの正面に移動しながら、バフェムは不安そうに聞く…


俺…?


なんだかどんどん砕けた言い方に変化してる…?


これって…もしかして…?


ジウナの脳裏にデートという言葉が浮かび、一瞬気持ちが舞い上がるが…


あっと何かに気付き、いつものジウナに戻ってしまう。


「…無理かも知れません。セヨルディどころか…その頃の私達はもしかしたら…」


昨日の話を思い出し…ジウナの表情はスッといつもの雰囲気に戻る。


「ジウナさん。それ…良くないよ…」


バフェムはジウナの両腕をグッと掴み、


「今から希望を捨てていてはダメだ。だって、希望を作る為にあの少年は命を賭して能力を使うんでしょう?って…あの場にいなかった筈の僕が結構不味い事を言ってるかもだけど…ジウナさんだから言うよ。今、ミアハの人じゃなくても、ミアハの為に頑張っている人はいるんだ。その人達の為にも希望は捨てないで…」


ジウナは辛そうに顔を歪めながらも…


「…そうですね…すみません。昨日の長老のお話しは…その…色々重すぎて…今はまだ落ち込んでるミアハの民は多いと思います。でも…バフェムさんの言う通りです。私は…一応覚悟は出来ているのですが…希望は最後まで捨てません。」


そう言って、彼女は力の籠った目でバフェムを真っ直ぐに見た。


「よかった。じゃあ今は口約束でもいいから、一緒にセヨルディに行ってくれる?」


「え、それは…あの…」


バフェムのお誘いに、

再び恥じらい口籠るジウナ…


「このお菓子のお礼をしたいんだ。前回僕は怪我騒ぎでそのままティリの病院に運ばれて…親に怒られたり友達にも迷惑かけてしまったりで…なんだか記憶が曖昧になってしまってたんだけど、また同じ病院に来たせいか…あそこでとっておきの場所を見つけていた事を思い出したんだ。妙な縁だけど、せっかくミアハの人間である君と仲良くなれたから…一緒に行ってみたいんだ。」


…あ…そういう…


ジウナはなんだか少しガッカリした…


「…私…実はまだ行った事がないんです…」


「え?そうなの…?だったら僕が案内してあげるよ。」


「は…?」


ミアハの人間が…ミアハの外から来た人にセヨルディを案内してもらうって…


ジウナはなんだか可笑しくなり、くすくす笑い出す…


「…なんで笑うんだよ…」


「だって…」


ジウナが笑う意味が分からず、怪訝な顔をするバフェムだが…


すぐ笑顔になって、ニコニコしながらジウナをまじまじと見て来る…


「…なんだ…そんな風にも笑えるんだね…可愛い…」


「…!…」


バフェムの不意打ちの可愛いに驚いて、思わず仰け反るジウナ…


「今朝はジウナの色々な表情が見れて楽しかったよ。じゃあまた…」


ジウナがそのまま距離を取ると、バフェムは少し寂しそうに笑いながら、クルッと背を向けて歩き出す。


「あ、あの…お気をつけて…」


病院の前の道を少し歩くと広い道に出るのだが…誰かと待ち合わせをしているのか、バフェムは迷いなく広い道を目指しているようだった。


「ありがとう。じゃあ次はセヨルディで…」


振り向かずにそう言って片手を軽く振り…バフェムの姿は徐々に小さくなって行く…


「だから…わ、私は行くとは…」


見送りながら、ジウナは思わずそう返してしまうが…


バフェムは何も言わず振り向きもせず…


歩いたまま、また少しだけ手を振った…






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