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67 対峙


「……」


初めて足を踏み入れたこの村は…


狼のいたあの森とは打って変わって、木々はそれなりに密集している所はあるのに…


穏やかで明るい雰囲気で、小鳥の囀りもよく聞こえる…


ヨルアは思わず鳥の囀りが聞こえて来る方へ視線を向ける。


囀りは多分、あの雑木林からか…


あの辺りであの男は育ったようね…


奴の…古い気配の残りカスみたいなモノをたくさん感じる…


「…?!」


…火?…土地の古い火の記憶…火事…?


向こう側の集落は、かつてロクでもない奴等によって火の海になった…?


…あの男も…火事の混乱の中で母親と死別している…


「…ふふ…」


天敵のような奴と似た古傷があるなんてね…


ヨルアは苦笑するしかなかった。


「お久しぶりです、カリナさん。いえ、ヨルアさん…」


いきなり脇から現れたタニアにギョッとし、思わず少しのけ反ってしまうヨルア…


気配を…


直前まで感じなかった。


土地の過去の様子が珍しく良く見えて、意識を集中し過ぎていたから…?


「久しぶりね、タニアちゃん。直前まであなたがいた事が分からなかったわ。随分と小洒落た芸等が出来るようになったのね…凄いじゃない。」


「…体調がお悪いみたいですね。私が凄くなったんじゃなくて、あなたの力が弱くなり始めているんですよ…」


…え…?


「髪の赤みが大分薄れていますよ…セジカを放してあげて下さい。用があるのは私でしょう?」


…いや…体調云々より前に…なんだろう…怒りの衝動が…沸いて来ない…


ついさっきまで怒りを持て余していたのに…


ヨルアの動揺には特に触れる事なく…タニアは淡々と対応してくる。


「とにかく、セジカを放して下さい。まずはそれからです。」


「はいそうですかって放す訳ないでしょ?」


落ち着き過ぎている目の前のタニアに若干イライラしながら、ヨルアは答えた。


「分かっています。あなたの今の目的は私の確保ですよね?ですから、私がセジカと交代します。」


「ダメだよタニアさん。そもそもこの人はずっとあなたを狙って…」


じっと様子を伺っていたセジカは、ここでタニアに必死で叫ぶ…


「ホント…可愛いわよね。あんたを助けたくて必死なのよ…タニアちゃん、あいつからこの子に乗り換えてあげたら?」


「!!…」


直後に強い衝撃がヨルアの頬に…


そして、まるで頬をビンタされたような痛みが後追いで付いて来た…


「痛っった…」


ヨルアはタニアを改めて見るが、彼女は自分から2m弱離れた位置に…身動き一つせず立っていた。


「あ…目…」


そう…


ただ彼女の目の色が黄色に変化していて…


それは徐々に元の色に戻りつつあった。


「…やるじゃない…」


「…攻撃…するつもりなんてなかったです。ごめんなさい…。あなたの今の心痛は私なりに察しております。だからといって、セジカを侮辱していい理由にはなりません。」


そう言いながらタニアは、薄くなりかけていたヨルアの髪の赤みが…少し戻りつつあるのをさりげなく確認した。


…ごめん、エンデ…


せっかくあなたが…


「タニアちゃんの能力の進化が見えて、なんだか楽しくなって来たわ。じゃあ私もそのお礼に…こんなのどう…?」


「あっ……」


ヨルアが言い終えない内に、セジカが苦痛に顔を歪めた。


…腕…?セジカの右腕を折ろうと捻っている…?


ヨルアは相変わらずセジカの肩をしっかり抱き寄せている状態だが、特に動いている様子はなく…


…能力による意趣返しか…


「止めて!やるなら私にして!」


タニアが前に出ようとすると、


「近寄ったら、この子の腕を一気に捻るわよ!」


そう叫んだヨルアは、セジカを抱えたままグッと後ずさる…


「タニアちゃんたら…ヌビラナから帰ってからは英雄気取りじゃな〜い?偉そうで…嫌な感じよ…?」


「だから、気に入らないなら私を狙えばいいでしょ。セジカは関係ない。」


「嫌よ…それじゃあタニアちゃんのダメージは限定的だもの…」


「……」


まずとにかくセジカを解放してあげたいタニアは、ヨルアに隙を作れないかあれこれ思案していると…


「…でもまあ…この子は腕の骨くらい一本折れても、若いからすぐ治るわよ?」


というヨルアの言葉の直後に、


「うわぁ〜!」


再びセジカの悲鳴が…


そうか、この人は私を怒らせようとしてる…んだ。


いいわよ、乗ってあげる…


と、タニアはヨルアの首を遠隔で締めて落とそうとした……その時、


「ヨルア、お前はいつからそんなに性格悪くなったんだ?今やってる事は、結果的にお前を育てたブレムさんの名誉まで貶めてるんだぞ…俺はそんなの許さないからな!」


背後から叫ぶカシルの声に、ヨルアの集中が一旦途切れる…


「うるさい。あんたに何が…」


ブレムの名前に動揺しながら振り返って叫ぶ途中で…


「うわっ!何…?」


さっき囀っていたのと同じ種類らしい鳥が、ヨルアめがけて飛んで来て…


ギリギリ逸れて通り過ぎようとしたところを、ヨルアはその鳥を叩き落とした。


「あの男ね?…ほんっと、イチイチ小癪で苛つくわ…」


だが、一連の皆の行動は無駄ではなく、セジカはヨルアの注意が逸れた一瞬の隙を見極め、上手く逃げられたのだった…


「くそッ!」


忌々しそうに、セジカを守るように前に出たタニアを見つめるヨルア…


直後…


タニアは更に近付き、ヨルアの目の前に立つ…


「ヨルアさん…こんな事をしてる内にあなたは力尽きてしまうわ。本来、ここにはあなたを傷付けたい人はいないのです。私はあなたの目的の為に協力すると言っているのだから…早く一緒に長老の所へ行きましょう。」


「……」


…本来のヨルアの目的はそうだった。


だが…


タニアが近くに来た事で、ヨルアは彼女の幸せな未来がクリアに見えてしまい…


悲しみと共に、タニアへの羨望が強い憎悪へと変化して行くのが彼女自身も自覚出来た。


「なら、タニアちゃんは…私と一緒に逝ってくれるのね…?さすが親友…」


再び髪の色が真紅に変化し始めたヨルアの手は、ゆっくりとタニアの頬に触れようとしていた。


「タニア、ダメだ。そいつは…」


避けようとしないタニアに、カシルが慌ててヨルアに飛び掛かろうとダッシュした瞬間、


再び何か小さいモノが、ヨルアの顔めがけて飛んで来た。


「ふん、同じ手は2度と食わない……?…!…」


ヨルアは今度は逃すまいとその小さいモノを衝突の寸前に捕まえたのだが…


「…何…こいつ…」


捕まえたモノは、ヨルアの手の中で急激に熱くなって行き…熱さに耐えきれず投げ捨てようとしたのだが、何故かそれは手から離れず…


ヨルアがその存在を改めて見ると…


「ヒッ……」


その小さな存在は、翼が燃え上がる炎のような形態で…顔は人の様にも見えるが…鬼のような形相で、髪をヨルアの指に絡み付けて睨んでいた。


手が…


燃えるように熱い…


ヨルアは苦しげな表情を浮かべながら、自分の手から離れようとしないその存在をなんとかしようと手をぶんぶん振り回しもがいていた。


「関係ない人達を傷付けようとするし、タニアさんの好意を悪意で返そうとするから…リンナは怒ってしまったんだよ。」


カシルの背後から現れたトウが、悲しげな表情を浮かべながらヨルア達の方へ近付いて来る…


「しない…もうしないから…」


この恐ろしい存在…リンナをなんとかしろと言わんばかりに、ヨルアは苦痛に踠きながらトウに訴えて来る…


「…それなら…ここに来るまでにセジカ達にこっそりマーキングもしたでしょう?それも解かないと…リンナは許さないって言ってる。」


「……今外したわ…だから…」


「…もう1つ…冷静になれって言ってるよ…」


…この状態で冷静になれって言われても…どうしたらいいか…


訳が分からなくなっているヨルアは、


「…分からない…自分でもどうしたらいいか…分からないのよぉ〜!」


と、泣きながら…誰に言うでもなくヨルアは叫ぶ…


「…リンナ…もうその辺で許してやってくれないか…?」


ふらっと…いつの間にやら現れたタヨハが、悲しそうな表情を浮かべてリンナに近付き、懇願する…


「……」


タヨハの顔を見て、リンナはゆっくりと元の姿に戻って行き…ヨルアから離れるが…


警戒するように、ヨルアの頭上を旋回しながら飛び回る…


苦痛からやっと解放されたヨルアの方は、放心したようにその場に座り込んでしまう。


「リンナはタヨハさんの言う事を聞いただけって…まだ君に怒ってはいるから…くれぐれも変な事はしないで…」


旋回を続けるリンナの様子を見ながら、トウは呟くように言う…


「ああ…こんなに足が腫れ上がっているじゃないか。ずっと歩き続けて来たのかい?…痛かったろう…」


足先をパンパンに腫らし、放心状態のヨルアの姿に…タヨハはかつてのニアを重ねて見てしまい…


そっと彼女の足先に触れるタヨハの目からは、涙が止めどなく溢れていた。


「悲しいのは分かるが…自暴自棄になってはいけないよ。カシル君もそうだが、娘も君の事は本当に心配していたんだ。君を心から心配している人がいる事を知る為に…まずは冷静にならなくてはいけない。リンナも…あれはブルーベリーの木の精霊なんだが、エルオの女神の眷属でもあるんだ。君の事がどうでも良ければ、あんな怒り方はしない…記憶と力を奪ってここの民に影響のない場所へ排除してしまえば済む話なんだよ。まずは落ち着きなさい…」


「うっ…だって……うわぁ〜!!」


あまりにも優しいタヨハの声と眼差しに…気が付けば、ヨルアはタヨハに抱きついていた…


そして彼女の髪の赤みはどんどん薄くなり…ほぼ元の色へと戻りつつあった。


タヨハは深緑色の眼鏡を外し、そんなヨルアを抱きしめてあげる…


「…少しでも楽になるなら…泣きたいだけ泣きなさい。気の済むまで泣いていいんだ…」


「…タニアちゃん…」


2人の様子をタヨハの横で複雑な表情で見つめているタニアに…いつの間にか現れたエンデが背後から肩を抱きながら、ヨルアへの同情とヤキモチに揺れ動く彼女の気持ちをさりげなく慰めるのだった…


「君には伝えたい事が色々とあるんだ…もちろん、ブレムさんの事も含めてね…」


ブレムの名前を聞いて、ヨルアはハッとする。


「そうよ…パパを返してもらうの…だから…私はここまで…」


ヨルアはタヨハから離れて立ち上がる…


が、ふらふらと彼女の身体はあちこちに揺れ…最早バランスを取るのも難しい状態になっているようだった。


「待ちなさい…身体が熱いように感じたよ…多分、足の先に何か問題が起きているんだ。まずは君の身体を治療しないと…死んでしまうかも知れないよ。」


「…そんな事…どうでもいいの。パパを返してもらうのよ…」


自分を支えようとするタヨハの手を払いながら、ヨロヨロと歩き出すヨルア…


「ヨルアさん…まずは足の治療をしましょう、歩くのもやっとなほど激痛があるでしょう?」


タニアもヨルアを説得しようとするが…


「うるさい…私は行かなくちゃ…」


と、ヨロヨロしながらタニアの手も振り払おうとする。


次第に髪の色も再びピンクがかって来て…


「だぁかぁらぁ…アンタはまずは元気にならなきゃダメって言ってるのよう〜」


と、唐突に聞き覚えのある声が後ろから聞こえて…ヨルアを羽交締めにする。


「ブレム様に会う前にぃ、アンタが死んじゃうわよぅ。まずは、人の話をちゃんと聞ける体調になりなさい。」


「じ、ジョアナ…さん…?」


ヨルアはちょっと懐かしい人の顔を確認した…


防護服を着て深緑色の眼鏡はかけているが…この独特な喋り方…


「う〜ん…当たらずも遠からずよぅ。まあとにかく、アンタは眠りなさい。」


と言う声の直後にチクッと腕に僅かな痛みが…


「何を…」


「話の続きは目覚めてからよぅ…ブレム様の生死の事も、敵討ちとかねぇ…色々話しましょう。それでも死にたいなら、私が付き合ってあげるからぁ…」


彼女の顔がどんどんぼやけて来て…身体の力も抜けて来る中…なんだか色々と凄い話題が出ていたような…


「死…?付き合うって…?」


「まあまあ…続きは後でよぅ…私の話はどれも本当で本気だからぁ…安心しなさいな。じゃあねぇ…おやすみぃ…」


「……」


聞きたい事は山ほどあるのに…


ヨルアはここで完全に意識を手放したのだった。







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