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75 本当の姿


「…ねぇあんた、このままだと一生後悔するかも知れないわよ……」


「……」


ソフィアと一緒にケントの家に帰る予定だったカイルを呼び止め、半ば強引に自分の車に乗せてソフィア達の車について行く形となったヨルアは、運転しながらあえてカイルの方は見ずに話の口火を切った。


「…あなたが心配する事じゃないです。」


「………そうね…」


可愛げない言葉の中に、何か切羽詰まっているけれど自分でもどうしていいのか分からない混乱と…自分で作り出した孤立感が…ヨルアにヒシヒシと伝わって来ていた。


彼の頭の中に埋められている小さな金属によって、ヨルアがカイルから受け取れる情報は限られてはいるが…


その金属チップの影響をほぼ受けないタニアから、今のカイルの状況を詳しく聞いてしまったヨルアは…ずっと彼と話さなくてはいけないと考えていた。


「…限られた時間の中だけだったけど、あんたは私の相棒だった。やりきれない思いや孤独を感じ苦しんで寝込んでしまった時…トインを連れてお見舞いに来てくれた時は驚いたけど、凄く嬉しかったから…元相棒として力になりたいと思ったの。」


「……そんなの…」


「タニアちゃんがね…最近、彼女とはやっと普通に話が出来るようになって来たんだけど…彼女がね、ある家族がすれ違ってしまって皆んな辛そうだって。どうやらその家の長男君が誤解をしてるようだけれど、御両親は長男君と血が繋がっていない事を認めたくなくて、彼の誤解をどうやって解いたらいいのか分からない状態になっているみたいって、言ってたの。」


「……」


よりによってヨルアに家庭の状況を指定され、図星を刺された動揺と、ヨルアに対する複雑な感情が湧き出て来てしまい…


カイルは抑えきれない涙を隠すように、無言で顔を窓の方へ向けた。


「…お母さんは…思いがけず妹さんを授かっていた事が分かった時、長男君の事を思って産む事を迷っていた時期があったみたいね。その事でお父さんは、長男君を本当の家族と思うなら彼の妹を産む事に悩む必要はないじゃないかと…お母さんが悩む意味が分からなくて、御両親はギクシャクしてしまい…勘が鋭く頭も良い長男君は、御両親の変な空気を察した。元々好奇心が強く、1人でどんどん出掛けたがる放浪癖があった長男君は、時々遊びに来ていたアイラさんの自宅へ唐突に現れて周囲を驚かせていたみたいだけど…お母さんの妊娠が分かってからは放浪癖がどんどん加速して、家に帰らない日が増えて行ったそうなの。その中で、ふとしたタイミングでアイラさんの内緒の会話を立ち聞きしてしまい…彼は自分の事を色々と調べ始め…どうやら両親とは血縁関係はないと知ってしまったようなの。」


「…その男の子は、自分の事で両親に喧嘩して欲しくないんだと思う。赤ちゃんが産まれたなら3人で仲良く幸せになれるんだよ。」


震える声で…カイルは絞り出すように答える。


「…長男君と御両親の誤解はその辺りらしいわ。御両親は4人で幸せになろうとしているけれど…事実を知ってしまった彼が頼った血縁上の祖父母の家が居心地が良いなら無理矢理連れ帰っても辛いだけなのかな…?って、御両親はかつて仕事上の上司でもあったその祖父母に遠慮してしまっている面もあるようなの。」


「……」


「…タニアちゃんの能力は、カイルも知っているでしょう?」


「……」


何か言えば、泣いている事がバレてしまうから…カイルは返事をしなくなってしまっていた。


「…タニアちゃんがね…今ならまだ間に合うのに…尊敬する元上司の奥様の名前をもらったその妹さんは、兄想いの優しい子に育って、とても素敵な家族になれるのにねって…言っていたの。」


「………のさ。」


しゃくり上げながら、ボソボソとカイルが何か小声で喋った…


「え?…よく聞こえなかったわ…もう一度…」


「その男の子を産んだお母さんは…どう思っているのさ…」


「……」


カイルの問いかけにヨルアは思わず絶句するも…


一度、大きく深呼吸して口を開く。


「…産んでないの。……アクシデントがあって…その人は流産してしまったと思い込んでいたから…自分は母としてその子に関わる資格は無いと思っている。だけどその人はね…自分の為に健気な事をしてくれたその子がとても可愛いの。だから…その子が困っているなら力になってあげたいし…幸せになって欲しいのよ…」


「……」


助手席からは、もはや人目を憚らない号泣の声が…


ヨルアも堪え切れず涙が溢れて来ていて…


彼女が恐る恐るカイルの方を見ると、


「…本当のカイル君なのね……初めまして。」


そこには、泣きじゃくる10歳くらいの少年がいた。


「違う。マシュイ…僕の名前はマシュイだよ…」


泣きじゃくる顔を隠すようにして、マシュイは本当の名前を名乗る。


「そう…素敵な名前ね。…マシュイ…明日はお家に帰るわよね…?」


車はいよいよ見慣れた路地に入ろうとしていて…ヨルアはマシュイに確認する。


「……」


マシュイは答えず…


車はとうとうケント宅の門の前まで来てしまっていた。


「マシュイ…?」


「……」


車が止まってもヨルアに背を向けて動かないマシュイ…


「もう!」


ヨルアは車止め、とりあえず降りてマシュイのドアの方へ回り込む。


と、


「?!」


マシュイはドアを内側からロックしてしまった。


「こら…拗ねてないで降りて…」


ヨルアがドアウィンドウを軽く叩くと、スーッとガラスが下がって行き…


「じゃあ1つだけ…お願いを聞いて…」


ヨルアの顔を見ずにマシュイは言った。


「…お願いの内容にもよるわ…」


ヨルアがそう答えると、ドアウィンドウは閉まってしまう。


「……」


ヨルアが溜め息を1つ吐くと、今度はゆっくりとドアが開いた。


「……マシュイ…?」


…いつもなら、立ち上がると自分より少し上の目線になるのだが…


車から降りた目の前の少年は、ヨルアの胸の辺りぐらいまでの背丈で、いつもの生意気そうな雰囲気は全くなく…とても心細げに立っていた。


そして、


「1度でいいからさ…僕の本当の名前を呼んでギュッてして…」


泣き腫らした目でヨルアを見上げ、不安そうに彼は頼んだ。


「……」


初めて等身大の彼と向かい合ったような気がしたヨルアは…再び込み上げて来る涙を抑える事が出来なかった。


ヨルアはゆっくりとしゃがんで両手を広げ…


「マシュイ…」


生意気で、健気で、可愛い我が子を初めて…思い切り抱きしめた。


すると、まだまだ華奢な腕がヨルアの背中に回り込み、しがみつくように巻き付いて来て…


「ありがとう…」


という小さな声が聞こえて来たのだった。


「…無くしてしまったと思っていた命がこんなに…憎たらしいほど可愛らしい相棒だったなんてね…生きていてくれてありがとう。相棒だった時のあんたは随分と背伸びしていたのね…今の方が自然で全然いいわよ。」


「…うるさい…」


マシュイは呟き…


再びしゃくり上げ泣いていた。


「…御両親はね…あなたを本当の子供と思っているわ。特にお母様は…ずっと赤ちゃんが出来なくて…あなたがやって来て本当に嬉しかったみたい。家の中が明るくなって、毎日が楽しくなって行ったようよ。御両親と赤ちゃんを大切にね。私の事は…親戚のお姉さんと思ってくれたら嬉しい…困った事があったらいつでも相談して…」


「…いつかヨルアさんの家へ遊びに行ってもいい?」


抱きついたまま…マシュイは尋ねる。


「…しばらくは無理だけど、パパが退院したらいいわよ。きっとパパも喜ぶと思う。」


「…ブレムさんは大丈夫…?」


「うん、皆んなのお陰で徐々にね…でもあの時の事は…」


「分かってるよ。誰にも言っちゃダメ…でしょ?」


ここでやっとマシュイはヨルアから離れ、いつもの雰囲気でウィンクをした。


そのタイミングを狙ってか…先程から背後で2人の様子を伺っていたソフィアが…


「…せっかくだから、タニアちゃんも今夜は泊まっていけば?」


と声をかけて来た。


「あ…せっかくだけどパパが…夜遅いと心配するの。最近、夜出かけてるのがバレちゃってさ…」


「…そう…じゃあおじさんが退院したらさ、2人で遊びに来てよ…うちの家族はまた前みたいな距離感になるのを待っている所があるから…ね。」


ソフィアはそう言ってヨルアの肩にそっと手を置いた。


「…ありがとう…ソフィア…パパの事でも…この家の人達には感謝しかないわ。いつか改めてお礼に伺うから…」


「ヨルアちゃん、そんな事はいいから…ただ遊びに来て欲しいのよ…」


首を振りながら、ソフィアはヨルアの話を遮る。


「ありがとう…本当に…温かい人達だもんね…」


ヨルアは目を潤ませながら、肩に置かれていたソフィアの手を握ると…


「お〜い、いつまでそこで喋っているんだ?せっかくだからヨルアも寄っていけよ。」


玄関の方からケビンが声をかけて来た。


「あ、ごめん。今夜は遅いから、もう帰るね。また来るから…」


と、ヨルアはケビンに向かって軽く手を振ると、スクッと立ち上がり…


「あのね、マシュイは明日、御両親の所へ帰るらしいから…よろしくね。」


と、今度はマシュイの肩に手を置くヨルア…


「…そう…あんたの正体はヨルアちゃんにバレちゃった訳ね。まあ…良かったんじゃない?うちの親もなんだか祖父母の感覚でいるから…あんたが帰ったらちょっと寂しがるな…。でもまあ、私も前に言っだけど、あのご夫妻は本当に良い人達だから…勝手に距離を取るんじゃなくて、ちゃんと話さないとダメよ。」


ソフィアも…大分情が移っているらしく、マシュイの帰宅の意思にちょっとガッカリしているようだった。


「…分かってる。」


「…じゃあ…マシュイ、頑張ってね。私は帰るから…」


このままだとヘレナさん達も出て来て話が長くなりそうなので、ヨルアはここで退散することにした。


「あ、うん、気をつけてね。」


「…バイバイ…ヨルアさん…」


手を振る2人に見送られながら、運転席の方の窓を開けたままエンジンをかけると…


「ヨルアちゃんと沢山話せて良かったね。」


というソフィアの声と、


「うん。自分の事は親戚のおばさんと思ってって…」


というマシュイの声が…


ん?と反応してヨルアが振り向くと、舌を出してこちらを見るいつもの彼が…


「コラ、クソガキ。おばさんじゃない。お・ね・え・さ・ん・だ!」


そう言って、ヨルアは車を急発進させたのだった。





翌日…


ソフィアに連れられてマシュイが帰宅すると、玄関の外で両親は待っていてくれて…


母は涙ぐんでいた。


玄関先で軽くソフィアが挨拶をして立ち去ると…


両親はすぐにマシュイを家の中に入れ、母のリブは


「帰って来てくれてありがとう…」


とだけ言って、泣きながらいつまでもマシュイを抱きしめていた。


「マシュイ、私達は…誰がなんと言おうと君のパパとママだ。だから、気がかりな事はなんでも言って欲しいんだ。家族皆んなで分かち合って…相談し合って…仲良く生きて行こうな。」


2人を抱きしめる体制て、父のロイはマシュイに優しく語りかける…


「…うん…心配かけて…ごめんなさい。」


マシュイが謝った直後に、奥の方から赤ちゃんの声が…


「ああ…ついさっき寝たばかりなのに…お兄ちゃんが帰って来たのが分かったのかしらね…」


リブが声のする方へ歩き出すと、ペタペタと…笑顔で一生懸命にハイハイをしてこちらにやって来る、可愛らしい赤ちゃんの姿がマシュイにも見えた。


「あらヘレナ、お兄ちゃんが帰って来て嬉しいの?」


と言いながら、リブはハイハイの途中の赤ん坊を抱き上げる。


リブに抱っこされ目線がマシュイと丁度同じくらいになったヘレナは、マシュイの方へ行きたいと手を彼の方へ必死に伸ばし始めた…


「あら、お兄ちゃんに抱っこして欲しいみたいよ。」


と言いながら、リブはヘレナをマシュイに預けてみる。


「…僕…抱っこ出来るかな…?」


不安そうに…おずおずとヘレナを受け取るマシュイ…


ヘレナはマシュイの首にガシッと掴まり、嬉しそうに兄の腕の中に収まった。


「おいおい…ヘレナはパパの事は無視かい?悲しいなぁ…」


そう言いながらも…マシュイに抱っこされて満足そうなヘレナを見て、なんだか嬉しそうなロイ…


「…ヘレナ、ただいま。」


マシュイがそう話しかけると、ヘレナはニコッと笑った。






「ああ…マシュイ君は元の鞘に収まったんだね。それは良かった…」


[明後日の午後、長老からとても大切な話があるから、自らをミアハの民と自覚する者は可能な限りエルオの丘へ来られたし]


という連絡がポウフ村にも伝わり、ミアハへ向かう人数と移動手段を急遽相談する為に、エンデはセレスの研究所でハンサと打ち合わせをし、それを大体終えた足でポウフ村の近況の報告を兼ねてエルオの丘の長老のプライベートな部屋にいた。


「タニアちゃんの助言は絶妙のタイミングだったと思います。…その件で1つお伺いしたいのですが…あの子はなぜ見た目の年齢を変化させる事が出来たのでしょうか?」


エンデが診療所で彼を実際に見た時も、確かにどう見ても彼は10代後半の外見だったが…


後でタニアから聞いて、彼の思考やエネルギーがチグハグな感じで不思議だった理由が分かったのだが…


「彼の能力は…?」


「ああ…それはね…」


長老は相変わらず分厚い手袋をはめていて、その両手をテーブルの上に軽く重ねるように置きながら、エンデの問いかけに答えようとすると、


「失礼致します。」


という男性の声がドアの向こうから聞こえて来た。


…?…ハンサさんじゃない…あまり聞き覚えのない声だけど…隣に誰か…


あ、彼女は…


「ああナクスか…待っていたよ。入って来てくれ。」


「…遅くなりまして、申し訳ございません…失礼致します。」


「……」


入って来たのは、やはり1人ではなかった。


「あ、丁度いい…彼なら今の質問には私より詳しく答えくれるかも知れないよ。何せ彼は…」


知っている。


直接話した事はないが…


「…ご無沙汰をしております。」


その大柄の男性の後ろからそう言って遠慮がちに入って来た若い女性は…


「ゼリスも…よく来てくれたね。」


終始かなり意識してにこやかにいる長老は、心から嬉しそうにゼリスに語りかける…


「…長老…私はここにいてもよろしいのでしょうか?」


彼等をここに呼んだという事は、何か…大切な話があるのは間違いないだろう…


ティリの長と、セレスの次期長候補と言われているゼリスと横並びになり、エンデは戸惑いながら長老に問う。


「ああいいんだよ、エンデ…君にもいてもらいたい。そして、ここでの事を後でタニアに伝えて欲しいんだ。」


「……」


…笑っているのに…


重々しい空気を纏わせ始めた長老は、エンデを見ているのに…どこかとても遠い所を見つめているように感じた。
















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