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68 寄り添う人達


「……」


「……かしら…」


「いや……」


「…?」


…何…?


沢山の人の気配…


誰…?


目を開けたいのに…


身体が重い…


足が…鉛のよう…


いや…焼けた鉛を当てられている…?


熱い…


痛い…


助けてパパ…


ああ…そうだ…


パパはもう……


「…パパ……待ってて…」


「…!……」


ヨルアが眠るベッドを囲んでいた人達が、ヨルアの発した言葉に息を飲む…


「ヨルアちゃん…?」


ヨルアの枕元に立っていたヘレナが、彼女の傷だらけの手を握りながら話し掛けてみる…


「……」


時々苦しそうな表情を浮かべて微かに首を動かすが、ヘレナの呼びかけに反応する様子はない…


「…まだしばらくは目覚めないと思います。気力だけで動いていた状態で、フェリアさんの打った薬はかなり強力でしたから…」


「…そうですね。意識の浮上はもう少し時間が必要のようです。…時間というか、治療の為の時間と言った方が正確でしょうか…。彼女の身体は、混乱と絶望が治癒を妨げているようなので…」


タニアの説明に補足を加えたケイレが窓際で囀る小鳥の方を見た事で、皆は彼女が伝えようとしている言葉を察する…


「あの鳥…ヨルアの素手に接触していてよく復活出来たな…」


「リンナが目覚めさせてブルーベリーをあげたからね。彼女のブルーベリーは栄養たっぷりだから…」


カシルの呟きに応えるようにトウが説明し、彼の頭に乗っていたリンナもうんうんと自慢げに頷く。


「でもリンナって怒ると怖いんだな…このヨルアを懲らしめてしまうなんてな…」


先程の修羅場で見たリンナの形相を思い出し、カシルは思わず身震いをする。


「…リンナは優しいよ…心配しているから懲らしめたんだよ。僕も前に、好奇心で猛毒の実に素手で触れようとした時…叱られて…あの形態で手をペシペシされたんだ。もの凄く痛かったけど、後で見たら手はなんともなってなかったよ。」


そう言いながら、トウはヨルアの傷だらけの手を生暖かい目で見つめながら続ける…


「傷だらけではあるけど火傷みたいな痕はない。この傷はここに来るまでに負ったモノだよ。僕はまだ見た事ないけど、長が仰るには、リンナみたいな特別な力を与えられた精霊が本当に怒る…いや、呆れた時は、触れただけで命を奪うか廃人にしてしまうらしいです。」


トウの話を聞きながら彼の頭の上でくつろぐリンナは、うんうんと腕組みをしながら真顔で頷く…


「…とても可愛いのに…リンナちゃんが怒ったら、それはかなりの問題が起きているという事なのね。だそうだからカイル、気をつけなさいね。」


ソフィアが意味深な視線と共にカイルに忠告する。


「な、なんだよ。僕は何も…ソフィアさんだって…」


何か言いたげに不満の表情を浮かべるカイル…


「…2人とも止めなさい。余計な話をこんな所に持ち込むんじゃない。…2人には後でそれぞれ個別に話を聞こう…」


「……」


お互いに責めるような視線を送り合う2人を見て微笑むタニアは、


「そうですね…確かにヨルアさんの身体の傷の殆どは、ここの近くの森の中で負ったモノのようです。…狼とやり合っている姿も見えますから…手の傷はほぼ狼によるモノのようなので、先程ミリさんにワクチンを打って頂いています。」


と、スルッと話題をヨルアに戻す。


「お、狼…でもこれだけの傷で済んでいるという事は、多分ヨルアちゃんは狼に勝っているんでしょうね…」


ソフィアはまじまじと手の傷を確認しながら呟く…


と、不意にノックの音が聞こえ、狭い室内にいた全員がドアに視線を移す…


「お2人が到着致しました。」


ドアの外の声に、室内の空気も僅かに変化する…


「…では、私達は部屋を変えましょうか…」


ヨルアのベッドを取り囲む集団から一歩引いて様子を伺っていたタヨハが、新たな人物の到着の知らせを聞いた処で部屋の移動を促す…


「じゃあ…何あったらこのボタンを押して知らせてくれ。頼むな…」


ぞろぞろと皆が部屋を出て行く中で、カシルがラフェンに後を託すような言葉をかけて後に続く…


「…分かりました。」


…なんで僕?


という疑問をぶつけても仕方ない空気はなんとなく理解し、ラフェンは答える。


「…場合によっては…たくさんの人間の気配がなくなった事で、ヨルアさんはリラックスして早めに目覚めるかも知れません。その時は、私達を呼ぶ前に少し話をしてみてください…あなたならもしかしたら…」


「僕…が…ですか…?」


よく分からない事を言って来るタニアにラフェンは少し戸惑う…


「…無理はしなくていいんです。でもチャンスがあったら、とりあえず少し会話してみて下さい。…いざとなったら、あの鳥もいますから大丈夫です。…ね?」


困惑するラフェンに少しアドバイスを加えつつ、窓辺で囀り続けている小鳥にウィンクしながらタニアも出て行く…


そして…


「…よく分からんが…少しの間、ヨルアをよろしくな。」


と、縋るような目でラフェンの肩に手を置き…


ケビンも出て行った…






「……」


なんだか空気が軽く……?


…ああそうか…


人の気配が…消えた…?


相変わらずずっと…鳥が囀りが…


またあいつ…?


「……」


でも…不思議と…


うるさくない…のね…


ああもう…


なんでこんなに…足が痛いの…?


「…ヨルアさん…?」


ヨルアが何度も寝返りを打つので、ラフェンは彼女の腕に繋がっている点滴の管が捩れないかと気が気でなくなる…


彼女の寝返りに併せて、ラフェンは管の位置を安定させようと行ったり来たり…


それを数回繰り返した直後…


ラフェンはヨルアがパチっと目を開けた事に気付いた。


「……誰?…あ…んた…ここは…あっ」


ラフェンを怪訝そうに見ながら、ヨルアは慌てて起き上がろうとするも…眩暈で身体を起こしきれず…元の位置に着地する。


「ま、まだ安静にしていて下さい。ここはポウフ村の診療所で。僕はラフェンと言います。まだ学生ですが、ケントさんのお仕事のお手伝いをさせてもらっている縁でここにいます。皆さんは今、隣の部屋にいますが、じきにこちらに戻ると思います。お薬が徐々に効いて来ているみたいですが、まだ熱もありますから…足の腫れが引くまでは治療が必要みたいです。ですから…あっダメですよ…」


説明の途中で起き上がろうとするヨルアを制するラフェン…


「…ケントさん…?…なんでおじさんがここに…?」


「…皆さんかなり心配されていますよ。…どこまでお話しして良いか分かりませんが…あなたのコンディションがある程度まで戻り次第、あなたをブレムさんの所へ連れて行く予定のようです。」


ヨルアの表情がブレムの名前を聞いて、一気に険しくなる。


「パパの所?…パパはどこにいるの?」


「……」


現状、髪の色は元の茶色に戻ってはいるが…ラフェンはヨルアの髪の色の変化に注意しつつ、


「僕は聞かされていません…」


「あなた…」


ラフェンを見つめるヨルアの目がみるみる厳しくなって行く…


「パパに何をしたの?パパに会っているわよね?長老も一緒にいたでしょう?」


ヨルアの髪が微かに赤みを帯びて来たので、少し身構え…ある程度の覚悟を決めて話す…


「…会ったという言葉が正確か分かりませんが、対面はしています。その件は、あなたの誤解を解く為にもタヨハさんやケントさんから直接聞いた方がいいと思います。」


「…誤解?何がどう誤解なの?あの星で起きた現象はセレスのせいで、パパは助けてもらえずに逃げ遅れて、ミアハの作った逃げ道に巻き込まれてセレスに運ばれたんでしょう?違う?」


「…そういう事は…僕は分かりません。確認すべき人を間違えていると思いますよ。」


…ヤバいな…髪がピンク色になってる…


ラフェンはボタンを押すか迷い…窓辺の小鳥をチラッと見るが、相変わらずのペースで囀っている…


…どうしよう…?


「…パパはまだ生きられたのよ…あの事さえなければ…私も最後まで寄り添えたのに…」


ヨルアは涙を零しながら宙を睨む…


「…?」


あれ?…顔は怒っているのに…髪はピンク色からまた茶色に戻りつつある…?


「…あなたの能力は皆さんご存知ですから…嘘は言われないと思います。知りたい事は然るべき方に聞かれるのが一番確実です。とにかく、安静にしてお待ち…」


と、髪の色はさほど変化は無いのに、ヨルアは再び起き上がろうと踠き出す…


「ちょ…」


ラフェンは慌てて彼女を抑える。


「邪魔するな。あんたに理解してもらおうとは思わない。ケガしたくなければ退きなさい!」


ヒッ…


ヨルアの腹の底まで響くような低い声に、ラフェンは悲鳴を口の中で必死に留める。


…にしても…


肉親の死が辛い事は自分もよく分かる。


だけど…この人の為に皆んな…必死になって奔走しているのに…


まるで…子どもみたいに悲しみや怒りを剥き出しにして…


「確か…リンナという妖精に叱られたのでしょう?冷静になりなさいって…。妖精を頭に乗せた少年は、まだ隣りの部屋に皆といると思いますよ。」


「ヒッ…」


ラフェンの言葉にヨルアは…こちらは声に出して恐怖に固まる。


「…あなたの悲しみの深さは、事情をそれほど深く知らない僕にも伝わります。…僕には…そんな風に悲しみを剥き出しに出来るあなたが、羨ましいさえと思ってしまいます…」


ラフェンの思わぬ告白に、ヨルアは目を見開き、まじまじと彼を見つめる…


「……ふ〜ん……大好きな恩人に振られ…それも…振られたてのホヤホヤな訳ね…残念だったわね。…でも、そんな不幸自慢なんてウンザリなだけよ。」


ヨルアは意地の悪い笑みを浮かべながら、ラフェンに辛辣な感想を返した。


「…分かりませんか…?僕に何の思い入れも関わりも無ければ、そんな風に通り過ぎる人の方が多い世の中です。…僕が知り得る限り…ミアハの長老はあなたの未来を思い、ケントさんを通して僕を呼んだように見えました。それに…今のあなたの悲しみに寄り添おうとしているから、それぞれの事情を脇に置いて、アイラさんやケントさんやヘレナさん…ケビンさんやソフィアさんやカイル君も…あなたを心配してここに来ているんです。」

 

「え…?ヘレナ…さん?ケビン?…カイルまで…なんで…」


驚きと戸惑いで、ヨルアの表情から怒りの気配は一気に無くなる…


だが…


ヨルアの様子に安心したラフェンは…うっかり地雷を踏んでしまう…


「最愛の人を失った悲しみを、敵討ちのような感情で紛らわすなんて…お父様を失望させるだけでは……!!…」


言い終わらない内にヨルアにガッと腕を掴まれたラフェンは、後悔は既に遅く…


グィッと身体を引き寄せられて、気が付けばヨルアの顔が目の前にあった。


「黙れ…お前に何が分かる。」


しまっ…眼鏡…外し…


バサバサッという鳥の羽音が近くに聞こえ、赤くなり始めたヨルアの目を見つめながら…


ラフェンは意識を手放した…






「…!」


リンナがトウの頭から飛び立つとほぼ同時に、小鳥が嘴で窓ガラスを何度も突く音が部屋に響いた。


「隣りで何か問題が起きているようだって…」


トウがリンナの言葉を伝えるや否や、部屋にいた皆が一斉に立ち上がり、隣室に駆け込んで行くのだった。









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