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64 風船を持つラフェン


「…ったく…あいつめ…電話に出る気はないらしい。」


今日は…彼のこの似たようなセリフを聞くのは何度目か…


ケビンは忌々しそうに耳から手を離すケントを、窓辺に身体を預けたまま心配そうに見守る。


「今のところ…何も動きはないんだろう?」


イラつく父を落ち着かせようと、ケビンは話しかけてみるも…


「あったら困るんだ。何かあったらあの子は…ヨルアはもう…」


結局、父の不安を下手に刺激してしまっているだけの自分に、内心苦笑する…


つい最近のヌビラナ関連のゴタゴタも、政府は今回の小規模な地殻変動によって破壊された基地施設の諸々の損害が政権に向かわないよう微妙にミアハに責任の矛先を向けて、出資者である富裕層の支持者の不満をかわそうとしていて…


それが新たな国際問題の火種になりそうだと…アイラやケントはピリピリしている状態で…


ヨルアは、テイホ国側の滞在員で唯一行方が分からなくなっている父のブレムは既に亡くなっていると見ていて…かなり取り乱した状態が続いていたらしいのだが…


現在の彼女は…更にどんどん心配される状況になって来ている…


「でもさ、あいつも…ラフェンも今日は特別な日なんだよ。せめてあと2時間くらいは待ってあげようよ。」


正午を告げる鐘は大分前に鳴っている…


夕方になる前にはいい加減…あいつも観念して連絡して来るだろうと…


ケビンは、ラフェンの大勝負の1日をなるべくギリギリまで待つつもりでいる。


勿論、行方不明のヨルアの事は心配だ。


昨日から彼女の件で、アイラとケントはお互い連絡はひっきりなしで…ケビンもなんだかんだで不確かな情報に振り回されて、昨夜は帰宅出来てない…


ヨルアの向かう先はほぼ予想はついているのだが…アイラとしては、彼女が問題を起こす前になんとか確保したいのだ。


したがって、テレーサとも連絡は丸一日以上取れていなくて…


ケビンは後回しせざるを得ないプライベートの通話用の機器はもう電源を切っている、後でそのイヤーフォーンの履歴を確認するのが少し怖いのではあるが…


だがまあ…テレーサは色々と心配症だが一途で…


ケビンの事はなんだかんだで受け入れて来てくれたから…


状況が落ち着いたらすぐに彼女に会いに行って、きちんと事情を説明すれば、きっと分かってくれる…と信じている。


だけどあいつは…ラフェンは…


今は最愛の人と付き合えるかどうかの瀬戸際なのだ。


きっと、遅くとも数時間後には結論は出ているだろう…


それまでは…


今までテレーサとの相談事も、いつも嫌がらず聞いてくれた優しいラフェンだから…


ケビンはなるべくギリギリまで待ってあげたいのだ。


「あの子にも…もうすぐここに来るカイルにも、お前は同じ事が言えるか?あの子は…私達には何も言わないが、おそらく彼女の事は分かった上で叔父さんに接近している。そんなあの子に…」


「と、とにかく、僕はラフェンの居場所は大体分かっているから…これから行って、彼をすぐに連れ出せるよう遠くから見守るつもりだから…じゃあ、そろそろ行ってみるよ。」


「え?今なんて…おい…まだ話は…」


カイル…いや、マシュイの事をこの状況で言われるとケビンも…やや冷静さを欠いてしまいそうなので…


彼はケントから逃げるようにして事務所を出た。


「おい。」


だが、ケビンは駐車場で思わぬ人物から声をかけられ振り返る。


「な、なんで…お前…」


「久しぶりだな…」


ケビンは、その場で彼からの要請とその理由を暫し聞かされ…すんなりとラフェンのいる遊園地には辿り着く事は出来ないのだった…




「ねえ、もう一度乗ろうよ。」


「じ、冗談でしょ…あんな早くて怖い乗り物…」


ラフェンに支えられるようにしてゲートを出たイトリアは、今の恐怖をもう一度味わいたいとは絶対に思えなかった…


「…多分、君はまだ乗り慣れてないからだよ…ジェットコースターはキャーキャーワーワー叫んで怖がりながら乗っても、少し経つとまた乗りたくなるんだよ。」


「…とりあえず、今はいい…」


「…そう…じゃあ…少し休憩しようか…」


ラフェンはやや顔色が冴えないイトリアを、視野に入った前方のベンチで少し休ませる事にした。


ああ…つい夢中になって…


イトリアの目線で楽しむ事にちょっと意識が行ってなかったかも…


まだ父の事業が順調だった頃は、遊園地好きのラフェンの為に家族で出かける場所は大体遊園地になっていた。


そんな思い出話をイトリアにポロッとした事があって…


「私も小さい頃は家族で何回か行った記憶があるわ。だったら…ねえラフェン…あなたが遊園地が好きなら、デートの場所は遊園地でいいんじゃない?久しぶりに私も行ってみたくなったわ。」


「……」


あの時のイトリアの言葉を間に受けて…


ラフェンは、自分の好きな乗り物はきっと彼女も好きだろうと…若者の初デートにありがちな、自分の好み優先のデートになってしまっている事に気付き出していた。


…観覧車やコーヒーカップに乗ってた辺りまでは楽しそうだったんだけどな…


慣れてない事もあるんだろうけど…


スリルを味わう系の早い乗り物は、イトリアはどうも苦手なようだった。


「ごめんね、イトリア…つい…自分の好きな乗り物に夢中になってしまっていたよ…」


とりあえず先にイトリアをベンチに座らせて、近くの売店のソフトクリームを素早く2つ購入し、謝りながラフェンはその一方を彼女に差し出す…


「あ、ありがとう…なんとなくソフトクリームが食べたいなぁって思っていたところよ。さすがラフェン…あなたのそういう察しの良い所はお手本にしなきゃっていつも思っているの。私こそごめんね…ジェットコースターは、私はちょっと苦手みたいだけど、そんなのは試してみないと分からない事よ。せっかく遊園地に来たのだから…まだ時間はあるし、また色々な乗り物を楽しみましょうよ。」


少し落ち込みかけていた自分を、イトリアは一生懸命励ましてくれているのをラフェンは感じた…


「…そうだね…今日はせっかく君が僕の都合に合わせて来てくれたんだから…もっと楽しいって感じてくれるような時間にしたいと思ってる…」


…そう…


[これからしばらくは、きっと色々ゴタゴタするだろうから…場合によってはきな臭い事も起こるかも知れない。身動きが取れなくなる前に、例の勝負デートの為に休暇を取れ。]


と…


ちょいちょいケビンの恋愛相談に付き合っている内に洩らした、イトリアとの約束の話を彼は覚えていて…そんな助言をくれた事で実現した今日のデート…


予定より少し早まったけれど…イトリアも色々とあって大変な中で、スケジュールを調整してくれたんだ。


もう後半戦という感じだけど…


結果はどうでも、今日は終始楽しい事で締めくくりたいラフェンだった。


そう、たとえ…


お昼前にあったケントからの複数の着信を無視し、電源を切ってでも…


今日の日だけは…


「ねえ…そういえば、観覧車から見えた湖?かな?…あそこではボートに乗れるって言ってたよね…?せっかくだからボートに乗ってみたい。さっき見た時はそれほど人はいないように感じたから…行ってみない?」


なんとなく沈んでいる今の空気を変えようと、イトリアはナイスな提案をして来た。


「あ、いいね…こういう所のボートって、カップルや家族じゃないと乗る機会ってなかなか無さそうだから…行ってみようか…」


なんとなくの流れで手を差し出すと…


「うん。」


と言って、イトリアは普通にその手を取った。


やった…


ラフェンは内心では小躍りしながらも、


「じゃあ行こうか…」


いつも通りを装い…


2人は手を繋いで歩き出した。


…僕にとって君は救いの天使…


いや、女神だ。


自己満足だろうとなんだろうと…


君は絶望に飲み込まれそうになっていた僕を救い出してくれたのは事実で…


彼女の父であるウェスラーさんのお陰で、父との別れも人並みにちゃんと出来た。


君はウェスラーさんやケントさん達みたいな…理想を忘れずに日々奮闘している素晴らしい人達との縁までくれたんだ。


叶うなら…僕は出来るだけ君の側で恩返しをしたい…


君は僕の事を掛け替えの無い友達と言ってくれるけれど…


デュンレさんという…かなり手強いライバルには勝てないかも知れないけど…


今日だけは…


少しだけ…僕にチャンスをくれた今日だけは…僕が君を笑顔にするんだ。


「……」


湖沿いに道は続き、楽しそうに手を繋いで歩く2人…


微妙に傾き始めた日差しを浴びてキラキラ光るその女神の髪を、ラフェンは愛おしそうに見つめながら…


鈴を鳴らすような声で自分の冗談に笑う彼女の手の温もりを、幸せな気分で感じていた。


願いがどうなろうとも…


きっとこの温もりは、一生忘れないのだろうと思うラフェンだった。




「…どうしたの?ボートの揺れで酔ったかな…?」


お互いボートは初めてで、最初こそはしゃいで…お喋りも弾み、湖の水を掛けっこしたりして、楽しい一時を過ごせていると思っていたのに…


ある瞬間から、イトリアは急に真顔になって…喋らなくなってしまっていた。


「ううん…そうじゃないの…ごめんね…」


ぎこちない笑顔でラフェンを見上げながらそう言った彼女は、直後にゆっくりと周囲を見渡し…


「あ…ねえ、ひとまずあそこのベンチに座らない?」


少し先のメリーゴーランドの傍のベンチを、イトリアは見つけて指差す…


「そうだね。桟橋まで結構歩いたから、少し休憩しようか…あ…」


これから自分達が向かうベンチとほぼ反対側の、メリーゴーランドの乗り口の近くで、ピエロに扮した人が子供達に風船を配っている様子が目に入り…


「イトリア、君は先に行って休んでいて…すぐ戻る…」


そう言い終えない内に既にラフェンの身体はピエロの方へ向いていて…


彼は駆け出していた。


「え?あ…ラフェン?」


イトリアがラフェンの言葉に反応しようとした時は既に、彼の背中は遠ざかっていて…


だが、彼は言葉通りに…


彼女がベンチに座るとすぐに、ゆらゆら宙に浮かぶピンクの風船に繋がれた紐を持って…


彼女の名を呼びながら、走って戻って来た。


「イリアぁ〜風船だよ…」


大切な人をなんとか笑顔にしたくて…


満面の笑みを浮かべて彼がそう呼んだ瞬間…


イトリアは目を見開き…


思わず口元を両手で押さえ…


瞳からは、涙が滝のように溢れた。


「えっ?…えっ?どうしたの?」


近くまで来て、やっとイトリアの異変に気付いたラフェンは、訳が分からず…


オロオロしながらイトリアの側まで来てしゃがみ、彼女の顔を心配そうに見上げた…


「大丈夫…?」


と彼がイトリアの腕に触れようとした、その時…


「…あ…」


紐を掴んでいた事を一瞬忘れて指の力が緩み…


風船は頼りなく空へ…


「ごめん…ごめんね…せっかく……」


段々と小さくなる風船を見上げながら、イトリアはまた涙をポロポロと零す…


「いや、いいんだよ風船なんか…あれはピエロさんから貰ったヤツだし…それよりも君は…大丈夫なの?その……」


躊躇しながらも、ラフェンは再びイトリアの顔を覗き込む…


「僕が…君を…調子に乗ってイリアって呼んだから…動揺してしまったんだね…?ごめん…デュンレさんだって…そんな風に呼んだ事ないんでしょう?ごめんよ…」


分かってたのに…


さっき…ボートの上でウッカリそう呼んでしまった時、君は驚いたような顔を一瞬見せて…黙りがちになってしまったのに…


なのに僕は…


そうじゃないって思いたくて…


「…違う…嫌だった訳じゃなくて…思い出したの。」


イトリアは辛そうな表情で、涙をハンカチで拭う。


「…何を…?君が大丈夫なら…聞かせてくれる…?」


ラフェンは立ち上がり…


彼女の隣に座りながら、恐る恐る尋ねた。


「…ボート…初めてじゃなかった…初めてはシムルと…弟と一緒に乗った時だったの。最近、パパと小さい頃の思い出話をする機会が割とあったんだけど…事件のショックのせいか…私は色々と忘れている事が多いと知ったの。シムルと乗ったモノはこんな感じのボートじゃなくて…足漕ぎで乗るタイプだった。…シムルが私と乗りたいってきかなくて…あまり遠くまで行かない約束で、2人で乗る事をパパは許してくれたのだけど…」


イトリアはまた何かを思い出したのか、涙が溢れそうになって来た目元にハンカチを押し当てた…


「…辛いなら、無理して話さなくていいよ。」


自分の発した言葉がイトリアを泣かせている事に、ラフェンは居た堪れない気持ちになる…


「ううん…あなたには…話すべきだと思う。」


そう言ってイトリアは、座ったままラフェンの方へ身体の向きを少し変えて話し出す。


「あの頃は…私をイリアと呼ぶのは両親だけだった。でも殆どはパパだけ…なぜなら、パパのいる所でママがその名で呼ぶと、パパなんとなく不機嫌になるから…それだけ私はパパっ子だったの。そんなパパのわがままに呆れながらも、ママはパパのいない所では私をイリアと呼んでいたから…それを真似してシムルまで、パパのいない所では私を姉さんとは呼ばずイリアと…。でね、1度だけ…その事がバレたのが、遊園地に来ていた時だった。パパがトイレに行った隙に、シムルが熊さんの着ぐるみを来た人から風船をもらって来て…私の事をイリア〜って大きな声で呼びながら、自慢げに風船を見せびらかすのよ。その時はギリギリのタイミングで戻って来たパパにはバレなかったんだけど、足漕ぎボートでね…湖の上では聞こえないと思って、シムルは面白がって、イリアイリアって連発して私を呼んでいたらパパが…」


泣き笑いのような…複雑な表情で当時の事を話していたイトリアは、ここでまたポロポロと涙を零す…


「聞こえてるぞ〜って…姉さんと呼びなさいって…桟橋の方から叫ぶの…。必死に叫んでいるパパも、イタズラがバレたようなシムルの神妙な表情も…なんだか可笑しくて…私が笑いだしたら、釣られてシムルも笑って…シムルはそれからはイリアとは呼ばなくなったんだけど…例の事件はその出来事があってから1ヶ月もしない頃に起きたから…あんなにはしゃいだシムルを見たのは…」


イトリアは、そこから話せなくなってしまい…


ラフェンは堪らずにイトリアを抱き寄せていた。


「ごめん…こんな悲しい思い出なんて…ラフェンが楽しみにしていた今日は話すつもりなんて…なかった…のに…」


しゃくり上げながら謝る彼女の姿が悲しくて…


「僕こそごめん…僕のせいだよ。僕が…君にとって特別な名前で呼んでしまったから…」


ラフェンは必死に謝っていた…


「違う…違うのよ…」


イトリアは絞り出すように言って、号泣してしまう…


「……」


ラフェンは…


なんとなく…分かってしまった。


だから…


何も聞けず…


泣き続けるイトリアの背中を、しばらくただひたすらにさすっていた…


「……」


ひとしきり泣き続けていたイトリアがやっと落ち着いて来て…


彼女は意を決したように顔を上げて、ハンカチで左右の目の周りをゴシゴシと拭いてから、ラフェンを真っ直ぐに見る。


「…ラフェン…私は…ずっとあなたの中にシムルを見ていた…。今でもあなたに…シムルが生きられなかった時間を…しっかり生きて欲しいと思っているの。」


どこかで…


分かっていたかも知れない。


彼女の自己満足の意味を…


「僕は…墓穴を掘ってしまったんだね…」


ラフェンは…込み上げて来るモノを必死に堪えていた。


…こんな場面で…


僕は泣きたくなんかないんだ。


「墓穴なんて言わないで。遅かれ早かれ…私はこの事に気付いたわ。だから…これまでも…この先も…私にとっては、あなたは特別な存在なの…」


あ…っと何かに気付いたイトリアは立ち上がり…


不意に駆け出した。


だけどラフェンは…


彼女の姿を目で追えなかった。


絶対に泣きたくない…


こんな事で泣いて…君に慰められる事だけは避けたいから…


と、


少しして、不意に俯くラフェンの手に温もりが…


見ると、ラフェンの親指に何かがぐるぐると巻かれて…温かいイトリアの手がその指を優しく折り曲げ…その指を覆う様に、他の指も折り曲げられた…


その指から伸びる紐の方へ視線を辿ると、ゆらめく真っ赤な風船が…


「さっきのピンク色はもうなかったから…赤いのをもらって来たの。」


「…なぜ…僕に?」


風船の横には、泣き止んだばかりのイトリアの笑顔があった…


「…私は…あなたが困っていたら、真剣に心配するし、力になりたいと思う気持ちは、これからも変わらないわ。それだけは忘れないでね。でも…」


イトリアはクルッと後ろ向きになる。


「今のあなたを慰める資格はない事くらいは…分かっているつもりよ。その赤い風船を思い出す事があったら、私達の友情の印って、いつか無理せず思ってくれたなら…またいつでも連絡して欲しい。気長に待ってるから…」


そう言い終えると、イトリアはまたクルッと半回転してラフェンに向き直り、


「…そろそろお迎えが来る時間だから…帰ろうか。」


と、笑顔で言った。


「うん…そうだね。じゃあ、僕も1つだけいいかな…?」


少し無理して笑顔を作ったラフェンは、最後に1つだけ、イトリアに伝えたくなった。


「…なあに…?」


そう答えたイトリアも、意識して笑顔を崩さず尋ねる…


「…君のお陰で、僕はここにこうして生きている。…君への感謝はずっとずっと変わる事はないよ。だからこの先、君に困った事が起きたら…僕は必ず君の為に力を尽くすから…遠慮なんてしないで相談してね。」


イトリアは…笑顔のままなのに、その目はまた涙で潤んで来る…


「…ありがとう。これからもずっと…私はあなたの友達のつもりだから…つい愚痴を溢してしまう事もあるかも知れない。だからあなたも………あなたみたいになんでも話せる人は、これからの人生でもなかなか出会えないと思うの。ラフェンとの付き合いは大切にして行きたいから…だから、たまにこんな風に遊んだり、カフェや電話で他愛ないおしゃべりしたり…それだけでもいい。多分、私はシムルとそんな感じで関わりたかったのだと思うの。けど、ラフェンはラフェンで…シムルじゃない。それは分かっているつもりよ。だけどシムルの分まで幸せになって欲しいって思ってしまう事は…許してね。」


「君って人は…」


ラフェンは思わずイトリアを抱きしめて…とうとう溢れる涙を抑えきれなかった。


「僕も…兄弟がいたらって…想像する事はあったよ。家族を失った僕としては、イトリアの存在は例えようがないくらい…大事で…ありがたいんだ。あったかいんだよ…ありがとう…」


…そのまましばらく…


イトリアの温もりが手放せないラフェンだったが…


ひとしきり泣いたら徐々に感情の波が引いて来て…


そうして…


2人は今度は手を繋ぐ事はなく…出口に向かって並んで歩き出していた。




「ゲッ、やっぱり…」


「ラフェン君…心の声が出てしまっているようだよ。」


イトリアを迎えに来たのは予想通り…デュンレだった。


2人の出した結論をまだ知らないデュンレは、心なしか機嫌が悪そうで…


ラフェンの心の声はスルーしてはくれなかった。


「ラフェンも乗って行けば?」


恋敵の車にしれっと…振ったばかりの男を誘う…イトリアの天然さに苦笑いしながら、


「いや、寄らなくちゃならない場所があるから…電車を使うよ。」


なにより、立場的に…


いくらなんでもこの微妙な情勢で、ラフェンはウェスラーの秘書をケビンの事務所の前まで連れてく事には抵抗があった。


こんな私的な事でウェスラーさんにもケントさん達にも、迷惑をかける訳には行かない…


微妙な空気の中でデュンレ達の車を見送ると…


「おい!」


背後からやや怒り気味の口調でラフェンを呼んでいるらしい声が…


着信スルーして電源切ってれば、そりゃあ…まあ…そうか…


と、声の主に大体の見当を付けながら、ラフェンが振り向くと…


「親父の説教は覚悟しとけ。だがまずは…大事な用事を済ませてからだ。早く来い!」


予想通り、仁王立ちのケビンがいたのだが…


「…その方は…どなたです?」


見慣れない…体格の良いややワイルド系のイケメンが彼の隣りにいて…


その男はなんだか…値踏みするようにラフェンを見ていた。


「…確かに…おじさんの言ってた通り、なんとなくセレスの気配のする奴だな…本当にこいつが例の奴か?」


ラフェンに向けてというより、隣りのケビンに話しかけている感じの男は…


なんだか不躾な奴だったが…ラフェンはなんとなく…この男とは仲良くなりそうな予感がした…


「まあとにかく、急ごう。」


ケビンの一言で、3人は素早く車に乗り込んだのだった。







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